御前試合






「よお。お前、ヴァイル様に勝ったんだって?」

「あ、師匠。こんにちは!」


今日の授業が終わって、廊下を歩いていれば、武勇訓練の先生が通りがかった。
彼は、髭をさすりながら、こちらを値踏みするように見据えて、コクリと頷く。

嫌な感じだ。
とっても嫌な感じだ。


先生は、挨拶もそこそこに、ニヤニヤと肩に手を掛けて笑う。


「なあなあ、そこで物は相談なんだが」
「嫌な予感しかしません、師匠。お断りして良いですか」
「駄目だ」
「…………」


これだよ。印持ちって分かってるんだろうか。この師匠は。


呆れつつも、その傍若無人さが好きなので好きにさせておくと、
グリグリと頭を撫でられる。
良い子良い子という具合に。


「何だってんですか。もっと撫でやがれこの野郎」
「おう。お前が褒めて伸びるタイプなのは知ってるからな!よーしよしよし」
「犬じゃありません。……で、何ですか」


じょりじょりと髭が当たって痛い。
頭を撫でてくれるのは嬉しいけど、頬をすりすりされるのは嫌だ。
ほっぺが死活問題になってきている。

師匠はニヤリと笑って、私に告げる。


「御前試合に出やがれ」
「…………」


ぱちりと目を合わせると、彼はニヤニヤといやらしく笑みを浮かべた。


「エマ―ヌと賭けてんだよ。お前が準決勝まで行きゃ俺の勝ちで、3倍取りだ」



何だ。
期待されてるのかと思ったのに賭けごとか。
そして、交渉の先生も何してんだ。馬鹿ばっかりか。私の先生は。


「……何してるんですか。二人して生徒を賭けに使わないで下さい」


半眼で真横にある髭面に言えば、酒臭い息がかかる。
うわ。この人、昼間っから飲んでるよ。


「馬鹿野郎。俺の飲み代が返せなくってもいいってのかよ」
「既に借金持ってた!? ……はぁ。まあ、考えておきます」
「おう。負けてもいいが、準決勝までは負けるなよ」
「……無茶言わないでください」


その後も、絡んでこようとする中年親父にどうにか水を飲ませて、
なおもグダグダ言う師匠の側で本を読んで、午後の空き時間を過ごした。















青の月黄の週10日。



今日も空は晴れ渡っている。今月に入って5回目の休日。
つまり、御前試合の日だ。



建物に囲まれた庭の一角が試合場となっている。
場を取り囲むように、回廊に見物人が集まり始めた。



「レハト様、本当にご出場なされるのですか?」



傍らについているローニカが心配そうに聞いて来る。
サニャは……と見れば、観客席の一つにその顔を見つけることが出来る。
そちらも心配そうにじっと、出場者入り口を見つめている。


「レハト様が武芸修養に励んでおられたのは存じております故、
お気持ちは分かりますが、
見物もされずに出場とは、少々気が逸られておりませんか?」

「……うーん。そうかな……?」


別にそんなつもりはないんだけど。
師匠も、太鼓判を押して出ろと言って……まあ、あの人は賭けごとが好きだから
そのせいでもあるけども。


ヴァイルに勝てたんだし、少しは持つと思うんだけどなぁ。


そんな楽観的に考えてる私と違い、いつもと変わらないように見えるのに
隣で一緒に控えているローニカの方が慌てているようだ。




出場者は、全部で30〜40人といったところだろうか。

第一回戦は、一度に二度づつ行われるため、見学側も
あまり盛り上がるということはない。

それ以前に、まだ天幕の中の準備が終わっていなかったり、そこの主人が
到着していなかったりする。

注目されるのは一試合ずつになる第二回戦からだ。



「まあ、見ててよ。それなりにやれるようにはなってると思うからさ」


年老いた侍従に心配かけないように見上げて、ポンっと肩を叩く。
ローニカは、眉尻を下げながらため息をつく。


「お怪我だけはなさらないよう、お気をつけくださいね」
「うん、ありがとう」








ローニカと話していると、ザワリと急に雑談の声が途絶える。
主賓が到着したのだ。
辺りを見回せば、2階席、正面の一際大きな天幕にリリアノの姿が見えた。



促されて、他の衛士たちと共に、会場に整列する。
小さな私が良く見えるようにか、それとも印持ちだからか、
正面から一番よく見える位置に立たされた。


「ほら、アレが……」
「へぇ……小さいな。ヴァイル様よりも小さくないか」
「出場するなんて無謀だろう。誰かお止めしないのか」
「怪我されたらことだぞ」


ひそひそと聞こえる声。
衛士たちもそう思っているんだろう。チラリとこちらを見る目線は良いとは言えない。
それでも、胸を張って前を見据える。


リリアノだけを見ていればいい。



一度、2階建て位の高さから、私と目が合ったように思ったものの、
直ぐに見えなくなってしまう。


しばらくの間を置いてから、リリアノがバルコニーの手前へと歩み寄る。
儀式のような言葉を読み上げる為に。

形の良い唇から、高すぎず低すぎない声が響き渡る。


「かつて我らの前に、アネキウス振りたもう。
その御手には剣、魔を祓う力なり。
かの姿、既に聖山より天へと去りしが、我らの手に剣は残る。

恐るるな、祝福されし子らよ。
正しき者の身に力は宿りたり。

我らが守護手、偉大なるアネキウスは、いついかなる
時も我らを見守りたり!」



朗々と、読み上げる言葉は強く美しい。
見上げる女神のような王に魅了されながら、同じ言葉を唱和する。



「我らが守護手、偉大なるアネキウスは、いついかなる
時も我らを見守りたり!」



衛士たちの低い声に混ざる私の声。高い声が誰かに聞こえるかは分からない。
それでも、出来るだけ声を張り上げて唱和する。


会場に熱気がこもる。
それを肌で感じながら、私は試合用の用具を手に取った。







第一試合はカッティンとの対戦。
ヴァイルと比べたら悪いが、難しい相手ではなかった。
何度か打たせてからと思ったものの、あまりの遅さに手を出したら
あっさり勝ってしまった。


選手控室に戻ると、ローニカが布と飲み物を渡してくれる。
汗もあまりかいていないから、大げさな気もする。


「お疲れ様でございました。初戦をご勝利で飾られるとは、まことおめでたいことです。
次もご無理をされませんよう」

「……うん」


侍従頭の言葉に頷いて、集中を切らせないようにと髪を結ぶ。
元々肩までだった私の髪は、少し伸びて縛った方が邪魔にならない。

再び私の名前が呼ばれる会場に、息を大きく吸って出る。





2回戦目。急に観客の声が大きくなる。
貴族たちが到着したのだ。お付きの者たちも、興奮気味に見ている。
ワァァァァ。ワアアァァ。

何か言われているのかもしれないが、気にならない。
今は、目の前の敵をどうするかだ。


「次なる第二回戦、さあ、初戦を勝ち抜いたのは……
ササエル! そして、レハト!」


呼ばれてチャキッとお互い剣を構える。


「レハト対ササエル。一本勝負を始めます!
開始!」


進行役の声と同時に、突貫する。低く低く低く。私の身長を生かす。
相手に攻め込ませるな。
私の体は小さい。
吹き飛ばされないように、小さく小さく小さく纏まり、動く。


ガッ。ギギギギギッ。ガッキ―ン!


急に来ると思っていなかったのだろう。
走り寄り、下から剣をないだ私に少し引いたササエルは、体勢を崩した状態で
私の剣を受けた。

一撃目は防がれたが、私が競り勝った。
相手の剣が空に浮いている間に、彼の腹に一撃を食らわせる。


「……ぐうっ!」


呻いて相手が降参する。手を貸そうかと迷ったが、それは仕打ちとして
屈辱と取る人もいるだろう。
チラッと彼を見たが、顔色は悪くない。
私は、スタスタとその場を後にする。









「お疲れ様でございました。
さすがはレハト様、私めの危惧は不必要であったようですね。
しかし、上がるほど、相手は手ごわくなるのが当然。
くれぐれも油断なさりませんよう」

「……うん」


控えに戻ればローニカが笑って迎えてくれる。
チラリと辺りを見れば、継承者だからだろうという目線や、小さくそれを零す者がいる。

ローニカが睨むと収まるそれに苦笑して、少しだけ飲み物を含む。
中々、緊張する。
いつもと違う心音に、落ち着け落ち着けと何度も言い聞かせる。








「さて準決勝を開始いたします!
カードを発表いたしましょう!」


進行役がうやうやしく声を張り上げる。
拡張器が無いのだから、地声でこれなら凄いことだななんて、関係無いことを思う。


ふぅっと息を吐いて相手を見る。
相手も私を見据えて、油断なく盾を構えている。


「シャイモア! そして、レハト!」


「…………」
「…………」


進行役以外は静まり返った中、ゆったりとも思えるスピードで彼は始まりの声を上げる。




「レハト対シャイモア。一本勝負を始めます!
開始!」


声と同時に飛び出すと思ったのだろう。彼は、盾を構えて待ちの体勢だ。
じりりと私はそれに近づく。
何度も、いくぞ、いくぞ、いくぞっとフェイントをかけながら。

跳ねまわるような仕草になる為に、これは凄く浸かれる。
師匠曰く、ノミのダンス。


小さい体が、ぴょこぴょこ跳ねまわり、いつの間にか視界から消える
……のが理想だ。



とん、とん、とん、とん。


円状に円状に。
彼を追い詰める。彼はじりじりと後退する。


跳ねる跳ねる跳ねる。
相手の死角に死角に死角に。


何度も繰り返せば、ずりっと今まであかなかった防御の穴が開く。
盾を持ったままだが、いけるはずだ。


「せぇええいッ!」
「…………ッ!」


気合いを込めて、盾ごと相手をなぎ倒す。
相手は、堪え切れなかったのか盾を飛ばしてしまう。そこを突く。
肩を目がけて降りおろした剣は、相手に響いたらしい。


「勝負あり!」


進行役が旗を上げる。


「勝負終了!レハトの勝利!」


それを聞き届けて、私は踵を返す。











「初のご出場で決勝まで勝ちあがられるとは、レハト様のこれまでの努力、
察して余りあります。
次は決勝ですが、その成果を発揮できれば、きっとご勝利されますよ」


ローニカが褒めそやす。その表情は誇らしげだ。
にこっと満足気な侍従頭に笑いかけて、大きく息を吸う。


「……う、ん……。はぁ……」


息を整えて飲み物を飲みこんだ。
やっぱり練習と本番は違う。疲れ方が半端ない。
一瞬、何でこんな所でこんなことしてるんだ私、なんて思ってしまう。
首を振って、集中力を取り戻す。


集中だ。集中。


折角ここまで来たんだ。負けるものか。
……師匠の賭けでは、ここまででも良いんだっけ? ああ、駄目だ。落ち着け。
勝たなきゃ。






そんな気負いがまずかったのかもしれない。




対戦相手はチーテジナ。
「た行」か……!と舌打ちしたくなる気分で見つめる。
確か、「あ行」から順に「わ行」の順で衛士たちは強かったはずだ。


先手必勝。電光石火で片づける!


低く低く走り出した私の一撃目は、あっさりと相手の盾に防がれる。
2撃目。キィンっと弾かれて体勢が崩れた剣を相手は弾く。
剣を落とすわけにはいかない。


「……くっ」


少し後ろに下がった。
その瞬間を過たず、相手は私の肩に剣を振りおろす。


「……がはっ!」


衝撃が襲う。肩が外れそうだ。
手がびりびりとして、剣が落ちる。


カランっと、床に落ちるまでがスローモーションのように見えた。
ああ……。駄目だ、拾わないと。


思うのに、剣は落ちていき、私の手はそれを掬いあげることが出来なかった。


「勝負あり!」

「…………っ!?」


進行役が旗を上げた。
まだ……! まだ戦えるのに!


「勝負終了!チーテジナの勝利!」


ワアァアァァ!


ひと際大きな大歓声が辺りを締め尽くす。勝者が決まったのだ。
彼は、喜んで観客に手を振り、笑顔を辺りにまき散らす。
そのことに眉を寄せながら、額に浮かぶ汗を腕で擦る。
負けた。

……悔しい。




大きくため息をついて、控室に戻ればローニカが布で汗を拭いてくれる。

「お疲れ様でございました」

そう言われてようやく終わったんだなと思える。
はははっと乾いた笑いをのせてから、呟く。


「……ごめんね。応援して貰ったのに」



あと少し。あとちょっとの注意が足りなかった。
体力は十分。気力もあった。でも、油断した。


「レハト様。
初めての試合にてに決勝戦まで進まれたのは誇っていいことだと、私めは思います」


「……かな?」

苦笑するとローニカは頷いてくれ、リリアノが待っていると背中を押された。
意味が分からずに、一歩前に出ると歓声が響く。

何だ何だ。何事だ。


笑顔で、あるいは好奇心一杯の顔で皆が私を見ている。
パチパチと拍手とはやし立てるような声。いつからこんなお祭り騒ぎがあったのか。


おどおどと辺りを見回しながら、リリアノノ待つ天幕へと段を上がる。




リリアノは、私を見つめ目元を緩める。
パチリと瞬いた瞬間に、王の顔に戻ってしまったが。



「勇士たちよ、そなたらの修養の成果、しかと見せてもらった」


残っている参加者にも聞こえるように朗々と響く声。
王の声を聞く為にか、騒ぎは少し収まり、彼女の声が響く。


「レハトよ、惜しくも優勝はならなんだようだな。
だが、焦ることはない。正当な努力には結果が伴うものだからな」


「……はい」


真っ直ぐリリアノを見て言う。
努力したから得た結果なのだと言われれば、嬉しい。


でも、足りなかったのだ。何かが。
覚悟か。気合いか。集中か。努力かもしれない。


グッと拳を握って、気合いを入れる。



「ともあれ、衛士ら相手によくぞ勝ち抜けた。
お主の資質と努力を称えよう。
今日の栄誉に溺れることなく、今後とも励むことを期待するぞ」

「……ありがとうございます」



ぺこりと頭を下げれば、盛大な拍手が降り注がれる。
そして、優勝者のチーテジナにも王は声を掛け、高揚した頬で彼は頭を下げる。
本日の主役は彼だろう。



いつまでも鳴りやまない拍手の中、私は試合場を後にした。







20130219



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