僕は生まれてこの方演劇などしたことはないし、もちろん演劇部に席をおいたこともない。
だから演劇部がどういった風に演劇の練習をするかなんて知るよしもない。
けれどこんな新米者の新参者の僕にだってわかる。が、気づくのが遅すぎた。
(これは…確実におかしい。)
『お嬢様、これを』
差し出される招待状は箔押しの妙に綺麗なもので、ご丁寧にしっかりと封までしてあった。
手が込んでいる、と思わず関心するくらいこの演劇部"夜間飛行"の練習は実に本格的。
台本のシナリオはこう。
下働きのツンデレラが継母などから行き過ぎた愛情を受け、嫌になってお城の舞踏会に逃げ込みたいと切に願い、そんなツンデレラの前に執事服の魔法使いがあわられる話。
何処かで聞いたことのある物語をへんちくりんに捩曲げたようなストーリー。
部長はこの台本をどこから発掘したんだろうか、けどそんなことより問題なのが。
「タクト、台詞。」
促される台詞の配役を見て思わずため息が零れる。
この寸劇の主人公、ツンデレラを青春真っ盛りの男の子のこの僕がどうして…と。
しかも簡単な読み合わせとか言いつつちゃっかり衣装も小物も用意しているんだから、今はロングスカートに、ひらひらのエプロンという目も当てられない格好。
まさか僕が最近よく聞く男の娘になるだなんて思いもしなかった。
加えて問題なのがこの執事役の配役だ。
何がどうしてこうなったのか黒い執事服に身を包んでいるのはスガタで、
普通逆だろう、正真正銘のお坊ちゃまなのに執事だなんて。
けれどそれが様になってるから、何とも言えない感情がふつふつと、ふつふつと、
「こーら、見つめ合ってるだけじゃ先に進まないぞ!」
「大丈夫、タクト君素質あるから!自信持って!」
「素質って何の!?」
あぁ、このままでは確実にあらぬ方向へと会話が進行してしまいそうだ。
いっそのことさっさと終わらせてしまった方が吉じゃないだろうか。
そうだ、そうに違いない、そうじゃなくてもそうと思い込もう。男は度胸、だろ…!
『こ、これは何?』
「ぷっ…棒読み。」
「はっ初めてなんだから仕方ないだろ!ほら次の台詞、」
ふわりと笑ったスガタがまた台詞を紡ぎはじめた。
舞台が動きはじめる。
『舞踏会への招待状です。』
『そそ、んなこと知ってるよ、その招待状が何。』
『お嬢様にお届けに参りました。』
折り目正しく礼をする姿はまさに執事で、本当なにやってもハマっちゃうんだから困ってしまう。
けれどやるからには僕だって負けていられない。
いつか聞いた人妻さんが言っていた、ツンデレは何たるかがこんなところで役に立とうとは思いもしなかったが。
執事に背を向け、顔だけを少し向ける。
腕を組んで、斜め上を睨むようにしながら。
『それで舞踏会にいけっていうの?誰の言い付けか知らないけど、生憎そんな義理なんてない、…けど、アンタが一緒にどうしてもって言うなら、別に行ってあげないこともないけど…?』
首を傾げて上目遣い。これぞ人妻さん直伝のツンデレポーズ。
あああ、なんて恥ずかしい!恥ずかしすぎる!穴があったら入りたい!
が、もう後はワコ演じる王子に会いに行くだけなんだ。
なんだかんだ言って自分でないものを演じるなんてこと経験したことがなかったから楽しいといえば楽しかった。
手渡される小道具とスガタの作り出していく雰囲気にまるで本当に劇の中に入り込んだような錯覚に陥る。
色々とおかしいけれど、普段は見れないスガタのオールバックに免じて許そうじゃないか。
と思ったとき、
一瞬にして強い力で引き寄せられる。瞬間にして唇を掠めていく柔らかい体温。
もしかしなくても、不慮の事故なんじゃなく、確実に故意的な…
「タクト、」
「…何、かな…?」
「悪い。」
「何が…?」
「我慢できない…っ」
そうして突然降ってきた噛み付くようなキスを紙一重で避ければ、不機嫌を隠そうともしない視線で睨みつけられた。
いやいやいや、待ってよ、ここをどこだと思ってるんだ!
他の部員だって!ワコだっているのに!!
「あわわわわっ」
「キターッ!」
「まぁ、こうなるとは思ってたけど。」
が、いつの間に移動したのやら、部室から放れようとする部員達。
おかしいな、何時もなら部長が止めてくれるはずなのに、
「程々にな」
なんてまるで死刑宣告のような言葉を残して扉を閉めてしまうなんて。
とたん静まり返る部屋。
あれ、えっと、もしや、これは、マズい?
本当にどうする、僕
本当にどうなる、僕
「いただきます、お嬢様」
許してください、お坊ちゃま!