※所謂ただの死ネタです。ただそれだけの話です。苦手な方は回れ右でお願いします。
目に入った光景に僕は逃げ出したくなった。
通ううちに見慣れた白い部屋には見慣れない機械が沢山あって、そしてそれら全てが一点に繋がる、僕の愛しい、愛しい、タクトに…
『…残念ですが、もう…』
それは一週間程前に医者に告げられた言葉だ。
もう持たない。今夜か明日までくらい。
意味がわからなかった、何を言っているんだ。だって、この間までタクトは普通に、元気に笑っていたんだ、それが、急にどうして、
出鱈目を言うなと、ふざけるなと声を上げた。
医者はただ視線をそらすだけだ、僕にはそれはもう全てを放棄しているように見えて、勢いに任せて殴ったのも記憶に新しい。
それから一週間としばらくだ。『容態が急変した』と連絡を受けたのは。
「ハァ…ハァ…」
息が苦しい。走ったせいだろうか、身体が指の先まで冷え切っている様な気がする。まるで氷づけにされた気分だ。
通い慣れた病室の変わりように戸惑う、よろよろと室内に足を踏み入れた、真っすぐ進めない、倒れそうだ、苦しい、苦しい。
ベットに横たわる愛しい赤を見たとき、呼吸が止まる気がした。
「タク、ト…ッ」
僕よりも何十倍も苦しそうな表情でタクトはそこにいた。
健康的なはずだった肌が血の気を失って顔色が悪い、息も浅くて、汗でぐっしょりと濡れていた。
繋がれるチューブと呼吸器が痛々しくて、僕はタクトに駆け寄るようにしてその手をとる。恐ろしく、冷たかった
「タクトッ…タクト!!」
呼び掛ける、何度も、何度も、他に言葉が見つからなくて、何を言えばいいかわからなくて、どうしていいかわからなくて、ただ名前を叫んだ。
「タク、トッ…タク…ッ」
身体が震える、声が震える、うまく名前が呼べない、脳内に過ぎるのは最悪のビジョン。
いやだ、うそだ、いやだ、いやだ、否定の言葉が駆け巡る。
息が出来ない、涙が、止まらない、この状況を認めたみたいで嫌なのに、涙が止まらない。
「………ッ」
「タクト…ッ!!」
タクトのきつく瞑られた瞼が震えて思わず大きな声で叫んだ。
そのあとしばらくしてゆっくりと重たそうにその瞳が開かれる、虚で、今にも、もう…
それでも僕には充分だった。
「タクト、よかった、意識が…、大丈夫すぐに医者が来て苦しくなくなるからな…」
繋いでいた手を離してナースコールを押そうとして、止められた。タクトの酷く弱々しい指先の握り返しによって。
「タクト…?」
どうして?早く呼ばなければ、焦る僕にタクトはゆっくりと、よく見なければわからない程の動きで首を左右に揺らす。
それは、明らかな拒絶の意志で。
わけがわからない、だって、だってじゃなければタクトは、
「……、………。」
「え…?なんだ…タクト?」
小さく、唇を震わせるタクトに耳を寄せる、空気が抜けるような言葉の中で伝えられたのは、『僕が来なくていいって言ったんだ』という言葉だった。
「来なくていいって、どういうことだ!なんで、このままじゃおまえ…ッ」
死。という言葉が頭を過ぎる。僕はいやだというように頭を勢いよく振った。
何故、それは諦めの言葉だ。
もういいなんて、お前は生きることを諦めたのか?
ずっと僕のそばにいたいと、病気に勝って退院したら一緒に海に行きたいんだと、
星が好きだから一緒に見に行こうって、だから僕に星のよく見える場所を探して来てくれって、
ちゃんと探したんだ、星の見える丘、まるで手に届きそうなくらいの満点の星空。
僕はまだそれをおまえにみせていない、だから諦めるなんて許さない。
まだ頑張れる。まだ、まだ、終わりには早い、お前にはまだまだやらないといけない義務も、約束も、あるじゃないか、
頑張れる、頑張れるだろ?今までそうだったじゃないか、タクトはいつだって笑って、頑張ったじゃないか…まだ、笑える、だろ、ここからが、勝負、だろ?
「…タク…ッ」
視線を向けたタクトの表情は、涙に濡れて、それでも、笑って、唇が訴える。『ごめんね』と、
「……ッ!!」
ごめんねってなんだ、僕がそんな言葉で納得すると、お前はそう思っているのか!?
諦めのことばなんて聞きたくない、そんなの、治ったらいくらでも聞いてやる、でも、でも今はそんな言葉聞きたくない!
「………ガタ、…スガ、タ」
途切れる息の中タクトが訴える、耳を近づけて、必死に聞き取る。
僕のこぼれた涙が、タクトを伝った。
「笑、て…スガタ…」
お願い。とタクトは笑う。
その笑顔は、全てを僕に訴えた。
あぁ、そうかタクトは"頑張って"きたんだ。頑張って、頑張ってここまできたんだ。
僕の知らないところで苦しんで、笑顔の裏にいつも涙を隠して、頑張った。
これってくらい頑張って、たどり着いたタクトの決着点。
闘ってきたタクトのゴール。
結果は、負け。でも、タクトの心はいつだって闘って、病気負けないように勝って、勝って、ここまで、来た。
いつか聞いた、余命はあまりなかった。でも、それよりも長く、長く生きている。
それはタクトがずっと、頑張ってきたから…
僕はもう、タクトを許してあげないといけないのかもしれない…
「……タクト。」
僕は、笑った。ぎこちなくだけど、笑った。
涙が溢れて止まらなかったけど、笑った、心から笑った。
そうしたら、タクトも笑ってくれた。
たまらなくなった。タクトの痩せた身体を抱きしめる。
「タクト…タク、ト、頑張ったよ、おまえ、頑張った、」
長い時間ずっと、ずっと頑張った。
そんなタクトを、僕は褒めなくてはいけない。頭を撫でて、額にキスをして、頑張った、頑張った、と。
「……ガタ…、」
僕の名前を呼ぶタクトは嬉しそうで、よかった、笑ってくれている。幸せを、感じていてくれる。
「…ス、ガタの…お、かげ、だよ」
「ん…?」
「スガタ…いた、から…僕、頑張、れた…輝けた」
ありがとう、ありがとう、スガタに出会えて、本当に幸せだった。
タクトの伝えてくれた言葉に、僕は言おうとして、やめた。
もっと一緒にいたい。まだまだ幸せにしたい、全部込めて、笑った。
そして、最後に、伝えた。
「僕も、タクトに出会えて、タクトを好きになれて、愛せて、幸せだった。」
ありがとう。
タクトは、飛び切りの笑顔で笑って、
逝った。
幸せの門出
「……、タク……うっ…ぁああぁぁあっ!!!」
叫びも、嘆きも、喜びも、幸せも、ありがとう、ありがとう。
少しのお別れだけど、
前に進んで、次に会える日には、また、1番の笑顔で。