武勇訓練
武勇を頑張ってみよう。
おばちゃんに、ばしゃばしゃされたからではなく。 あの後、毎日のように遭遇して頭を掻き回しの水掛けが待っているからではなく。
とりあえず、抵抗できる力を!
そう思えば、休んでいる場合じゃ無くなった。 毎日の総合教科にも力が入り、武勇の授業は論理だけでなく 実践の練習ー素ぶり等をさせてくれるようになった。
しっかし、初めて持ったけど、剣って重い……。
鍛練場は、数人の衛士たちが遠巻きに見つめていて、 少しだけ気まずいものの、動かさなきゃ成長はしない。 気にせず、数度、剣を持ちあげて振る。
何度も繰り返し繰り返しやる度に、力が付いて行っているのが分かる。
でも、ブンッと振って、 体が同じ方向に動きそうになった。
「ぐ……ぬっ!」
「おいおい、大丈夫か?」
とととと、と後ろに動いた私を誰かが受け止めてくれた。
ポスリとその広い手の平に背中を預ける形で寄りかかるも、 背後の人物は、気にした様子も無い。
焦げ茶色の短い髪。 少し焼けた肌と、精悍な顔立ち。衛士の服をまとったその姿は。
「お前、最近、頑張ってるよなぁ」
感心するように声を掛けてくれるグレオニ―。 一瞬、私の額から印が消えてしまったか、髪の毛で隠れたかと思うような 普通の言動。
支えてくれた手から逃れて、彼に向き直る。
タナッセも背が高かったけど、グレオニ―は更に大きい。 首が痛くなりそうな身長差だ。
「ありがとう。支えてくれて。 うーん、今日はそろそろやめておかないとかな……」
笑顔で礼を言う。 支えて貰わなかったら、尻もちをついたか、悪ければそのまま後ろに 倒れていたと思う。
張り切り過ぎたと反省して呟けば、 グレオニ―は大型犬が散歩に行きたがっているかのような どこか期待する目で話してくる。
「いやいや、良いって。 お前、ちっこいのに近頃よく頑張ってるなって思ってさ」
にこにこと嬉しそうに話しかけてくるグレオニ―に、 周りが青い顔をしている。 あはは。グレオニ―後で大変だぁ。
そんな周りなど見えていないらしいグレオニ―は、 気安く私に言葉をかける。
「何? やっぱ衛士希望なの?」
キラキラした目の輝き。 弟分になるかもしれない者を見つけて嬉しそうだ。
「んー。そういう訳でもないんだけど、体を鍛えておけば 良いことあると思ってさ」
具体的には、おばちゃんに水かけられなくなるとか。 自分でお風呂に入れると主張するとか。 タナッセ辺りを水に沈めるとかだけど。
「そっか。そうだな!鍛えておいて損はしないしなー!」
カラカラと笑うグレオニ―の肩を、同僚であろう男の人が 一生懸命叩いている。
「お、おい、グレオニ―、ちょっと……」
とんとん、と指先だけだった忠告が、 バンバンと強いものになるのに時間はかからない。
「何だよ、俺、こいつと話してんの。後にしろよ」
「いや、おま、額のそれ……」
うん。 私だけおかしいんじゃなくて良かった。
汗を拭うので擦ったから、 微が消えたのかと思っちゃったよ。
青い顔で私の額を指さしかけて、衛士はそれが失礼にあたると思ったらしい。 首でついついっと、私の額を指し示している。
「うるさいな、分かった分かった。 すまんなー、何か茶々入って」
困った奴らだよなとばかりのグレオニ―に ええっと、とこちらも困ってしまう。
「いや、平気だけど……」
後でグレオニ―が大変だよ? そう心配する目で見つめると、何を勘違いしたのか グレオニ―は、キリッとした眼差しで告げてくる。
「応援してるからな! 何か困ったことがあったら俺に言えよ! じゃ、またな」
「お、おう! あ、ありがとう!」
思わず男友達のようなやり取りをかわし、 ブンブンと手を振るグレオニ―に、小さく手を振り返す。
うーん……。 まあ、何とかなるだろう。多分。
後ろの方で、グレオニーが何だよーと言っている声を聞きながら 訓練場を後にした。
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