ヴァイル




王との謁見。


思ったよりも神経を使っていたらしい。
廊下に出て、はぁっと大きくため息をつけば
ローニカが少し微笑んでくれた。


「お疲れ様でございました。
では、お部屋へご案内いたします。どうぞ、こちらへ」



ローニカに促されて歩く。

彼の背を見れば、かなり鍛えているのだろう。
胸板の厚さと筋肉があるのが、服の上からでも、うっすらと分かる。


といっても、注目しなければ
ただの好々爺といった風情だから、余程鋭い人じゃ無ければ
そうと思わないだろう。


現に、自室までの道すがら
誰も彼に気を配った様子はない。


時折、私を見て何やら物問いた気な雰囲気をされたり
あからさまに驚いた顔をされたり、不快気にされたりする程度だ。


……これは、しばらく珍獣扱いだろうなぁ……。


面倒くさい。
正直、ゲームやパソコンに向き合ってる方が性に合ってる身に
社交を求めるってのもどうかと。


でも、リリアノに王になりたいって言っちゃったし。


何より、タナッセが馬鹿にしたように笑うだろうことを考えると
イラっとする。

少なくとも、あいつに馬鹿にされない位の
知識や教養ぐらいは身につけておかないと気が済まない。

出来れば、武勇も欲しい。
本を投げつけてやるのだ。あの綺麗な顔に。


一人静かに、想像上の馬鹿を殴る素振りでいれば、
ローニカが立ち止まった。



どうやら、ここがこの一年、私が過ごすであろう部屋らしい。


ローニカが戸を開いて、私を招き入れる。


最初に見えたのは、窓からの景色。
大きく開いたバルコニー。
湖が夕日を浴びて、温かなオレンジ色を部屋に入れている。


全体的に赤い色彩で埋められた部屋だなという印象を、抱くか抱かないか。


「こちらが貴方様のお部屋で……」


ローニカがそう呟く声にかぶせるように
待ちわびていたのだろう小さな影が、笑う。


「おっ、来た来た!」


嬉しそうな子どもの声。

淡い黄緑色の髪は、短い。
癖毛なのかふんわりとカールしたその髪は、耳の辺りではねている。
真ん中で分けた髪型のせいか、よりその額を見つめてしまう。

淡く緑に光る発光。

ぼんやりと光るそれは、神に選ばれたものの証。
肌自体が発光しているのか、額に沁み込んでいるのかと思えるような
不可思議な色。


あれが、微(しるし)


自分の額を無意識に触りつつ、マジマジと見つめる。
同じ微を持つ少年を。


鏡というものが無いこの世界。
貴族には、鏡石という研磨した石を持つということだが、
そんなの村には無かった。


そして、村では隠さねばならなかった微。
当然、自分の額を見る機会など、殆ど無い。


リリアノに謁見した際にも見たはずだが、
おっぱいばっかり見て……もとい、緊張しすぎて
よく覚えていない。

すごいおっぱいだった。いや、違う。
微だ。微。



だから、初めてその実態を見た。


微という不思議な光。
神に選ばれたのだと思わせるもの。
なるほど、と思った。


不思議だ。


これが、微か。


私の好奇心一杯の目に、ヴァイルは楽しそうに笑う。
噂の二人目を見に来たのだ、と。


その様は、子どもっぽく嬉しそうで可愛らしい。


「へー、本当にあるや。
こすったら消えたりしないよね?」


私の額をマジマジと見つめ、大きな緑眼が聞く。
それに笑って頷くと
にんまりと嬉しそうに笑い返される。



「ヴァイル様、そのようなお言葉遣いは……」


ローニカが嗜めると、ヴァイルは少しうるさげに口を尖らせる。


「うるさいなー、いいじゃん」


そして、ローニカに用は無いのだとばかりに
私の方を向く。


「俺、ヴァイル・ニエッナ=リタント=ランテ。よろしく」


差しだされた右手に、右手を重ね
しっかりとその目を見つめていう。


「私は、レハト。
噂の二人目ってやつ。よろしく」


頷くヴァイル。
茶化すように言った二人目に、深い意味は無い。

人を間違えれば、不快に思うかもしれないけど、ヴァイルなら大丈夫だと思う。
そう判断していった言葉は、当たったらしい。

友好的な態度ととったようで、ヴァイルは嬉しそうに笑う。


「見ての通り、聞いての通り、次の王様予定。
……といっても、あんたが来たからちょっと怪しいかもなー、なんて」


ふざけた様子でいう彼の言葉は、
本当にそう思っているわけではないのだと分かる。

試すように、大きな緑眼が覗きこむ。



「どう?
俺と、王様奪い合う気、あんたある?」



楽しそうだ。
張りあう相手が出来て嬉しいのだと分かる。

そして、それ以上であればと望む期待がその目に、言葉に、態度に
素直に顕れている。

ふふっと笑って、私は答える。



「うん。まだ、5ヶ月もあるんだから、
どちらが王様になるか、分からないでしょ?」


首を傾げていえば、ヴァイルは少し目を開いてから
ニッと笑う。


「お、来た来た来た。
そう言ってくれると思った」


両手を合わせて、楽しそうにする彼。
腰に手を当て、指先をこちらに向けて宣言する。



「じゃ、俺とあんたはライバル。
どっちが勝っても恨みッこなしってことで、勝負だ!」



その言葉に頷けば、満足したらしい。


「楽しくなりそーだな。
じゃあ、またなー」


駆けるように部屋から出ていく。
ひらりひらりと青衣が視界から去るのを見て、まるで嵐のようだと
苦笑した。
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