キスの日
不動と同居し始めてついこの間一年が経った。二人は当然生活的な価値観は合うはずもないので、様々な事を経て最近やっと同居生活に慣れてきたくらいだ。いろいろ大変な面はありつつも、家に帰ると不動が出迎えてくれ、朝起きると不動が隣にいる、そのときに感じる幸せは変わらない。不動はたまに自分から甘えてきたり、そうかと思うといじわるく突き放したり、夜になるとサカって誘ってきたり、いつも思うが本当に猫のようなやつだ。気ままであるしいろいろと大変なやつだが、その深みにハマっている自分がいるのは確実だった。
朝起きて自分でコーヒーを入れ、不動が起きるまでソファーで呆けている間は決まってこのようにグダグダと、柄でもなく惚気けたことを頭に思い描いている。
きっとあいつの前でこんな顔をしていたら頭の中は見透かされてしまうだろうな、と考えていると、階段を降りてくる音が聞こえる。
「ん…おはよ…きどークン。」
「ああ、おはよう。」
不動は寝起きの掠れた声で挨拶をすると、まだ半開きの眠い目を擦りながら俺の隣に座る。
「んあぁ…まだねみー」
そう言って不動が頭の重みを俺の肩に預けてくると、寝ぐせだらけの髪が頬に触れてくすぐったかった。髪からはほんのりといい匂いがする。頭に手を回してボサボサの髪を整えてやっていると、だんだんと目が覚めてきたのか、しばらくすると俺の肩に乗っていた重みは離れた。
「あー、そうだ。」
突然声を出したかと思うと、不動はニヤりと口元を歪ませてじっと俺の顔を見つめてくる。
「鬼道クンさぁ、今日なんの日か知ってる…?」
相変わらず口元に悪い笑みを浮かべたまま試すようにこちらに聞いてくるが、ちっともなにも思いつかない。
「5月…23……いや、よくわからない。」
「んー、じゃあ答え合わせだなァ。」
そういうと不動はソファに座った俺の膝に両手をついて、顔を近づける。表情には変わらず薄くいたずらな笑みを含ませている。次の瞬間、膝についた両手にぐっと力が込められたかと思うと、顔が近づき柔らかい感覚が唇を襲った。
「ん…っ?!」
甘い眩暈に襲われる。求めてくることはあっても、不動が自分からしてくることは今まで一度も無かった。しばらく時が止まったかのように唇を重ね、酸素が尽きそうなほどまで唇の感覚を堪能したところで、いきなり不動から口を離した。
「…っはぁ…ッ浸りすぎだろばか…」
「なんだ、不動からしてきたんだろう。ほう、今日はキスの日だったんだな。」
長いキスに体力を使ったためか自分からキスしたことに恥じているのか、不動の頬は真っ赤に色付いて、口元を拭いつつその紅潮した頬を隠し目線を反らしている。その姿がとても言い表せないほど可愛いくて愛しくてたまらなくなる。
「不動…?」
「なんだよきどークン。」
「次は俺からしてもいいか。お前のそんな顔見ていたら…」
「聞くなっつの……、…ッ?!んっぅ」
制御できない勢いは不動の唇を強引に捉える。身体の熱がすべて伝わるほどキツく抱きしめて、そのままソファに倒した。熱くなった舌は不動の歯列間を割って入り込み、口腔内を熱っぽく掻き混ぜる。耐えられずにこちらへ入って来た不動の舌を吸い上げ一瞬口を離すと、二つの舌は艶かしく糸を引いた。苦しさにぎゅっと閉じられた目や長いまつげ、抱かれた細い肩と自分を力いっぱい抱いてくる細い腕、すべてが愛おしくてとてもやめられなかった。しかしこちらがこの様子でやめないでいたため、しばらくするとその細い腕に背中を思いっきり叩かれ我に返る。
「んっ…はぁッ…悪い……。」
「なっげぇんだよ…朝からサカんなアホ…っ…///」
はあはあと息を切らし、先程より赤くなった顔を向けてこちらを睨んでくる不動を今度は優しく抱きしめる。
「…好きだ不動…本当に…どうしようもない。」
「ん…しってる…俺もだ。」
二人を襲う熱が冷めるまでこのままでいた。これから先何度、こうもたまらなく愛しいと思うだろうか、自分を抑えられなくなるだろうか。それを考えると果てしなくて今の俺には無理だ。ただ今日はこの日にかこつけて何も考えずに愛していよう。そんな風にずるい考えなら不動はきっとすぐその瞳で察してしまうのだろうが、不動のことだからそれを俺に言及することなく、ただ受け入れて黙っているのだろう。