或る貴方の日








「鬼灯!鬼灯!」


「……ん…なんですか、朝から大声を出して…」

「何ですかじゃないよ。お前普通に仕事あるんだろ?!」

「はっ....」

はじめてこいつのこんな顔を見た。


時刻は午前の9時半。昨夜は二人で酒を仰ぎ、いわゆる宅飲みをしていた。鬼灯から仕事の愚痴を聞かされたり、僕の女の子との武勇伝(痛い思い出)を話したり、お互いの価値観をぶちまけ合って口喧嘩になったり。酒の弱い僕にほどよく酒が入ったあたりで、僕より何倍も飲んでいた鬼灯が前触れもなく盛ったために、もう日付が完全に回った時分にセックスした。いくら酒の強い鬼灯でも何時間も飲んでいたこともあって、シラフ同様に振る舞える程の余裕はなかったのだろう。昨日のセックスは僕の腰が痛むだけではなく、鬼灯すら疲れるほど激しかった。
あの疲れがこうも出るのか。


「今日は休みでもとりますかね...」

「は?そんなの許されるの?」

「まぁ、このような形でとったことはないので分かりませんが、あの閻魔ならどうにかなるでしょう。」


「そんなんでいいのか....」と呆れ半分に言葉を返しながら、寝床からやや遠くに乱雑に投げ出された衣類を取るため、身体を起こし上半身だけで衣類を取ろうと腕を伸ばした。


わしっ

「ひゃッ!!....?」


背後から冷えた指に突然腰を襲われ思わず変な声をあげてしまった。


「なっっにすんだよ!!」

「いや、とても卑猥ではしたない身体つきだと思いまして。」

「それって、貶してんのなんなの。」

「どうでしょうね...ただ…」

と言いかけて、掴まれた僕の腰は一気に鬼灯によって引きずり込まれ、後ろから抱かれる体勢にまで持っていかれた。


「とても性欲を覚えます。」

「おまっ…、朝っぱらからサカりやがって…!」

身に危険を感じ精一杯の力で抵抗するも、何せこいつのパワーには勝てるはずもない。何回か足掻いたところで、さすがに無理だと観念した。後ろに張り付いた寝起きの身体が冷たい。鬼灯が呼吸をするたび背中に息がかかってゾクゾクした。ところが、昨日の行為から引き続き露わになっている胸の突起に、鬼灯の指が触れるか触れないかのところで急にその手がパタリと落ちた。

「....あの〜、....鬼灯さん?」

何事かと後ろを振り返ってみると、そこには顔を最大限に顰め不満げな表情をしながら青い顔で力を失っている鬼灯。

「あー、もしかして二日酔いとか?ざまぁないね。」

思わぬ形勢逆転でケタケタと笑っていると、それどころじゃないと言わんばかりの恐い顔をした鬼灯が薬を求めていた。いつもなら二日酔いもそれほど酷くない鬼灯が、セックスを入れたことでここまで酷い症状になるとは。服を着るように勧め布団をそのまま鬼灯にかけてやる。ちょうど開店するのに良い時分になっていたため、脱ぎ捨てられた服を着て作業場へ向かった。店の方へ行く前にリビングで一杯水を入れて鬼灯に飲ませた。

「桃タローくーん....?」

店はしんと静まりかえっている。念のため桃太郎の部屋を少し覗いたときに、桃太郎に生薬として使える地獄の草をとってきて欲しいと昨日お願いしたことを思い出した。吐き気はそれほど無さそうだったので、いつもの黄連湯は作らず五苓散を煎じることにした。暖かく差し込む光と鬼灯がいるにも関わらず静かな桃源郷が新鮮だ。いつもなら何人かお客が来ている頃であるのに、今日は誰も来ていない。まるで桃源郷も地獄も含めた中に自分と鬼灯しかいないみたいだ、と考えると不思議と嗚咽が起こりそうになったため物思いに耽るのをやめた。丁度薬の方もいい頃合いになっていた。




「ほら、できたよ。」

「大丈夫ですかそれ。」

「今日はちゃんと毒入れてないやつだから大丈夫。」

未だ具合が悪そうな顔をしながらも隙なく疑ってくる鬼灯に返事をしつつ薬を飲ませる。飲み終わるとほっとしたのか、鬼灯の顔の強ばっていたのが取れた気がした。

「薬師としての腕だけは確かなんですけどね。」

「む。こういうときくらい素直に褒めてくれればいいのに。」

褒められてるのか貶されてるのか分からないコメントのあと、冗談のつもりで拗ねた顔をしてみせた。すると鬼灯は「それもそうです。」と言って息をつき、僕のベットに横になった顔をこちらへ向けた。



「さすがです白澤さん。感謝しますよ。」

「なっ....」



身体の内から熱くなるのがわかる。それが顔に出たのがバレないように右腕を顔の前に出して隠した。

「どうかしました?」

分かってるくせにわざと聞いてくる感じがやっぱウザい。

「ほんとお前、....」

いつもの癖で「キライ」だと言ってしまいそうになってやめた。やめる理由なんて無かったのに。「キライ」だと言ってしまう方が自然だっただろう。あれこれ考えながら未だに真っ赤に紅潮しているであろう自分の顔を隠し、視線を背ける。鬼灯の眼は何でも見透かしていそうで、目を合わせることは躊躇われた。

「白澤さん。」


また何か企んでるのかと踏んで顔を背けたまま「ん。」と返事をした。視界のわきのほうにじっとこちらを見つめる鬼灯が見える。









「愛してますよ。」









「へ…?」





一瞬耳を疑って何が起こったかわからなかった。しばらくするとあまりの恥ずかしさに気が動転しておかしくなりそうだった。白黒するってこのことなんだ。たとえその言葉の建前がただの揶揄いだとしても、僕にはわかってた。お前と僕はよく似てるんだ。


「あ、お前僕のことからかって遊んでるだろ…」


ずるいな。


「バレましたか。…ちっ…。」


ダメだよ鬼灯。








これ以上お前に夢中になったら、
女の子と遊べなくなっちゃうじゃないか。












「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -