現代パロディA
予想外に、「続きは?」なんてコメントを頂いたので書いてしまいました現代パロディ第二話です!
ちなみに前回のお話はこちら



「ユニカが大学生だなんて、時が経つのは早いものだな。お前に引き取られた頃はあんなに小さくてお前の後ろに隠れてばかりだったというのに。もう来年には成人式だぞ。ユニカの振り袖姿も楽しみだが、お前の号泣する顔も楽しみだ」
 場所を移して、学内のカフェテリア。
 二人から少し離れたテーブルでは、彼女もちょうど講義の無い時間だったのか、ユニカが学友達と一緒に席をとっていた。アヒムとクレスツェンツに気づいた彼女はぺこりとお辞儀をしてくる。二人は黙って微笑みを返した。
「泣きませんよ」
 ユニカの視線がそれたことを確かめると、アヒムはむっと眉根を寄せた。
「振り袖を選びに行く時はわたくしも呼んでくれ」
「聞いてますか?」
「さて先程の話の続きだが」
 クレスツェンツはアヒムの言葉を聞き流し、話を切り出したところで早速目の前のケーキにフォークを突き立てた。講義の合間の三時のおやつである。
「お前とユニカが『お付き合いをしているのではないか』という誤解を解くのはとても簡単だ。ユニカの『お付き合いしている相手』がお前でないと周知されれば良い。だからユニカに彼氏を――」
「いえ結構です。そういうのはまだ早いです」
「最後まで聞けっ! っていうか早い? 全然早くないこんなものだ! わたくしたちが付き合っていたのも十九、二十の時だったではないか」
「そ、れは」
「まあお前の心配な気持ちも分かるとも」
 ほんのり苦い思い出に気持ちを持って行かれアヒムが隙を見せると、クレスツェンツはコーヒーを片手に身を乗り出して畳み掛ける。
「どこの馬の骨とも知れぬ男をユニカに宛がうのはわたくしも反対だ。だったらそういう変な虫が寄ってくる前に、信用出来る者をくっつけておいた方がいいだろう? 一度引き合わせてみたいと思っていたのだが、甥がこの大学に通っている。それとなく紹介してみよう、いいな?」
「ええ? そんな急に……」
「ちょっと人誑しだが良い子だよ。成績も優秀だし、学業以外でも活躍している。心配なら調べてみるといい。学籍番号を教えてやる」
 ちょっと話の展開が早すぎる。ついて行けないアヒムをよそに、クレスツェンツは鞄から取り出した手帳を一枚破き、八桁の数字をさらさらと書き上げた。その表情を見ていると、なんだか計画的なものをアヒムは感じた。



 お茶しながら話そう! と言うクレスツェンツに引きずられるままカフェテリアへ行ったが、会話をしたというよりクレスツェンツの中で決定した企画について一方的に報告されただけのようなものだ。
(どうしよう……断り切れなかった……)
 次の講義が始まるまでの間に、教務課へ行って先程用意した資料の印刷を頼まなくてはならない。あの後あーだこーだとクレスツェンツに抗議したものの、ついに彼女を言い負かせなかったアヒムである。もう少し時間があればと思ったが、仕事を放り出すわけにもいかず。
 口惜しげに席を立つアヒムを見送ったクレスツェンツのどや顔といったら……。
 まだ彼女はカフェテリアで休憩しているだろう。何食わぬ顔で、ユニカを交えた女子学生のグループに話しかけていそうだ。
 資料の印刷部数と届け先の教室を指定する書類を書き終えたら、アヒムは胸ポケットに突っ込んできた紙切れを取り出して睨んだ。
 うむむ、どうしよう。
 とりあえず印刷の申し込みはせねばならないので、そのメモを持ったまま教務課のカウンターへ向かう。
 丁度知った顔の女性が番をしていたのは、幸か不幸か。アヒムはそのカウンターを選んで書類を差し出した。
「お願いします」
「はい――ああ、アヒム。お疲れ様」
 キーボードを叩いていたキルルは、パソコン画面から顔を上げるなり嬉しそうに顔を輝かせた。
 彼女はアヒムと同郷の幼馴染み、アヒムにとっては妹のようなものだった。彼を追ってこの大学に就職したも同然で、もう結婚しているのに夫よりアヒムに懐いている節がある。
「印刷?」
「うん、これとこれをA3版の二枚にまとめて、明日の三コマ目、B202教室に届けて下さい。それと……」
 手にもう一枚持っていた紙について、どうしようかとアヒムは迷う。彼から資料を受け取ったキルルが、その手にあるメモを見て怪訝そうに首を傾げた。
「それは何?」
「ああ、うーんと……」
 学生の情報を引き出せるのは、教務課のカウンターにあるいくつかのパソコン端末だけだ。個人情報の保護にうるさい昨今、教員と言えど学生の詳細情報を理由無く閲覧することは出来ない。
 クレスツェンツは、アヒムにキルルという伝てがあることを知っていてこのメモを渡したのだ。
「この学生の情報を見たいんだけど」
 先程のクレスツェンツの話は、後から断っても良いはず。少なくとも数日以内に実行されることはあるまい。だからこの学生のことも知る必要はなかろう。
 そうは思うものの、気になると言えば気になる。
「なんで? 政経の学生じゃない。社政の講義でも受講してるの?」
 学部番号、学科番号、入学年度、出席番号で構成される学籍番号を見た途端、キルルは即座にその学生の所属に気づいた。4で始まる学籍番号は、政治経済学部のもの。アヒムが属する社会政策学部とは違う。当然理由を聞かれよう。アヒムは言葉に詰まった。
「……クレスツェンツ先生の甥御さんらしいんだけど、ちょっと紹介されて……」
 その名を出した途端、キルルはむっと唇を尖らせる。
「もう、またあの人? 理事長の奥さんだからってほんと好き勝手なこと言うわよね。学生の情報だって個人情報なんだから。ちゃんと保護規定があるのよ。簡単に閲覧しちゃダメなの」
「そ、そうだよね。いいよ、やめておきます。じゃあ、印刷頼むね。あ――」
 かなり不満そうな様子で、キルルはアヒムの手からメモを奪い取った。そこに書かれた番号をパソコンに打ち込み、いくつか画面を開いていく。
「何するのか知らないけど、ほんとはダメなんだからね」
 そう言いつつ、ある画面を一面に映し出したディスプレイをくいっと回転させ、アヒムに見せてくれた。
「ちょっと有名な子よ。理事長の甥っ子だってことはあんまり知られてないけど、オケ部のコンマスの子でしょ?」
 画面には、涼しげな笑みを浮かべた金髪の青年の顔写真と、所属ゼミやこれまでの履修科目の一覧がずらりと並んでいた。
「おけぶのこんます?」
「管弦楽部よ。オーケストラのオケ。コンマスって言うのはコンサートマスターの略で、オケの首席第一バイオリン奏者のこと。簡単に言うとオケのまとめ役ね」
「へぇ……サークルじゃないんだね」
「かなり真面目に活動してるもの。定期演奏会はすごく人気だし、アマオケのコンクールでも結構賞取ってきてるでしょ? 去年の学祭、後夜祭は中央広場でオケ部のコンサートだったじゃない」
「いや、出張で全然学祭に関与出来なかったから……」
 そっか、と相槌を打つキルルをよそに、アヒムは素早くその学生の詳細情報を頭に入れた。
 赤毛のクレスツェンツとは似ても似つかない綺麗な金髪だ。その髪色を見るに、どうやら正確には彼女の夫の甥らしい。女性の受けが良さそうな甘い顔立ち。よくぞ学生証に使われる、ほとんど流れ作業で撮影していく写真にここまで上手に微笑んで写れるものだなと思う。
 学年を見ると、この学生は四回生だった。そう遠くないうちに大学にも寄りつかなくなるだろう。
 むしろこれから本格的に学業で忙しくなるユニカと、接点など出来ようはずもない。間にクレスツェンツがいることは何とも不気味ではあるが……。
 不思議な安心感と一抹の不安をそっと胸にしまい、アヒムはカウンター越しに乗り出していた身体を起こした。
「ありがとう、もういいよ」
「紹介されたって、どういうこと?」
「うーん……さあ、私にもよく分からないな」
「何それ」
 敵(?)の情報を知り得たという安堵から、アヒムはどうしても顔が弛んだ。彼とユニカを引き合わせる話など、断る理由はいくらでも考えつきそうだ。
 今度はちゃんと時間のある時にクレスツェンツを呼び出さないと……と思いながら、彼は揚々と自分の研究室へ戻っていった。



(アヒムが主人公くさいな……)

20140417