今日はゆっくり帰ろう








授業がすべて終わっていつものように帰りの支度をしている。そしてほぼいつものようにしんのすけは何処かに駆けていった。この習慣が始まって最初のころは、「すぐ戻るから」と言ってくれたものだけれど、最近はどうも慌ただしい。
何をしているのか見に行ったことはない。けれど、ほぼ確実な検討が付いているから僕は何もしない。僕ほどではなくとも、しんのすけはモテるから。それも親しみやすいあの人柄が、女の子に直接告白する勇気を与えている。
そういうわけだ。

罪な男だといつも思うけど、それを言ったら調子に乗りそうだから言わないでいた。

「風間くん!僕たちもう帰るけど、今日もまだ残るの?」

「ああ、ちょっと頼まれごとがあって、」

「そっか〜、大変だなぁ。わかった、じゃあね!」

「またね」と手を振って、教室から出ていく二人の姿を見送る。マサオくんとボーちゃんも、きっとしんのすけのこと、そして僕のことも理解しているから敢えて知らない顔をしてくれているのだと思う。

教室に一人になった。
そして、廊下からものすごい速さの足音が向かってきた。

「あんのオニギリ...!!」

間もなく、前扉を支えに息を切らしているネネちゃんが顔を出した。

「だ、大丈夫?ネネちゃん」

「あ、風間くん、まだいたんだ?今日ふたりで日直だったのに、マサオくん仕事忘れて帰りやがった...!」

「まあ昼間の仕事はほぼマサオくんがやってるし...」とボソッと呟いたけど、聞こえてないみたいでよかった。

「まあいいわ、風間くんはしんちゃんを待ってるんでしょう?」

突然ネネちゃんが目を輝かせながら聞いてきた。
こういうこと聞いちゃうんだよなこの人は。

「なんだ、バレてたのか...」

苦笑いで素直に認めた。
ネネちゃんにはすぐ嘘がバレてしまうから。

「やっぱりね〜、女の勘は当たるのよ。さっきしんちゃん後輩の女子に、多分あれ、告白されてたみたい。」

「やっぱりねー...」

参ったようにハハハと、今度は素で苦笑いをしてしまった。それ以上ネネちゃんは、僕のことを掘り下げたりしない。

「大変ね。しんちゃんも、もちろん風間くんも。ネネは応援してるから!じゃあまた明日ねっ。」

バレてたのか。
ばいばいと手を振って自分を反省した。
反省してもロクなものは何も出てこなかったけれど、もしかするとこの事はしんのすけにもバレているんじゃないか。

べつに僕はしんのすけを待っているわけじゃないぞ。
いろんな人といろんな話をしていたら結局自分ひとり残ってしまっただけなんだ。
今日の復習でもいい、明日の予習でも。
なんなら手ずから先生や委員会の手伝いをしに行ってもいい。

この後に及んで、ってことになるのかもしれないけれど、しんのすけを待っている自分がとても都合悪くなった。もしかしたら今日しんのすけは彼女ができるのかもしれない。いや、すでに先日の告白で彼女ができたのかもしれない。

僕だけがソワソワするのなんて御免だ。
僕は馬鹿なのか、

もう帰ってしまうこともできるというのに。




「風間くん!...まだ残ってて良かったぞ...」

「しんの、すけ」

呼ばれる声でフッと我に返った。
絞り出すような声しか出ない。

「もう帰ったかと、思ってた」

「え」

バレていない?
しんのすけは急いできたのか、息切れしてたまに言葉が詰まる。

「あ、うん...残ってた」

「さ、帰るか〜」

べつにこんなのいつものこと。
だけど、僕の心に付いて来ていないしんのすけのことも憎らしくなる。むずむずとして堪らなくなる。

「おい、待てよ、あのさ」

「お?」


「お前のこと、待ってたんだけど...」

照れと半分、ちょっと怒りと。
感情に任せるというのはこんなに簡単なこと。
しんのすけの顔なんか見えないけど、言った直後はすっきりするものだ。
直後は。


「...ハッ...え、これは、えっと...」

「嬉しい」

「ん?」

あたふたしていると、明るい声が降ってきた。

顔をあげて
そこにあったしんのすけの顔は可哀想なくらい綻んだ笑みだった。

「実はちょっと、待ってくれてたらいいなぁと思ってたんだぞ。用事済ませながら教室気にしたりして...」

「そう、だったの」

「オラだけ思ってるわけじゃなくて、よかった」

僕と全くおなじことを、しんのすけはもう少し早く気付いていたみたいだ。お互い行き違うところだったのだ。

「よかった...」


「改まると照れますなぁ...手でも繋ぐ?」

「調子乗りやがって」

軽く頭を小突くと、いつも通りに戻れた。
でも前より芯のしっかりしたいつも通り。
理由のちゃんとしたいつも通り。

実態がはっきりするまではまだ時間がかかりそうだ。

今日はゆっくり帰ろう。













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