心の戦い





青の月黒の週。
今週末にまた舞踏会がある。

今回は……出ない。

皆に無視されてポツンと残るようなあんな場に出るのは、自分の力では無理だ。
まあ、私が出なくても、誰も困らないから良いだろう。


そうは思うも、いざ何かあった時、頓珍漢なことを言いだすのはまずい。
だから、今週は魅力と知力をメインに訓練している。






「そうかい。出ないのかい。まあ、出れば出たで噂されるし、出なきゃ出ないで
噂されるのが、人の関係ってもんさね」



私が厨房で材料を混ぜていれば、おばちゃんがそう言った。
おばちゃんは、恨みがましげに見上げる私をニヤニヤと見下ろしている。



「おばちゃん……それじゃ、どこにもいけなくなっちゃうじゃん」


「あっはっは。あんたは気にしすぎなんだよ。
お貴族様だろうが、王様だろうが、皆、一皮むいたら同じ人なんだ。
適度に距離を保って、笑顔を忘れなきゃ大丈夫さね」


「…………。それが難しいんだけどね……」


はぁっとため息をついて、鍋をかき回す。


「そういや、こんな草を何に使うんだい?」
「ああ、それは香りづけにねー。名前は分からないけど、ハーブだと思うから」


言いながら、大分水分の飛んだ中身を見る。
おばちゃんも何か手伝うと言ってくれたので、ハーブを刻んで貰っている。









青月黒週1日目。今日の授業が終わって、厨房にお邪魔した。


行くと昨日突っかかって来た男の人、トッポがいた。もう一人のガーナはと見回したが、
彼女の姿は見かけない。
トッポは私の顔を見ると、嫌そうに眉をギュッとしかめて言った。


「何か御用ですか、寵愛者様」
「厨房を貸してもらいに来ました。よろしく」
「…………。どうぞ」


話は通っているのだろう。
しぶしぶといった様子で、厨房の中に案内される。


水が600cc、重曹が20g、ぬか200g…と覚えていても、計りが無い生活が長い。
殆ど勘。経験則とも言える。
最初こそ、何度も失敗したけど、何度も作れば流石におかしなものは出来ない。


水を沸騰させ重曹を入れて、泡が少なくなったら少しづつぬかを加える。
今回は香りも良くしたいから、先にハーブを煮たててその煮汁を使う。
残ったハーブは刻み、石鹸に混ぜ込めば良いだろう。



そう判断し、パタパタしている私をトッポがチラチラ気にしているのは知ってるけど、
特に邪魔をされることは無い。
まあ、後ろで色々されて嫌なのは分かるけど。


苦笑いでいれば、おばちゃんが木箱を持って現れて今に至った。





「冷めてきたから、これを木箱に流し込んで……固まったら掌くらいの大きさに
切り分けて、これで完成」

「へぇー簡単なもんだねぇ」


感心するおばちゃんに、胸を張って頷く。
結構、この作業は簡単な上に人から感謝されるから好きだ。


「ぬかが原料だから、どうしても茶色になっちゃうけどね。
これで食器洗ったりすると良く落ちるよ。あ、ちなみにこっちはぬか袋ね。
ぬかを入れて、お風呂で体を擦ると汚れが落ちるやつ。
お裁縫が得意な私の侍従が2つ縫ってくれたから、色違いでおばちゃんに緑をあげるね」


私のは赤。
サニャが私の名前の文字とおばちゃんの文字を聞いてきたから、何かと思えば、
このぬか袋に縫う為だったらしい。

赤いぬか袋には糸でレハトと刻まれている。
緑の方にはクレイと縫われているのも確認済みだ。



「おやおや。これは良いものを悪いねぇ。ありがとう」

おばちゃんは嬉しそうに笑みを見せた。ふにふにっと、緑のぬか袋を何度も
押して感触を確かめている。
今から入るのが楽しみなのか、目の輝きが違う。


「ふっふー。良いでしょう?
お礼はサニャ、私の侍従に言ってあげてね。サニャが考えて作ってくれたんだよ」

ぬかが入った掌サイズの垢擦りは、私も予想外だったからそう告げる。
また何か縫ってるなぁとは思ってはいたんだけど、本当に気が利く侍従で有難い。


「あとこっちは、重曹と水で割ったシャンプー……頭洗い用の石鹸ね。
よく掻きまわさないと下の方に重曹が溜まっちゃって意味が無くなるから、
使う前に手を突っ込んでかき回してから使って」


言いながら、25センチ位の大きさの壺を渡す。
梅干しの漬物でも入っていそうな焼き壺と蓋。中身は重曹と水を混ぜた濁り液だ。


「へぇーなるほど。こりゃ良いね。足りなくなったらこの重曹とやらを入れ直して
水を足せば良いんだね?」


感心しながらも詰め替えの心配をする辺り、主婦のようだ。
笑いつつ私は頷いた。


「なにからなにまで悪いねぇ」
「いえいえ、こちらこそ、温かいお風呂入れるのはおばちゃんのおかげだし」


うっふっふーとお互いにご機嫌で笑い合っていると、ガタンッと何かを
叩きつけたような音がした。
首を傾げて後ろを見れば、トッポが不機嫌そうに見ていた。



「トッポ!あんた、その器が壊れたらどうしてくれるんだい!?」


どうやら水を持ってきたらしく、木桶が二つ床に置かれている。
おばちゃんの言葉に答えること無く、トッポは吐き捨てる。


「そうやってご機嫌伺いですか。本当に媚を売ることだけはお上手なんですね」
「トッポ!」


トッポの声におばちゃんが鋭く叱咤の声を上げる。


トッポの垂れ目が半眼になって意地悪く言う言葉は、褒めてはいないだろう。
おばちゃんは怒り目で止めようとしているが、私はこれぐらいじゃ平気だ。
タナッセに比べて何と分かりやすい嫌味だろうか。


「うーん……ごめんね」
「……別に、謝れとは言っておりません」


謝る私に勝ち誇るトッポ。長身な彼からすれば、私は見下しやすいんだろう。
そう思いながら、私はにっこりと笑う。


「トッポの分は無くてさ。でも、今度、何か作ったらトッポにもあげるね!」
「……は?」


パンっと両手を合わせて良い考えだとばかりに言ってみる。
こういうのは気勢を制した方が勝つのだ。この城で学んだことのひとつ。
……いや、まあ。本当に邪魔してるからお詫びも兼ねてるんだけど。



「とりあえず、この石鹸をあげよう。はい、どうぞ。出来たてです」
「……は? え、いや。…………どうも」


ほいっと出来あがって四角に切ったばかりの石鹸を渡す。
茶色のそれは私の掌ぐらいの大きさだから、トッポの手だと少し小さめに見える。

一応、継承者からの贈り物だ。

目の前で捨てるのは不敬罪に当たるとでも思ったのだろう。
彼は、驚いた様子でその石鹸と私を見比べている。


「手洗い用だけど、体洗うぐらいなら出来ると思うから。試しに使ってみて」
「…………はぁ」


やっぱり彼はタナッセとは違う。嫌味言いはするも、すぐさま反撃に出れないようだ。
戸惑ったような顔で、頭を掻いている。

そのことに、平等な立場じゃない立場ってややこしいなぁと思いながら、
おばちゃんにお礼を言って去ることにする。


「じゃあ、おばちゃん。付き合ってくれてありがとね!
何度も言うようだけど、お風呂もありがと」

「ああ、どういたしまして。コレ、あんたの侍従のサニャさんによく言っといてね」


緑のぬか袋を振りながら言うおばちゃんに頷いて、私は自分の部屋に戻った。













青の月黒の週5日。


「おや。レハトか」


広間の近くを歩いていたら、リリアノの声がした。
振り返ると、シャラシャラと金属音と、衣擦れの音をさせてリリアノが近づいて来た。



「お主に少しばかり話がある。こちらへと寄れ」
「……うん」


告白かしら?なーんて。
言える雰囲気でもないので、言わないでついていく。


リリアノの歩幅は大きい。
置いて行かれないように、てって、てってと必死で歩けば、広間の中でも奥にある一角に
座ることになる。

椅子を引いてくれた侍従さんにぺこりと軽く下げてから、彼女を見る。



「さてと、レハトよ。
王になりたいとのお主の言葉、見ているところ、どうやら本気の様子だな。」

「…………」



御前大会で準優勝したことだろうか。
それとも、その前の舞踏会で果敢に挑んで失敗したことか。
どっちにしろ、努力をする様はそう見えるらしい。リリアノの目を持ってしても。

当たり前だ。私がそう言ったのだから、察して欲しいなんて、我儘過ぎる。


王になりたいか、否か。
いまは答えられない問いに、私は沈黙を持って答える。



「お主もとんだ物好きよな。ならずとも良いものを、わざわざ目指すとは」


ふっと笑う彼女は王である以外の未来は無かった。
夢見無かったと言えば嘘なのだ。それでも、可能性があるのに目指す私を、どう思うのか。
チラッと見上げても、その完璧ともいえる立ち振る舞いからは何も分からなかった。



「しかしレハト、お主にはいくつか、王たるに認められるためのものが欠けておる。
例えばそうだな……お主、侮られておるだろう?」

「……うん」


その言葉に頷く。つい4日ほど前に、厨房でも馬鹿にされたばっかりだ。
情けないことに私には、人をひれ伏させる雰囲気も魅力も無い。
困り目でリリアノを見れば、彼女は思い出を振り返る様に少し目を閉じる。


「我にも覚えがあることだ。
我が城に入ったのは、王を継いでからだったからな。
ぽっと出て来た未熟な緑子風情に、いきなり心から頭を下げる奴はおらぬ。
ならば、どうすれば良かろうな?」


ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるリリアノ。
彼女は、こういう問いをするのが好きなのだ。答えを求めるで無く、考えさせる問いを。


私は、考えてから言う。


「少しづつ分かって貰うように頑張る。
誠心誠意、ゆっくりでも分かって貰えば、きっと何かあっても裏切られない」



私の言葉にリリアノはコクリと頷いた後、顎に手を当てて首を振った。
おしい答えだと言う感じで。



「時間をかけて認めさせるのは一つの手だ。それで解決することもある。
だが、間に合わぬこともあるのだ。
レハト、力づくということも時には必要だ」

「なるほど。私の剣術の出番か」


コクリと頷いて、任せろと言えばリリアノは眉根を寄せて苦笑した。


「やりかねぬから言うておくが、殴り倒せと言っているのではないぞ。
相手の心をねじ伏せ、従わせることだ。
それは生まれつきの気性のように思えるやもしれんが、何、ある程度は技術なのだ」

「……ふむ」



頷くも、私にリリアノのような威厳が持てるとは到底思えない。
首を傾げる私に、彼女は続ける。



「お主が望むなら、それを身につける手はずを整えよう。
最初は付け焼刃でも、繰り返すうちにそれらしくなってくる」

「そっか、うん。分かった。頑張ってみる」


こくんっと頷いて返事をすると、威厳のある目で見ていた王は、
親しい者を見る目でこちらを見つめた。




「それで少しはお主の居心地が良くなれば良いがな。
……なかなか面白いものだぞ、心の戦いもな」




心配するような言葉の後、ニヤっと子どものように笑うリリアノ。


私が影で色々言われているのも知ってるんだろう。
そして、この間サニャの手助けをしなかったからようやく分かることだけど、
見ているだけ、見守ってるだけって結構きついのだ。

相手を信じて信じて。いつ手を出せば、相手の為になるかを見極めなくてはいけない。
タイミングが悪いと相手に恨まれたり、庇った本人に恨まれたりする。



「ありがとね、リリアノ。見守るだけって、結構しんどいでしょ。
でも見守ってくれてるって知ってるから、私は何とか頑張ってみようかって気になるんだよ」

「……レハト」



ひひひっと笑うとリリアノは虚を突かれたように目をまんまるにした。




「まあ、難しかったらリリアノに聞くよ。得意そうだし」



肩を竦めると、リリアノは少し驚いたような顔をした後、ふっと笑う。
少し嫌味言ってやれな気分だったんだけど、リリアノは真面目に取ったらしい。



「ああ、それも良いな。考えておくことにしよう」
「…………うん。まあ、はい」





今更、嫌味ですよーーとか言えない。
こうして、私の訓練に一個『威厳』の訓練が増えたのだった。



20130322












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