苦い苦いコーヒーを飲みながら雑誌を捲る、そんなこの世界を知り尽くしたような大人は皆いつだって口元に笑みを浮かべ余裕という名のレッテルを貼っている。


「ばかみたい」


だからそんな事を言われても私は笑顔でいる事を止めない。


「何でいつも笑顔なのさ」


どんな事を言われても。


「人形みたいで変なの」


どんな事を……


『ちょっとシュウ!』

「あ、やっと怒った」

『怒ったじゃないよ何でそんな事言うの!』


ばん、と思い切り叩いたせいで机の上のティーカップが危なげな音をたてる。今はシュウの部屋でゆっくりまったりお茶会もどき。練習が終わって話をしたりする時にはいつもこうやってシュウの部屋で紅茶を淹れてもらうのが最近の習慣だが、今日この空間には珍しくピリピリした空気が流れていた。


「名前がずっとにこにこしてるから」

『……っ』


悪いのはシュウだ。私はいつも笑顔でいようと心掛けているだけなのにシュウがまるでそれを気持ち悪いとでもいうように批判してくるもんだから、私だって言い返したくなるわけで。


『にこにこしてるのの何が悪いのよ!』


ガタン。さらに大きく音をたてて机が揺れた。立ち上がった時の衝撃で机の上に置いてある物が荒れた。読みかけの本、ペンケースから出ている数本のペン。幸い紅茶が零れる事はなかったものの、スプーンがお皿から落ちてしまった。それを見てシュウが少し呆れながら元に戻す。


「がさつだなぁ」

『シュウが悪い』

「えー?僕のせいにしないでよ」


がさつだなんて女の子なんだからそんな事言われたら誰だって頭に来るし、傷付く。だけどここで更に怒鳴ったりなんかしたら余計にそんなイメージを植え付けてしまう。私はとりあえず自分を宥めようと椅子に座り直して目の前の紅茶をひとくち口に含んだ。少しでも大人のように格好つけたかったから砂糖は少ししか入れてないはずなのに、その紅茶は飲んでみるとそれはそれはお菓子でも食べているかのような甘さだった。そんな紅茶の味を体内まで染み渡らせて自分はまだまだ大人のようにはなれないんだと落胆してしまう。

シュウはこの世の人間ではない。そんな事はとっくに明確なものとなっている。その事実を知っても尚私はシュウの事が好きだ。ただ、シュウがこの世界と今を生きる生物達を見据えたように傍観している姿を見いるととてつもなくシュウとの間に距離を感じてしまう。見えてる世界が違う。存在意義が違う。だから私はシュウの隣で世界を見据えれるだけの余裕を持てるようにと、なるべく笑顔でいようと決めたのだ。いつも口元に笑みを浮かべている人には余裕があるだなんて、限りなく私の思い込みに近い考えかもしれないけど、そうでもしなくちゃシュウに置いていかれちゃう気がして。


『……シュウが悪い』


ティーカップを置いてもう一度そう言えばシュウは急にくすくすと笑い出した。


「それでいいんだよ」

『え……?』


突然の事に目を丸くする私を見て満足そうに微笑むシュウ。肘をついてカラカラと紅茶をスプーンで混ぜる。角砂糖をひとつ、もうひとつ。


「無理して笑ってる名前よりそのままの名前の方がいい」

『あ…』


優しい顔。大好きな顔。私、何でこんなに焦ってたんだろう。今のシュウも十分大人びてて少し不安はあるけれど、シュウはいつも近くに居てくれる。シュウが何を考えて、何を思って目の前の世界を眺めているのかなんて到底推測仕切れない所はあるけれど、隣で同じ景色を見ている。よく考えればそれは凄く幸せな事なんだ。作り笑いじゃない笑顔をシュウに向ければシュウも飛びっきりの笑顔を私に向けた。

ああなんだ、案外シュウも私と同じ位の年齢の男の子なんだね。


『紅茶…甘くて美味しいね』

「そう?よかった」


ひとくち紅茶を口にして一瞬顔を歪めてからまた角砂糖を入れるシュウに、私が飲んだ甘い甘い紅茶はシュウのだったんだと気がついたのはもう少し後のはなし。















ティータイム
(甘いひとときに)
(お砂糖たっぷりの紅茶を)





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シュウって雄大なイメージ。




(130112)



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