独占欲1
【注意】
レハトが神業後タナッセに告白しないまま、タナッセに軟禁されていく話です。
公式設定ではありえない設定となっています。
タナッセがどうしようもないです。
大丈夫という方はお進みください。
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何もかもが、あの頃とは違う。
あれは外に出て昼寝をするのが好きなようだった。
だから私は「昼寝をするな」と注意をした。
外で寝るなど体を冷やす上にみっともない。誰が見ているかも分からないし、
侍従たちを伴にすることもしないならば、危ういだろうとそれらしい言葉を添えて。
それに彼女は少しだけ驚いた様子で「わかった」と言った。
そして実際、昼寝をするのを止めたようだ。
あれは外に出て人と話すのも、好んでいるようだった。
笑顔で話す姿を目に留め、眉根を寄せたのは気に食わなかったからだ。
「四葉のクローバーっていうんですよ。幸運のお守りですって。
私の孫なんかそれがあったから衛士の試験に合格できたなんて言うんですから」
「そうなの? へぇー凄いんだねぇ」
何やら草を手に持ちながら長話を続けている。
訳の分からぬことを。意味があるのか無いのか分からないようなことを
しているあれに近づき「外に出るな」と注意した。
顔色の悪いお前が屋敷の外でふらふらしているのを見咎められれば、何を言われるか分かったものではない。
第一、見られるような姿形をしているならまだしも、田舎者丸出しのお前では、
見た方の相手の心象も悪かろう。
何を言い返すかと待っていると、あれは少し困ったような顏で「わかった」と笑った。
その日から彼女は、屋敷の外に出ることは無い。
言うとおりにしているというのに、私はその返答に
黒い何かが肚に溜まっていく。
アネキウス歴7403年。リタント歴119年白の月。
私はあれの存在を、母である五代国王より聞いた。
2人目の寵愛者が現れた。
そんなはずは無い。
望んでも望んでも得れない物が、この額にないそれを誰かが持ち得ているというのか。
何故それが私に無いのか。何故ヴァイルにあるのか。
長年、印について調べた知識が脳内をかけめぐる。
ありえない。
混乱し、騙されていると注意し、認めはしないと声に出すも、
私ごときがどうこう言おうと覆らないのだと国王は告げる。
どうせお粗末な印もどきを額につけただけの偽者だ。
そう言い聞かせていても、あの母が城に連れて来るように言うのだ。
不安は募り、幾多もの可能性が頭をよぎる。
ヴァイルを殺しに来たのか。母上を殺しに来たのか。
自分が権力を、あるいは後ろ盾がいてそれに操られているのか。
そもそも、2人目が現れるというのは不吉ではないか。
今まで現れていなかったのに、何故今になって。
偽者であれば良い。
そう思いつめるまでに考えた私の予想は、裏切られる。
実際見下ろした彼は、みずぼらしい格好をした小汚い子どもで
何を考えているのか分からない目でこちらを見上げていた。
取るものも取らずに出向いたのか、彼の荷物は汚れた手荷物一つだけだ。
しかし、額に輝く眩いばかりの金色が、神に選ばれた者の証なのだと告げている。
見る時によっては緑にも青くも見えるそれは、見慣れた印と遜色なくそこに収まっていた。
だが、子どもの身なりと、その印は正反対だ。
まるで、飛べる鳥が檻に収められる様を見ているようだと。
何も知らずにいれば、まだ空を飛べるなどと思いもしないだろう鳥。
飛べた空を思い、これから何を思うのか。
「可哀想に」
咄嗟に出た言葉は、幾夜描いた罵倒の台詞ではない。
そのことに私自身が驚きながらも、大きな瞳がこちらを見据えるのを見て
後の言葉をつづけた。
次第に力をつけ始める二人目の評判を聞くに、奴は哀れな小鳥などでは無いと思い知らされる。
悪魔。唐突に童話に出て来る死の使い。
人々に取り入り気に入られ、まるで館の主にでもなったような顔をして歩く
不吉の象徴。
何故誰もおかしいと思わないのか。
2人目など、聖書にも歴代の歴史にも一言も表わされていない。
それであるのに、あれはまるで当然のように額に印を宿して歩く。
「王になりたい」などとうそぶいて。
その茨の道を歩くのに、母上がヴァイルがどれほどの覚悟の上でいるかも知らず。
真っ直ぐ前だけを見つめ、何物にも汚されること無く闖入者は城に溶け込んでいった。
何故。
お前が何故、そこに。
抱く思いが憎しみだと気づくのに、大して時間はかからなかった。
欲しかった物を全て持っている奴が憎い。
非力で守られる対象であるはずなのに、自分で道を切り開いていく眩しい光を放つあれが。
奴は、鳥籠に収められても鳥であることをやめない。
鳥は、飛び方を忘れる事などなく優雅に空を泳ぐのだ。
いつまでも地を這い、空を仰ぐことしか出来ぬ者のことなど省みることなど無く。
出会い頭に嫌味をぶつける。そんな私を無視しようとするあれとのやり取りが日常になる。
無視しきれないのか、眉根を寄せ睨みあげてくることが多く、それを鼻で笑えば何がしかの報復をされる。
生意気にもやり返すようになってきている。しかも、やる時は野蛮で暴力的だ。
言われるような隙がある奴が悪いというのに。
図星をさされたからと言って、暴力に訴えるほうがおかしい。
冷静に躱せずに貴族社会で生きるつもりでいるのか。本当に愚かな田舎者だ。
何故、アネキウスはあのような者を選んだ。
何故、私では無く。
何度となく唱えた呪詛を呟き、いっそのこと儀式をするかと何度目かの空想に浸る。
「……儀式か」
あれの存在を知った日も、男がどこからともなくやって来て「ご相伴に預かりたい」などと
しれっとした声で言ってきた。
いつの頃からか私に付きまとい、軽い口調でとんでもないことを告げた黒いフードの男。
奴の言い分を信じるならば、寵愛者の額から印をはがすことは可能であるらしい、
あれが弱りはするが、死ぬわけではない。
人の力ではぎ取ることは出来ずとも、魔の力であれば叶うという。
何ともうさんくさく、神話の世界の話のようだ。
そうは言いつつも、いざとなった時に私の後をあれがついてくるだろうか。
そう考えた末に、儀式をするか否かはともかく、理由を作らねばならないと考えた。
しなくても良いが、せずに居て後悔することは避けたかった。
「さて、話というのは簡単だ。私と組まないか、という提案だよ。
具体的に言うならば、私とお前が婚姻を結ぶということだ」
勿論、すべてが終わった後は無かったことにすればいい。
誰が見ていたわけでもない。軽い口約束だ。
奴とてそれが守られるとは思ってはいないだろう。
婚約という形をとっているが、利用し利用されるそういう関係を作ろうというだけの話。
懇切丁寧に誤解の無いように良い含む。お互いに憎しみ合っていることを確認の上で、
利用し合えばいいと持ちかける。
奴は、提案に驚いた顔をした後、何度も瞬きを繰り返し言葉の意味を咀嚼しているようだった。
頭の回転が悪いのか。
そう思わせるほど、長い時間をかけて奴は頷く。
契約すると。
仲睦まじさからはこれほど程遠い婚約者もおるまいに。
馬鹿な奴だ。
その日から何かが変わったということは無い。
当たり前だ。互いに憎しみ合っているのは常日頃のやり取りで分かる。
ただ、以前は声を掛けても無視してそそくさと歩き出すそぶりが多かった奴が、
立ち止ってこちらを見るようになった。
善意も悪意も無い、ただ真っ直ぐにこちらを見上げる。
その真っ直ぐな目線は私を責めたてているようで、奴を嫌う理由の一つになった。
「……こんなところにいたか」
黒の月白の週10日。
私は何かに押しつぶされそうな気持ちの行き場を求め、奴の姿を探した。
出会わなければそれまで。
運命と言う言葉はあまり好きでは無いが、
これで探して見つからなければアネキウスの導きとやらだろう。
そう思っていた。
「…………」
奴とは何かと縁があるのか。それともこれがアネキウスのお導きとやらか。
探す体を装いながら見るともなしに中庭を歩けば、見慣れた後姿を見つけてしまう。
護衛も引き連れず、誰かと話すわけでもなく、中庭を歩く子ども。
なんという好都合な条件がそろっているのか。
「お前に話がある。ついてこい」
一方的に告げると、特に歩みを遅くする理由も無く通いなれた道を進んだ。
ついて来なければ良い。
頭の中で鈍く警鐘が鳴るのを無視し、自身の冷たい手先を握る。
後ろを振り返れば、モルの後ろから小さな影が早足でついてきているのが
見て取れた。
馬鹿な奴だ。これから何をされるか分かりもしないで。
儀式は失敗だった。
奴が途中で感づいて踵を返したわけでも、薬を含んだ飲み物を飲まなかったわけでも無い。
あれは私に促されるまま勧められるまま、私の策略にはまった。
本当に馬鹿な奴だ。
頭痛と吐き気。無理やり誰かに泥を飲み込まされているような圧迫感。
子供の頃に味わった感覚に似ているなどと、嬉しくないことまで思い出しかけて
首を振る。
儀式の間、あれは負傷した鳥のように一言も発することも無く、
ただ静かに息絶えようとしていた。
こんなはずではなかった。
目の前の現実から逃れる為にか、視界が白くなりそうになる。
数度の瞬きの間に、あれの体は蝕まれていっているようで呼吸する度、
上下する奴の体の動きが鈍くなる。
とうとう定期的に動かなくなった所で、私は声を上げた。
それから先は何をどうやったかなど、詳しく覚えてはない。
冷たくなったあれの体を抱き起し、走ったように思う。
私の力であれを持ったまま階段を駆け上がったのは、火事場の何とやらか。
奴の侍従たちに指示し湯を大量に沸せ、
医士を呼び薬を飲ませる所までを見たようにも思ったが、どこまで記憶が正しいかは定かではない。
5日の間、あれは生死を彷徨った。
その間、私は死ぬべきだと何度も思った。
自害をするべきだ。母上はもとより、私と関わった全てに申し開きが出来ない。
数度護身用にと持っていた小刀を首に当ててみるも、踏み切れない。
それをする勇気も無いのだ。
ああ、そうだ。私は臆病者だ。
だから、見ようとも思わなかった。違う方法で母上やヴァイルの側に居ようとも考えなかった。
印さえあればと、それを言い訳に全てから逃げてきたのだ。
死ぬことも、かといって現実から逃げる為に詩を描くことも出来ぬまま、断罪を待つ。
あれが目覚めれば、私の名を告げるだろう。
寵愛者が賊に襲われた。その相手は印を持たぬ王の息子。
なんという馬鹿馬鹿しい三流物語だ。
寝不足の頭で考えたお伽噺は『悪者の王子は退治されました。めでたしめでたし』と
他人事のように終わる。
近い未来、そうなることが分かると、明け方にようやく少しだけ眠れる。
目を閉じ、気休めのような休息を取って奴の額に輝く印のような日に眉を寄せ、
再び後悔の念と、せめて奴が元のように戻ると良いと願う。
自分で断罪するには私は弱すぎるのだと、自嘲した。
黒の月白の週5日。
奴が目覚めた。
まだあれを天に連れて行くのは止めて欲しいと天に願った甲斐があったか否か。
報告に来た奴の侍従頭の言葉は、つまり私の死刑宣告と同義のはずだった。
そう思っていたにも関わらず、老侍従は「目が覚めた」と言ったきり、沈黙している。
それがこの侍従の怒りの表現の方法かと、先を促す。
「そうか。目が覚めたのだな。それで、あいつの体は」
「一時は氷の塊のようでございましたし、今も予断を許す状況ではございませんが、
目を覚まされたことは事実でございます」
冷たく言い捨てる老従の言葉の裏には、恨み辛みを言い寄るよりも
重く暗い影を感じた。
だが、こうしてあれの側から離れて憎いであろう私の元まで来るのだから、
快方に向かっているのだろう。
そう推測し、大きく息を吐く。
私が死ぬのはしたことから言っても当然として、あれは罪なぞ無い。
巻き添えにして死ぬなどということがあってはならない。
安堵の息を吐くと、自分で思っていた以上にあれの安否が気がかりだったのだと気づく。
そのことに苦笑したのち、気持ちを切り替えて相手を見直す。
白髪頭と皺の多さからそれなりの年齢であろう老人はしかし、年齢を感じさせない瞳で
こちらを鋭く見据えている。
「……では、あいつは首謀者の名を言ったのだな」
確信を込めてそう尋ねる。
憎しみ合っていたというのに、呼ばれれば来る程度には間が抜けていたが、
流石にこれ以上は無かろう。
いくらあいつが馬鹿だろうと、自分の命を狙った者を許すはずもない。
老侍従はじっと私を見据え、睨み殺さんばかりの視線で居抜いてくる。
睨むばかりで何も口にしない彼の意図を図りかね、眉根を寄せると
かなりの時間を要してから老侍従は口を開いた。
「いえ」
「…………」
一言。
否定の言葉だと分かるまで数十秒を要し、理解してからも良く分からずに
私は無意識に首を横に振っていた。
儀式の影響で何がしかの忘却があったのか。首謀者の名前を忘れたか。
未だ昏睡状態が続く中、答える術を持っていないのではないか。
何の冗談か。それとも、なにか復讐の手段でも思いついたのか。
多くの疑問と多くの質問が頭を駆け巡るが、口にできたのは一言のみ。
「どういう意味だ」
眉根に皺を作りながら、混乱する私に老侍従も同じように眉根を寄せ、
大きく息をついた。
「そのままの意味にございます。レハト様に、どなたの仕掛けでござましょうかと
お尋ねいたしましたが、レハト様は首を振り何もお答えくださいませんでした」
「…………」
「レハト様が決められたことです」
瞬きの後、ジロリとこちらを睨み上げてくる老侍従の瞳は冷たい。
責め立てる言葉を何も言ってこないのは主が決めたことに逆らう真似になるからか。
「それでは、私はこれで」
「待て」
一礼して踵を返そうとする老侍従を呼び止めると、能面のような顏で
こちらを一瞥してくる。
だが、相手の機微なぞ気にしている場合では無い。
「あいつが本当にそんなことを? 何かの間違いではないのか。
そもそも、あいつは未だ自分がどんな目にあわされたか、何があったのかを
理解できていないのではないか」
「レハト様の意識は、はっきりされておられるかと」
混乱する私の問いに淡々と答える老侍従。
その冷静に見える言いように思わず詰め寄る。
「そんなはずが無いだろう!
馬鹿げている。今言わなければ、同じような目に合う可能性とて
否定しきれないではないか。そういったことも分からずに、何も言わないでいるのだろう。
ああ、お前では話にならん。あいつに直接……!」
混乱のままに小走りに歩こうとする私の前で、老侍従は両手を広げ道をふさいだ。
何だと言うのだ。
「お待ちください。タナッセ様。
レハト様は今朝ようやく目を覚まされた所で、未だ本調子ではございません」
両手を広げられるとそう大きくは無い彼の体であるはずなのに、
気圧されるような威圧感を感じた。
じりっと足が少し後ろに下がりそうになるのを気力で堪え、大きく息を吸った。
「だが、今で無くてはならんだろう!
なるべく早く犯人を挙げ、寵愛者に手を出せばどうなるのかを分からせねば
意味があるまい」
自分でも何を口走っているのかと思いながらも、声に出せばその通りだと思ってしまう。
犯人であるところの馬鹿な王子をさっさと捕えるべきだ。
そうだろう、何故そうしないのか。
苛立ちを収める為に髪を掻きむしってから、息を吐く。
そもそもこの侍従に首謀者たる私と奴を会わせる必要など無いのだ。
むしろ、私と奴を離しておかねばいつ何時、再び暴挙に出るか分からない。
そう侍従が判断したとするならば、仕方のないことだ。
「……ああ、ローニカと言ったか。お前の判断は正しい。
お前が私とあいつを会わせるなどという愚行を犯す理由は無い」
「…………」
寝不足の頭では、どこまで私自身が冷静でいられているか分かりかねる。
会うことで罪悪感を減らしたいという逃げなのかもしれないことも、
再び拒絶される可能性があることも分かっている。
見舞いに行けば必ずしも受け入れられると思っていたのは、子どもの頃の
何をしても手を繋いでいられると思っていた頃の思い込みだ。
拒絶されるだろう。
何も出来ずに、ただ立ち尽くすことになるかもしれない。
壁一枚、扉一枚が冷たく重く感じたあの日のように。
それでも、今、あいつに会いに行かなければ、後悔すると分かっていた。
私はその決心が揺らがぬうちに声に出す。
この期に及んで逃げそうになる自分の逃げ場を無くすために。
「だが、そこを伏して頼みたい。あいつに会わせてはくれないか」
「……ですが」
会わねばならない。
何をどうとち狂ったことを言っているのかと問わねばならない。
それ以上に、言わねばならない言葉がある。
「あいつが会いたくないと言うならば、部屋には決して入らない。
最早私はあいつに何かをする気は無いが、それでもお前から見て何かをしそうだと
判断したら殺してくれて構わない。
母上にはその旨を認めた文を残す。モルにも邪魔はさせない」
チラリと目線をやるといつものように無言のままだが、少しだけ哀しそうな目をした
護衛が目を伏せた。
了解したという意味だろう。
すまないとその目に意志を伝え、老侍従に視線を移す。
相変わらず刺すような視線には軽蔑と侮蔑が混ざっている。
奴は侍従に恵まれたようだ。
あれを慕い害そうとした私を憎み、その上で奴の為になる方法を悩む侍従に。
断ることは簡単だろう。
私を嫌うだけならばそうするところであるはずなのに、彼の悩みはそこにないのだ。
「…………」
長い沈黙が部屋に満ちた。
老侍従は、受け入れがたい何かを受け入れる前準備のように瞳を閉じ、
溜息とも呼吸音ともいえるような息を吐いた。
「わかりました。今は寝入ったばかりですので、夜にいらっしゃって下さい。
レハト様にはタナッセ様がいらっしゃる旨、お伝えします」
「……ああ」
NeXT
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