Shall we dance?
【Sh.all we da.nce】の訳で
「僕とあなたで踊りませんか。
月が明ける頃には、僕とあなたが恋をしているかもしれませんが、
踊りませんか」
こんな感じの意訳を見たのでそこから妄想。
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「踊らないか」
昼間よりも少しだけ冷たく感じる空気を感じながら二人で夜の散歩を楽しむ。
領地の中庭は、かなり木々が生い茂り、人を二人隠すのは簡単に思える。
彼が踊ろうと提案してきた場所も、森の中にぽっかりと開けた所にあった。
すっと見上げればガタイの良い衛士が傍に歩くのもいつもの光景だ。
毎夜、こうして少しの時間、彼と歩く。
そんな習慣を嬉しく思っていた赤い月夜。
夫となって久しい彼が、急に手を差し出した。
「どういう風の吹き回し?」
拗ねたような口調になったのは恥ずかしさから。
決して彼を拒んだわけじゃない。
「……そうか。嫌ならば」
なのに、そこで引く。いつもこういう場面で引く。
あの一年に見ていた彼はどこに行ったのか。
そう思わずには居られないほど、彼の口調はいつも優しく、悪く言えばはっきりとしなかった。
それにイラついて喧嘩にしようとしたのに、
微笑むだけで反応しない彼を置いて、リリアノの所に逃げ込んだことすらある。
かなりましにはなったのだけど、それでも時折、昔の彼の方がなんて思ってしまう。
その考えに首を振って、今の彼と向き合う。
捨てられた子犬のように不安そうに眉根を寄せ、どうして良いかわからなそうな彼を。
本当に馬鹿で愛しい夫。
どう言葉を尽くせば彼の誤解を解けるかと思案して、素直に言うことにする。
「嫌なんじゃないの。ただ……」
「ただ?」
首を少しだけ傾げる彼はわざとやってるんじゃないかと思うほど綺麗だ。
丸い月に照らされた白い肌も青い髪も、整った美貌を際立たせる。
私はむぅっと口を尖らせてよそを向き、
「恥ずかしかっただけ」
告げる言葉に、目を開いてぱちりぱちりと何度かその長い睫毛が動く。
そして言葉を理解すると私の顏をしげしげと眺め、にやりと笑みを浮かべる。
ああ、腹立つ。殴ってやろうか。
そんな素振りを始めた私に気づいたらしい。
タナッセは左手を自身の胸に当て、右手をこちらに差出した。
「……踊りませんか、お嬢さん」
「……」
少しだけ会釈をした彼の青い旋毛がきれいだななんて思って。
上がった目線と私の目が合って、赤い頬の彼に私も赤くなる。
「…………。な、なんとか言え」
「……え。いや、なんとか」
「ばっ、馬鹿かお前は」
自分で言って恥ずかしいのならば言わなければいいのに。
お互いに真っ赤な私たちは何なんだろう。
誘ってくれた手は彼の口元を覆い隠すのに使われてしまって、手を乗せるどころじゃない。
それでも、逃げて行ってしまいそうな彼の手が恋しい。
ムッとした気持ちと、切なさで引き止めようと無意識に手が動く。
私は、ぐいっとタナッセの手首を引っ張って彼自身の唇から引きはがし、
両手で包み込む。
見た目よりも大きく骨ばった指は私の両手で包んでもはみ出してしまう。
きゅっと優しく包んだつもりなのに、タナッセはビクリと大げさに肩を揺らした。
「もっと素敵な誘い文句が良い」
背の高い彼に、必然的に上目づかいになりながら言うと
真っ赤な顏を一度歪め、眉根を寄せて目を逸らされた。
「……私に何を期待しているんだ、お前は」
ぼそぼそと低い声が胸に響く。
タナッセの声はすごくセクシーだ。
思わず、ちゅっとその少し筋張った右手にキスをすると、一度大きく揺れる。
逃げてしまいたいのか、ぐっと拳を握りぷるぷると震える彼の手を見つめる。
逃げても良いよ。
そう思って微笑むと、逆にギュッと右手を握られた。
「おまえは……馬鹿だ。すごく馬鹿だ。
いつも馬鹿だと思っていたが、とてつもない馬鹿だ」
文句の間も指を離されないことが嬉しくて笑うと、
タナッセが誰もいないからとか、これはよくあることなのだとか言い訳をし始めた。
「……なに」
「その……お前は私と踊るのは嫌では無いのだろう?」
訳の分からないことを言い出した彼に聞いてみると、何度も目を横に逸らせながらも
確認のように聞いてくる。
それに頷くと、ほっとした様子で口元をギュッとしめている。
まるで、そうしないと笑ってしまうからだといわんばかりに。
「こういうことは、古来より形式的な言い回しがあってだな。
つまり、常套句というものが確立しているわけだ。それ故に私が」
「あーもう良いから」
グダグダと言い始めたタナッセに、さっきの踊りませんかで
了承しておけば良かったかもと後悔し始める私。
「…………」
何やら葛藤があるらしい。
考えに集中しだしたせいか、いつの間にか離れた右手がちょっとさみしい。
ちえっと唇を尖らせていると、タナッセがふと顔を上げる。
一つ咳払いをして、彼の青目がこちらを射抜く。
その綺麗な目に見惚れていると、すっと視界からタナッセがいなくなる。
一瞬混乱してキョトキョトと辺りを見てから、彼がその場に跪いたのだと気づいた。
「……タナッセ」
私のつぶやきに応えるように
一度深くお辞儀をしてから彼の端正な顔がこちらを見上げる。
満月が均整のとれた彼の体を地面に映す。
現れた黒い影が片足を立てて、乞い願うようにもう一つの影に手を伸ばす。
「踊りませんか」
うっとりとするほど綺麗な右手。
まっすぐ伸ばされたそれを、じっと見つめながら形の良い唇が音を紡ぐ。
「月の帳が明ける頃、私は貴女に恋をしているかもしれません。
それでも良ければ、私と踊りませんか」
青い目。青い髪。青い肩布。
なびくそれを無意識に追いかけながら、真っ赤であろう頬を両手で押さえる。
タナッセから出るはずもないような台詞。でも、現実に目の前で言われたのだから、
これはタナッセなわけで、つまり私をダンスに誘っているのはタナッセで。だから。
うわ……。
「…………」
「…………」
絶句する私をしばらく見つめてきた後、
赤い顏を隠すように、差し出していない手で覆うタナッセ。
「……へ、返事はどうした」
「え、あ。はい」
今度は額をカリカリとせわしなく掻く彼に、タナッセも恥ずかしいのかと笑って
差し出された右手を取る。
「貴方ともっと恋をしたいから、どうか踊ってください」
「…………! あ。ああ」
私も彼も真っ赤だ。
でも、きっとそれは赤い月がさせているのだから良いんだ。
そんな風に自分に言い聞かせて、夢のような一夜を過ごした。
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20130225