「僕、名前がいないと生きていけないんだ!」

『……』


これは、舞台劇か何かだろうか。いや、せめても文化祭の出し物程度かな?私はドアの前に立ち塞がって何やらお決まりの台詞を吐くフェイに冷めた視線を送った。


『どいて』

「嫌だよ」

『どいてください』

「お断りします」


さっきから同じような言葉のやり取りばかり。ルーズリーフを買いに行きたいのになかなかドアを開けてくれないフェイに密かに苛々が募る。そして再び始まる冒頭の猿芝居である。


「僕は名前がいないと生きていけないんだってば!」


生きていけないだなんて大袈裟な。いや、芝居だって分かってはいるけど……というかそこまで言うなら一緒に来ればいいのに。とか言うとまた寒いから嫌だとかって。つまりはただのわがまま、だよね。

私は小さくため息をついて一旦手に持っていたバックを床に置いた。それをいいことにフェイが私のマフラーを外し始める。


『あの、何してるの?』

「え?だって出掛けないんでしょ?」


効果音がつきそうな位にっこりと笑ってみせるフェイに嫌な予感しかしなかった。私、出掛けないなんて一言も言ってない。しかもこの手は何。油断した隙に私の腰辺りに回されたフェイの手がお得意の厭らしい手付きで恥骨を撫でる。


『ちょっと、フェ…、!』

「しずかに」


それから私の唇に指を当てて急にひそひそ声になるフェイ。耳をすましてみればトントンと階段を登ってくる誰かの足音。

どうやらその足音は私のお母さんのものだったらしく、私の部屋の前でぴたりと止まってドアをノックする音がした。


「名前ー?おやつ買ってくるけど何がいい?」

『え?あ、えーっと、な、何でもいいよ!』


「他に何かいるものはー?」


私は、スーパーの安売りにでも行くのだろう機嫌のいい様子でそんな事を聞いてくるお母さんが部屋のドアを開けてしまわないかとビクビクしながら答えた。一応フェイもお母さんに見られてはまずいと密着していた体を離してはいるけど、最後のお母さんの言葉に小さく「ルーズリーフ」と便乗してきた。


『……あとルーズリーフ』

「ルーズリーフね、じゃあお留守番よろしく」


……してやられた。上手いタイミングでお母さんなんか登場するからフェイがこんなに嬉しそうな顔……

あれ、待って……お母さんが出掛けてしまうとなれば家に残されたのは私とフェイの2人だけ。2人っきりとなればフェイの嬉しそうな顔してる意味って……


「よしじゃあ名前、ベット!」

『はっ!?』


軽快なまでにそう言って私をベットへと誘導するフェイ。やっぱり、と顔を歪ませた瞬間に視界は反転していつの間にか眩い光を発する部屋の電気をバックにフェイが私に覆い被さっていた。

今ならまだ叫べばお母さんがいる。でも、目の前で熱っぽい視線を送ってくるフェイに思わず言葉が詰まってしまう。


「僕、名前に触れられないと寂しくて死んじゃうよ……」

『……ッ』


これも芝居なの…かな?私は首元に顔を埋めて弱々しくそう呟くフェイを引き剥がそうとしていた手を大人しく引っ込めた。


「……だから」


まぁ、この後見たフェイの表情で再び言葉を失う事になるのだが、時、既に遅し。




「いいよね?」




この子には適わないと私の中の何かが諦めの体制入った。













二人でお留守番
(お母さん)
(早く帰ってきて!)






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続きます。



(130105)



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