最悪の出会い




がたがたがた。
鹿車がゆっくりと止まった。


老人に促されて降りると、そこは見たことのある景色だった。


中庭だ。


この場に立つのは初めてなのに、覚えがある。
何度も繰り返し見た切り取った絵のような風景。


「大変お疲れ様でございました。
謁見の前に、まずお身なりを整えに参りましょう」


老人が、そっと背中を押す。
それに頷こうとして、違和感を覚える。


誰かが見てる。


振り返れば、一人の人物が
階段の上からこちらを見下ろしているのに気づく。



淡い青髪。
整った顔立ち。釣り上がった目元。
薄く笑みをたたえる口元。

緑色の上着。髪の色に合わせたかのような肩掛けに、首元の襟巻。
一見、美麗な男性だと思えるのに、
眼差しは鋭く、鋭利なものを感じさせる。


視線が合った。


冷たい、氷を飲ませるかのような視線。
キィィンと、耳鳴りがした。
音が一切遮断され、彼の衣擦れの音と息づかいだけが聞こえる。



カツン、カツンと、彼が階段を下りてくる。


降りる度に、世界に色が戻る。
灰色一色だった世界が、彼を中心に色鮮やかになっていく。


緊張感のある雰囲気をまとったまま、彼が微笑む。
決して楽しい笑みでは無い。
張り付けたように、冷たく、刃のような笑み。


それに、怯えたのか
私の心臓がギュッと縮まった。



「可哀想に」


低く怨嗟の声。



「お前は一生ここから出してはもらえない」



楽しそうに、歌う様に。
まるで本当に、憐れんでいるかのように。




「ここで朽ち果てるのがお前の定めだ」



そんなことはない。
冷たく甘く広がる低音に、声にならないまま喉が答える。



「今更出て来ても何の益もなかろうに。
誰にとっても不幸なだけだ」




見下ろす彼の顔は、整い過ぎていて彫刻のようだ。
それでもその頬はわずかに赤く、人だと思う。


益が無い、そんなことはない。
人一人が動いて、何がしかの波紋を呼ばないはずがないのだから。
益があるか無いかは、動いてみてから決まるのだ。



「可哀想に。
額に印が刻まれたばかりに」



その小馬鹿にする笑みに、真意など問わずとも分かる。
私の目が細くなる。
睨み上げるように見つめる先で、彼はまだ唇を開く。



「ようこそ、王城へ。
二人目の寵愛者よ」


彼は、うやうやしく手を添えて軽く会釈する。
似合う仕草だが、ワザとらしい。
イライラする。


「他の誰もがお前の到着を喜ばないだろうが、
私だけは
お前を歓迎してやるよ」



嘘をつくな!


カッとなって言い返しそうになる私を、ローニカが制す。


胸の前に出されたローニカの手に、彼を不満気に見てしまうが、
首を振られて少し冷静になる。

いま、こいつを相手にしても何の意味も無い。


自分に言い聞かせていれば、
嫌味を言っていた男は、言いたいことは言い終えたらしい。


嫌味言いたい放題男は、、
楽しそうに口元を歪めながらいなくなった。


ひらひらと肩布がうざったい。
何だあのおしゃれ布は。意味があるのか。


いつかあの布、引きちぎってやる。



ふんっと鼻息荒くしている私を苦笑しながら
彼の紹介をし始めるローニカ。


タナッセ・ランテ=ヨアマキス。
17歳。王のご令息。唯一の息子。


しってる。
知ってるとも!


ああ、あの嫌味を現実に聞くとは。

っていうか、タナッセ、現実に聞くと心底うっぜぇぇえええ!!!


色々慮って、過去とか理解した上で
その上で言わせてもらう。


お前に言われる筋合いねぇよ!こちとら初対面じゃいっ!



「あああああイラつくっ!」


頭をガシガシと掻きむしり始めた私を
ローニカが驚いたように見やる。


「……まあ、貴族とは大概あのようなものですから……」


ローニカは、しばらく何事かと見ていたが、
タナッセに対して言っているのだと気づいたらしい。
まあまあと取りなしてきた。


それにブチブチと嫌味野郎、陰険野郎と呟くと
ローニカは、少しだけ吹いたように笑ってから、陛下の元に参りましょうと
言われた。



そうだ。リリアノに会えるのだ!
ヴァイルに会えるのだ!


何を悲観することがある。


私は大きく頷いて、一歩を踏み出した。
色鮮やかになった世界は、私を歓迎しているように見えた。


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