【IF】もとめたものは 





    IF〜もしも
    人の業、神の業が成功した場合
       (タナッセ視点)

 【注意】
 公式で印は取れないとされています
 (原理的にも取る取れないでは無く、内包者の……以下略)ので
 『もしも』取れるとして、の話になります。
 
 お互い実は想いやっているのに、な
 バッドエンド。








 



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「我ら殻に住まいて己が己と知るなり。
其に命ず揺らげ和らげ砕けよ全ては一つとなりて
帰りしに」


フードの男が、低く呪文を唱える。
怪しげな技であろうと、それでかの微が取れるならば
僥倖だろう。


途中、気分が悪くなった。


泥水を無理やり飲み込まされているかのような、
重く苦しい息苦しさ。
腹に溜まるそれを、声に出せば魔術師は相変わらず人を食ったような
喋り方で嗤う。

奴は大丈夫かと見れば、存外しっかりした目でこちらを睨み、
唇が動いた。


「何がしたいんだ、タナッセ。
やめとけ。後で後悔するよ。
ああ、まったく、結局逃げるんだろう馬鹿だから」


あれの言葉に眉をひそめる。いつものことだ。
床に転がったまま、微を額に輝かす二人目。

多少顔色が悪かろうと、気にするものか。
あれの策かもしれない。それぐらい、やりかねない相手だ。

なんら気にすることはない。


あれは、そもそも寵愛者なのだから。


頑健に生まれ、少しのことでは弱ることなど無く、
嫌味も、慣れぬはずの環境ですらも、
あれには利かぬものであった。


常に強く。強く。
真っ直ぐに、強くある。


死ぬことなど無い。
水に沈めた後も、特に体調を崩すでもなく、走り回っていた程だ。
多少痛めつけたところで、ケロリとしていることだろう。


後は私次第だ。
そう自身に言い聞かせ、覚悟を決める。


「続けろ」

「……ええ、かしこまりました。
王息殿下」


あざ嗤うように告げる言葉は軽い。
いけすかない男だ。
思うも、息を突く間も無い呪文と気持ち悪さに、声も出せない。


「……ぐっ」


くらりと世界が回った。
ここがどこだかも忘れて全てを吐きだしてしまいたい。
熱い。
熱のような熱さが、内側に溢れる。

自分の体に合わない何かが、上からかぶさっているかのようだ。
しばらくその状態が続き、
永遠とも思える時を恨み始めた頃、ふっと体が楽になる。


「終わりましたよ。殿下」


喉元まで出かけた食物を、寸でのところで下げる。


「ご気分はどうです?」

「……良くは無い、最悪だ」


男の声に反射で答えると、彼はなるほど、と笑う。


「確かに、顔色は優れないご様子ですね。
ですが、御喜び下さい。成功ですから。
ああ、金は後で結構ですよ」


くくくっと愉快げにフードをなびかせて
出入り口で男は笑う。


「では、私はこれにて。
……また何かございましたらお声掛け下さい」


何がそんなに楽しいのか、
笑い声を上げて、男は出ていく。


それに眉をしかめてから息を漏らす。
成功。……成功した。


それはつまり、この額にあの忌まわしき微があるということだ。


「……モル」

常に控えている衛士に声をかける。
それで意味を理解したのか、懐から鏡石を取り出す大柄の男。


それを受け取り、顔を映す。


正確には、額を。


映る額に、期待するそれはあった。


光る淡い色。黄色のようであり、緑のようでもある。
円に複雑に絡むそれは、見慣れ過ぎた代物。
母に、従兄弟に。


私の身近な者たちの額に、燦然と輝く微(しるし)。


手に入れた。


ついに。


前髪をき分け、常のように戻ししながら、
口元が弓なりに引きつるのが止められない。

私の手から、モルが鏡石を受け取るのを他人事のように見つめながら
天を仰ぐ。


これで。
私は、これで……。


「ふ……」

思わず漏らした笑み。
それに、もぞりと子どもが反応する。


床に這いつくばったまま、こちらをだるそうに見上げる子ども。
茶色の髪が汗で張り付き、青白い顔色は
決して体調が良いとは言え無さそうだ。


だが、生きている。


良かったではないか。

微に操られ、人に翻弄され、望みもしない王城に連れて来られ
1年と期間を置かずに人生を決めるような場に出なくてすむのだ。

元印持ちということで、どうなるかは分からないが、
慣れ親しんだ故郷に帰ることも、望めば出来なくはない。


まあ、殺してしまえば面倒も無いのだが。


いささかそれは、人のする行いとしては
乱暴に過ぎる。


……ああ。

そうだ。そうとも。
お前の生きる道を模索してやろうではないか。


なに、大したことではない。
微を持たぬ哀れな子ども。


お前が何を言おうとも、誰も聞きいれはしないだろう。


そうであっても
私だけは、お前に優しく接してやろう。
単なるみずぼらしい子どもになり果てたお前を。


笑みを浮かべて、焦点の定まってきた子どもを見つめる。


さあ、怨嗟の言葉を。


恨みか?
嫌味か?
復讐か?
脅迫か?

何がお前の口から出ようと、私はそれを否定はしない。


もう誰もお前を信じない。
そう、誰も。


だから言うが良い。


私は、薄く笑み、子どもの口が開くのを待つ。


返せ、と。
それは自分のものだと。
お前にはふさわしくないと罵るが良い。

何と言われようと私は。


そこまで考えた耳朶に、ほうっと吐息のような音が聞こえる。
ふっと目元を緩め、子どもは呟く。


「よかった」


ほっとしたように、漏れた音。

なにを。


小さく、それでいて
私の耳には、大音量で響いた。


「よかった。
それは、ちゃんと、タナッセの、ひたいにあるね」


もう一度舌に乗せてから元寵愛者は、わらう。
しっぱいしちゃったら、どうしようかと思った、と。
馬鹿なのだから、と。


汗を浮かべ、苦しそうに息を吐きながら
それでも、微笑む笑みは慈愛に満ちている。


「タナッセ、いたいところはない?」


子どもの声は、少し舌足らずだ。
甘くとろりとした響きは、私の行いを否定しない。


ゆらりと、何かが心の中で悲鳴をあげる。


ちがうだろう。

そうではないだろう。
私がしたことが分からないのか。貴様は。


「あのね。私は、タナッセが幸せなら……」


子どもの甘い声を遮る様に、喉から声を絞り出す。


「偽善だっ!」

引きつった声は悲鳴のように、辺りに響いた。
子どもは、瞬きすら労力がいるようにパチリとゆっくり目を動かす。

私は、それを見下ろし
腕を組んで、元寵愛者をこき下ろす。


「貴様の言っていることは偽善だ。
耳触りの良い言葉を飾り、それで何を得ようとした?
私の信頼か。延命か。
はたまた、地位か。名誉か。己の保身に忙しい様は
まるで貴族のようではないか」


そうではない。
そうではない。

分かっている。

彼は、元寵愛者である子どもの目は、私を怨んでなどいない。
怨嗟にとらわれず、ただ私を見上げているだけだ。


「捨てられぬようにと必死なのか。哀れなことだ。
そうだ、そうだな。お前には、生きる術はここで
私にすがることしか無いのだからな」


言いながら、引きつる口元。
眉間に皺をよせ、眉を上げて睨むように見つめる。

いつもであれば、この言葉に彼は嫌味や正論を返す。


返すであろうと予期したにも関わらず、
子どもは、青白い顔で吐息を漏らすだけだ。
身動きもしない。


「……おい」


思わず、彼の体を抱きとめる。
じんわりとした体温は低く、冷たい。


「何をしている。どうした。
言い返せ。いつものお前ならば……」


言いながら見つめる瞳はうつろだ。
明かりが入っているのかすら危うい視線。

まさか、このまま。

ざあっと血が下がっていくのが分かる。
汗をかいたままの額には、何もない彼に、言いようのない焦燥感が募る。
まさか。違う違うだろう。


「……タナッセ」


焦る私を見上げて、ニィと彼が口を歪める。
いたずらが成功したかのような顔。
少しだけ潤んだ瞳で、笑う。


「ばぁかぁ。からかっただけだよう」


ひひっと、苦しそうに息を洩らしながらもしっかりと喋る。

ああ、やはり寵愛者は神に愛されているのだ。
微を無くしても、こうして生きているのだから。

神は常に不公平だ。

そう心で不満を洩らしながら
どこかで安堵している。


「心配しちゃってバッカじゃないの。自分でやったくせに。
流石バカッセ様。
ってか、そんなに微が欲しかったなんてねー。
言えば良かったのに」


腕の中で悪態をつく彼を、苛立ちを込めて睨む。


「貴様……!」

「はっはっは」

快活に笑い、そして指先が私の額を触ろうというのか
うろうろと宙をさまよう。

思わず微を取り返す気かと、一度体を引くが
そうではないらしい。

彼は、見当違いの場所を何度か手でかいて、探している。
それに眉を寄せると、ひたりと手が額を探り当てる。


ひんやりと、冷たく小さい手。
彼は、こんなに細く幼い手をしていただろうか。


常に、快活に笑い
暴れ回る子ども。

事あるごとに私の前に現れては喧嘩の種をまく。
彼の背が、体がこんなに小さいと、何故気付かなかったのだろう。


ああ。常に背伸びをするように、
彼は笑って前を向いて、跳ねるように動いていたから。


あまりの軽さ、小ささに驚く私の前で
茶色の瞳は、ゆらりと光を無くす。


「ああ、あるんだね。
……本当に、馬鹿だねぇ」


見えていないのだ。


そう気づき、愕然とする。
彼の目は、最早機能しないかもしれない。


「き、貴様、目が……っ」


慌てる私に、彼は笑う。

「はははっ。見えないぐらいでちょうど良い」


何が良い物か。
訳の分からないことを言うな。


「しばし待てっ。
今、医士に見せるっ」


言いながら持ちあげた体は、羽のように軽かった。
本当に私は今、子どもを持ちあげているのだろうか。
夢ではないのか。

そう思うほどに、何の重さも感じない。


「……タナッセ」


焦り、子どもを落としそうになる私に声がかかる。


「後にしろ」

持ち直し、そのまま出口に向かう私を、再び声が呼ぶ。


「タナッセ」

「後にしろと言って……」


目線を腕の中に移して文句を舌に乗せかけて、その表情に何も言えなくなる。


頬が少しだけ蒸気し、赤く
ぼんやりと熱に浮かされたかのような瞳。

零れる涙は、誰の為だろうか。

ふんわりと笑みを浮かべ、幸せなのだと知らせるように
口元は緩く弓なりになっている。


「あのね。タナッセ」



甘い声。
子どもは、こんな声で私を呼んだりしない。

常に、陰湿に、嫌そうに声を出していた。



何の真似だ。
騙されないぞ。



出るはずの声は、数度苦しそうに息を繰り返す音に消される。




「ありがとう」




彼から漏れるはずの無い言葉に
全身が一度、機能を失う。



それでも、彼を落とさなかったのは、何の因果か。




「あなたは、私にとって 光だった」



ふう、と苦しげな吐息。


甘い甘い子どもの声。



幸せな幸せな表情で、慈愛に満ちた笑みで。
彼は、玉のような汗をぽたりぽたりと落とし、見えぬ世界に声を洩らす。




「あなたに言われて 勉強をした」



「強くなるために 剣術を。
知識を得るために図書館に。
食事の仕方がなっていないからと礼節を。
魅力を、交渉力を、威厳を」




「強くなった、つもりだったんだよ」



「……ごめんね」



やめろ。

何を言いだす。



違うだろう。お前は違うだろう。
そうではないだろう。



「お前は、なにを……」



思わず出た言葉はそれだけだ。


もっと言うべき言葉があるだろう。

何故、言葉はここにきて出てこないのか。



彼の茶色の髪がはらりと揺れる。
瞼を開けていること自体が、辛いのか何度も瞬きを繰り返す。



「どうも、もうおしまいみたい。
よかったね。
これで、タナッセの悩みはもう、何もないね」




なにをいっている。
違う。
私が、私が望んだものは。





「タナッセは馬鹿だから、気にするかもだけどさ。
私は、十分幸せだったからね」




なにを言う。
何が幸せだ。



たったの。

たったの14年しか生きていないだろう。



しかも、生きて来た全てを捨てろと言われ
王になる為に生きよと連れて来られた場は、
お前を望んではいなかったというのに。



どこが幸せだ。
何が幸せだ。お前は勘違いをしている。




「だからね。どうか。
どうか……私を」




苦しいのか、一度大きく彼は息を吸って、吐く。



しばらく沈黙が落ち、
その間に、治療をと何処かで冷静な自分が言う。
それなのに、動けなかったのは、満足そうな彼の笑みのせいだろう。



ふう、と笑みを浮かべ直した彼は、輝いていて
どんな芸術品よりも綺麗だった。





「私を忘れて」




「どうか、幸せに……」




祈る声は小さくなり、急に彼の体の重みが増える。



だらりと弛緩した物体は重く、瞼は動かず
糸が切れた人形のようだ。




「おい、レハト……?」



彼の頬に流れ落ちる水滴も、急に喋らなくなったおしゃべりな子どもも
感情を伝えてくるはずの大きな瞳も、
額にあったはずの微も。



全て夢ではないのか。



思いながら、誰かが意識の端で彼を呼んでいる。

レハト、と。


「レハト、レハト。レハト、レハト。
おい、起きろ。
何をのん気に寝ている。起きろ、ふざけるな」



レハトレハト。

何度も何度も、漏れる。
苛立ちしかなかったはずの名前。


ゆらゆらと、抱えていた綺麗な人形を床に置き、
冷たいその体を揺する。



「レハトレハト。おい、悪い冗談はよせ。
貴様は勘違いしている」



ほら、冷たいだろう。
さっさと起きないから、こんな床に置かれるのだぞ。



「私が、なんだと? 
……光? そんなものの訳があるか。
貴様の脳内はどうなっている。馬鹿としか言いようが無い」



揺らす。何度も何度も。


かくんかくんと、唇が開く度に、声が漏れるのではないかと期待する。

タナッセと。


私の名前を呼ぶのではないかと。





「お前にしては上出来の嫌がらせだ。
褒めてやろう。
さあ、もう良いだろう。起きるが良い。昼寝は終わりだ」




揺らす。揺らす。
それでも、彼は目覚めない。




微のなくなった哀れな子ども。


さいごの最期まで、私を翻弄する子ども。




最期に
これからを生きる私を心配した。



こんな私を許してしまうような、愚かで愚かで愚かで愚かで愚かで
愛しいレハト。




死が、不安でないはずがなかっただろうに。



「レハト、レハト。レハト。レハト。
起きろ。起きないか。
レハト。起きろ、ほら、もう起きろ」



冷たい小さな手が揺れる。



幼い頬、つるりとした額。
おうとつのない柔らかな体。
成長したら美しくなったであろう顔立ちは、もう望むことも出来ない。

大人になることすら出来ず、
檻のような場に閉じ込め、封じ、私はそんな彼に何をした。


彼は私を許したというのに。
私は彼に何を為したのか。

こみ上げる吐き気。
それを抑えて、何度も呼びかける。


彼の名を舌に乗せる度に、灯る胸の明かり。

愛しいのだと、心が叫ぶ。


今更。今更だろう。

何故、私は。
違う。
違う。



「起き……」



頬を伝う熱いものが、現実だと知らしめる。

彼の頬にそれが落ちて
ゆるりと放物線を描いて地を濡らす。





「起きないか。レハト」




――ああ。
私の求めたものは。





「起きてくれ。
私を、置いていかないでくれ……」





冷たい体。


取りすがる様にその頭を抱き寄せるも、
もう何の反応も返さない。





求めたものは。

寵愛者の微などではなかったのに。








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2012/10/29







                
 









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