迎え2




鹿車に乗せられ、途中でローニカが何度か
話しかけてくれたような気がする。

村から出たことの無い私は、
変わる景色を見ながら、頷いたり首を振ったりを繰り返した。


どうしたんだろう。
あんなに楽しみだったのに。


何故か、すごく全てが遠い。



ローニカがテレビ画面の向こうにいるかのようだ。
白黒の景色。
揺れる鹿車。
見たことも無い王城。
湖。
彼ら、キャラクターと思っていた人々。


生きているのだろうか。


私が。彼らが。
どちらが、嘘なんだろう。


そんなことを思っていれば、
ローニカが穏やかに口を開いた。


「突然の長旅、さぞお疲れになったことでしょう。
もうすぐ見えて参りますよ」

「…………」


そちらを見て頷き、再び外を見る。
地面、地面、土、土、鹿車の音。鹿車の音。
鉛を飲んだかのような気分の悪さ。


緊張しているのかと言われればそうかもしれない。
後悔しているのかと言われればそれもそうだと言える。


ただ、何故か
現実感が無い今が、気持ち悪い。


眉根を寄せる私の顔は、ローニカには見えないようだ。
彼は気づかうように、柔らかな声をくれる。


「これから貴方様が住まわれる場所です。
気に入っていただければ、私めも喜ばしく思うのですが。
とはいえ、最初は戸惑われることも多いかと存じます。
何分、このように遅く見出されることは、前例がございませんし……」



気後れしなくて良いと声がかかり、
少しだけ微笑む。


「貴方様の額に輝くのは、何よりも尊い神の証なのですから」


その言葉に、皮肉気に笑ってしまいそうになって
また外を見る。

神の証。
そんなものは……。


暗い考えに陥りそうな私を、ローニカの声が制す。



「ほら、見えて参りました」


太い指が指示した先に、見える。

大きな大きな石の塊。


冷たい岩が、凝り固まったかのような黒々とした影。
押してもびくともしなさそうな堅牢な作り。
湖に反りだした作りは、中からも外からも出入りし辛いだろう。


唯一の出入り口は橋だけだとゲームでもいっていた。
だが、現実に見るとどうだろう。
あのおどろおどろしさは。



ぞっとした。
あれは、檻だ。


これから、私は、檻の中に入れられる。
真綿でくるむような監獄に。



「あれが美しき湖に浮かぶ我らが王の住まう御処、
フィアカントの王城ですよ」


ローニカが嬉しそうに城を紹介する。


冗談じゃない。
あんな場所に入れられたら、もう二度と戻れない。


そう本能が告げ、今すぐに逃げろという。
怖い。怖い。嫌だ。
あそこには、魔物が住んでいるように感じる。


そんなことはありえないのに、世界はどんどんと灰色に染められて
もう、色など何処にもありはしないように思えた。


後悔と郷愁の念がよぎる。


村からでなければ良かった。
額を見せなければ良かった。


平凡な暮らしを望めば、それもあっただろうに。


「……様、レハト様?」


胸を抑えていれば、老人が声をかけてくる。
ああ、この人は誰だったっけ。


「いかがなされましたか、黙り込んで。
やはりお疲れになっておられる様子ですね」


白髪頭の彼は、心配するように眉を下げ
到着次第、陛下に謁見がどうこうと告げる。


へいかにえっけん。


駄目だ、良く分からない。
緊張と現実では無いのではないかという疑いで
現実を拒否しているのだと、冷静な自分が囁く。

それでも、なお、物語は勝手に進んでいく。
まるで現実のような残酷さで。


橋を渡り、門番に止められ、
ローニカがやり取りする間、ぼうっと石作りの柱を見ていた。


中世ヨーロッパのような柱。
地震が無いのだろうか。
地震大国の日本ではありえない構造だ。


重い石と重い石をつなぎ合わせ、地盤に基礎があるのか否か。



耐震面とか考えて無いだろう。
地震が来たら一発で崩れるぞ。ざまあみろ。


くすりと、来るはずの無い不幸をあざわらう。
どうにも心が荒んできているようだ。


円状に繋ぐレンガ構造は、耐震に強いらしいから
考えて無いわけではないのかと
窓枠を見て思う。


ガラスが無いのか。


鉄格子とカーテンのようなものでふさがった窓。
年中温かいグラドネ―ラならではの風景だろう。


ぼーっと上ばかりを見ていたら、
鹿車は、いつの間にか門をくぐり抜けていた。



「聞いたとこ、すごい田舎者なんだろ。平気なのかね?」



ぼそぼそと衛士たちが噂話をしている。


鹿車が、ゆったりと門を抜ける間にも聞こえるのだから、
到着したらその非ではないだろう。


気にしないようにと、老人が言うので頷いて微笑む。


何が何か分からない。


それなのに、あちこちから見られている気がする。
カタカタと鹿車がその噂話の間を通っていく。


ひそひそと人の声。衣擦れの音。
悪意が渦巻いているように感じてならない。



気持ち悪い。



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