Happy birthday to you!
*注意*
*かもかて現代パロディです
*お友達の月紗さんに捧げたので、レハトの名が月紗に変わっています。
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朝目が覚めて階下に降りると、
廊下で待っていたらしいタナッセがこちらを見上げて眉根を下げた。
すっかり用意は出来ているらしく、起きたてでパジャマの私と違い、
制服をきっちり着こなした彼はモデルのようだ。
リリアノ理事長所有のこの館は、一般家庭の4倍程ある。
タナッセとヴァイルとリリアノ理事長。そして私。
4人しかいないというのに、この広さは無駄だと思うんだけど。
そんな広い屋敷だから、廊下で偶然すれ違うのも難しい。
たぶん待ち構えていたんだろうな。
そう予想して背の高い彼を見上げ
「おはよう、タナッセ」
「……ああ」
声を掛けるとああともうんとも言わない声。
タナッセにしては珍しい反応だ。
リタント学園に入学してからもうすぐ1年。
嫌味ばかり言って来ていたタナッセとの確執は、意外な形で霧散した。
今や何故か付き合いたての恋人同士。
何故だかは私もさっぱり分からない。
「今日はお前の誕生日だろう。何かしてほしいことはあるか?」
意を決したように聞いてきた3つ年上の彼氏は、
落ち着かないようにそわそわと動いている。
なるほど。そういえばそうだったかもしれない。
寝癖がついたままの髪の毛をかりかりと指先で掻くと、
面倒見の良いタナッセにもそれが目に入ったんだろう。
両手で頭を何度も撫でられる。
優しいその手が気持ちよく、猫の子のようにもっとやってと頭を突き出す私。
ぴくっと眼前で大きな掌が固まり、撫でて貰えなくなる。
どうやらナデナデタイムは終了らしい。ちぇ。
「そ、それで何か欲しい物やしてほしいことはあるか?」
ごほんっと大きくひとつ咳き込んで聞いてきたので、
私は無理だろうなぁと思いながら我儘をひとつ言ってみた。
「何故電車に乗らねばならない。学校に行くだけであれば、
車があるだろう車が。モルが嫌ならば他の者に運転手を頼むことも」
ぶつぶつぶつとどこに発散しているのか分からない呟きに苦笑する。
我儘だと分かっていながら言ってみた提案。
電車に乗って通学したい。
まさか通るとは思わなかった。別名王子殿下とあだ名されるタナッセに。
「タナッセ、嫌なら帰って良いよ?」
「嫌なわけではない」
苦虫を噛み潰したような顏を手で押さえながら、彼は覚悟を決めたように肩をすくめた。
どうやらタナッセは、初めての電車であるらしい。
どこぞの番組ばりに、だーれにも内緒でおでかけなのよーとBGMがかかりそうな
雰囲気を醸し出している彼氏に大丈夫だろうかとこちらが心配になる。
タナッセは駅構内をきょろきょろと見回したかと思うと、
改札機をじっと見つめたまま、動かなくなってしまった。
まるで親の仇でもいるかのような目でじーっと見ている。
改札機の前の人達は、右手で電動の切符を操作し機械音をさせながら
サクサクと通っていく。
「月紗、あれは何だ?」
「改札機だけど」
「ああ、なるほど。それならば聞いたことがあるが」
聞いたことがあるだけなのか。
流石はリタント財閥のお坊ちゃま。現物を見たのは本気で今日が初めてみたいだ。
しばらく改札機の流れを見ていたタナッセが、再び首を傾げて聞いてくる。
「皆が一様に右手側の機械に手を当てているように見えるのだが、あれが仕様か?」
「ああ、うん」
「指紋認証で行っているのか」
「……」
ほうっと感心するタナッセ王子殿下。
いやいや、違いまっせと突っ込むべきか否か。
目をぱちぱちさせている間に、タナッセがスタスタと改札に向かって歩き出している。
しまった。
「ちょ……っ。タナッセ」
哀しいかな、私と彼ではコンパスの長さが違い過ぎる。
咄嗟に手を出すまでのタイムラグがあったのも悪かった。
彼はかなりワクワクした様子で、改札機に手をかざし向こう側に歩き出そうと一歩踏み出していた。
ピンローン。
案の定と言うか、ストッパーと共に流れる機械音。
向こう側に行くことが出来ず、もう一度機械に手を翳してはピンローンと音をたてられている。
タナッセは、本気で訳が分からないらしく、困惑と不満を足した顏でこちらを見た。
「月紗、どういうことだ」
「うん。ごめん。説明不足だった」
両手を合わせて拝むようにして頭を下げる。
幾分タナッセの戸惑いが薄れたようで、彼の眉尻が下がる。
それにほっとしたのもつかの間、
背後でお急ぎのサラリーマンらしき男性がチッと舌打ちしたのを感じて思わず肩が揺れる。
ああ、すいませんごめんなさい。私の目が行き届かず……!
謝ろうと顏を上げて、目の前の彼が静かに怒っていることに気づく。
タナッセはその失礼な態度にだろう、眉を上げ今にも説教を始めかねない表情になっている。
「おい、貴様。そこのお前だ。人を見て舌打ちとは」
「わーーー待って待って!」
慌てて止めに入り、どうどうと落着けさせる。
大分ご機嫌斜めらしいタナッセは、何故止めるのかと言いたげな顏をしたけども、
一生懸命説明と相手も忙しいのだろうしと言うと、不承不承納得してくれた。
「月紗。ああいった場合は、怒っても構わないだろう」
「いや、サラリーマンのおっちゃんに怒ってもね……」
キップを無くさないように子どもに言うような口調で言っていると、
思い出したのか、半眼で告げて来る彼氏。
元々学園でも大分あちこちに噛みつく言動が多かったけど、最近は落ち着いてきていたと思ったのになぁ。
苦笑しつつ辺りを見回す。
駅のホームは朝の通勤ラッシュで混み合い、
上りも下りも4列になってはいるが、お互いに融合してしまってどちらがどちらの線で
待っている人なのか分からない混雑ぶりだ。
『ーーー番線に電車が参ります。黄色い線の内側にーー』
逆側のホームに電車が来るらしい。
並んでいる人々の最後尾がどこだか分からない私たちは、ホームの間で逆側の待ち人たちが
減るのを待つしかない。
暫くして同じアナウンスが流れ、逆側に光る車体が轟音と共に現れる。
風圧と共に来た電車に、右横のタナッセの目が一瞬輝く。
ああ、やっぱり男の子なんだなぁ。
ちょっと微笑ましい気分になるも、彼の目が車体から車内に向いた途端半眼になったので、
私は目を逸らして現実逃避した。
見てない見てない。私は見てないぞ。どう見てもギッチリミッチリ詰まってはみ出そうな車内なんて見てない。
暑苦しいどころか、息苦しそうだ。
タナッセもそう感じたのだろう。
眉根を寄せ、虫を見た時のような嫌悪感をにじませた顏をした。
「おい、まさかと思うが、これに乗るなどと言い出しはしないだろうな?」
「あーっ、と。これは下り線だから、これには乗らないよ」
「……これには、か」
「……うん」
私の言葉に、げんなりした彼は察しが良すぎるのかもしれない。
数分もしないうちに、目的の電車が現れる。
今度はタナッセの目も輝くことなく、最初から半眼だ。眉根に皺も寄っていて不機嫌そうになっている。
タナッセが青ざめた顔で予想した通り、上り線も同じようにギッチリミッチリ人が
これでもかとぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「ぐっ、狭い……っ」
「……うん」
ぎゅっぎゅっぎゅっと、詰め込み割り込み何とか乗り込む車内。
バッグを背後に置いて来ないようにしっかり胸元に持ち替え、何とか踏ん張る体制を整える。
タナッセは、おかしな格好で乗ってしまったのか、なんだか斜めに傾いでいる。
ああ……乗り方っていうか、踏ん張れるように両足をつくんだよって言っとけば良かった。
満員電車の中では、一度足場を決めると中々動けない。
それでも彼が少しでも快適になるようにと、周りの人を押して範囲を広げる。
ごめんなさいね。
心の中で謝って、タナッセに小声で話す。
「タナッセ。左足をこっちに。両足を広げて踏ん張れるように斜めに」
「…………こうか」
自身無さ気な彼を誘導して動かすと、隣のおじさんが少し嫌そうな顔をした。
体の一部がぶつかったか、カバンが当たったのかもしれない。
「すいません」
「……」
代わりに謝ると、タナッセは眉根を寄せたが特に何も言わず、チラリとおじさんを見た後、
少しだけ会釈のような格好を取った。
ぐらりぐらぐら。
前後に揺れる揺れる。
時折激しくガックンガックンと揺れる度に、タナッセの顏がひきつる。
電車初心者のタナッセを支えなくては。
そう思った私は、タナッセの腕を掴む。
「……月紗」
はっとした様子で、こちらを見下ろすタナッセ。
その表情は私に守られて情けないと眉尻を下げた……顏では無かった。
キリリとした眉。意志をたたえた瞳。決意したように真一文字に引き結んだ唇。
そうして黙られると物凄い美形なのだと改めてほぉっと見惚れてしまう。
とと、そんな惚気てる場合じゃなくて。
何だろう急に。
タナッセは何か思いつきでもしたのかな?
首を傾げる私の肩を抱くようにタナッセが手を回す。
ふぁっつ!?
「……ちょ……っ」
「大丈夫だ。安心するが良い」
ぐわんぐわんと世界が揺れている。
走る密室内は汗だか煙草だかの匂いも充満し、熱気がこもっているせいだろうか、
頬が熱い。異常に熱い。
距離的にタナッセに抱きすくめられたような格好になる。
ちょっと待って。なんかこれはちょっと違うんじゃないかななんて思うわけでして!
一生懸命押し返そうとタナッセのおなかに手を置いてみるものの、
ガタタンっといっそう激しく揺れ、それは逆効果となる。
「……ふぁっ」
「……!」
ボスンっとタナッセの胸に寄りかかってしまい、倒れると思った。
でも、全体重がタナッセにかかったというのに、斜めに傾いだ体はゆっくりと
元の場所に戻される。
他ならぬ目の前の彼氏様によって。
「月紗、危ないから捕まっていろ」
「……ひゃ、ひゃい」
タナッセの左腕に捕まるように指示されて、そのまま捕まってしまう。
見上げると、困ったような頼られて嬉しいようなはにかんだ笑みを浮かべるタナッセがいて。
駄目だ。こんなイケメン私知らない。
ドキバクとうるさい心音をどうにかしようと、目線を下げて首を振った。
なんだこれなんだこれぇぇええ!
タナッセのくせにタナッセのくせに!!
真っ赤になりながら呪文のように唱える私。
そんな私のことなど露知らず、頭を撫でてくれるタナッセ。
やめて。私の心臓が止まってしまう。
「ふん、どうやら電車とやらも大したことがないな」
「…………」
ふふんっと勝ち誇るタナッセは、髪の毛が乱れているしネクタイ曲がってるし、
どう見ても電車には負けていると思う。
無言の私が心配なのか、顏を覗きこもうとする彼氏様は優しいんだけども。
未だに真っ赤になった顏を見られるのもしゃくなのも事実。
「どうした、月紗。体の具合でも悪いか?
だからあのような乗り物に無理して乗ることなど無いと言っただろう。
お前はあまり体が丈夫ではないのだから……。ああ、熱はどうだ?」
そっと長い指先に頬を持ち上げられて、熱いまんまの頬もバレた。
私は真ん丸のタナッセの目を見上げながら、せめてもの抵抗をした。
「こっちに寄るな。すけべ」
「……なっ、私は、べ……別に……!」
タナッセは何故か真っ赤になってギギギっと固まった。
暫くした後、ワタワタと違う違うぞと弁解を始める。
他意が無くあんなことが出来ちゃうならとんだプレイボーイだ。
なんだか悔しかったので、今日は一日タナッセを助平と呼んでやった。
その度にタナッセが真っ赤になって、口元を抑えたりワタワタと弁明をするのが面白くて
笑いながら言えば、困った顔で微笑まれる。
こんな普通のカップルみたいな日常も良いなぁ。
ほわほわと幸せを感じていた私の平和で特別な一日は。
タナッセがビル数件を借りて【誕生日おめでとう 月紗】という文字を描き、
ロマンチックな噴水広場をライトアップして
空からバラを撒き、プレゼントを出してくるまで続いた。
どっかずれてんだよ。あの人は。
20130905