「聞いてくださいよ響木監督…!あれ、」


今日という今日は我慢がならなかった。イナズマジャパンのマネージャーとして引っこ抜かれたのは良かったものの、雷門に居たときとは違って久遠監督は冷徹極まりないし、練習がハードならマネージャー業もそれはそれはハードだし。



だから時々こうやって響木監督のところに行っては愚痴を聞いてもらうのが楽しみだったんだけど、



「……寝てるし!」



いつもの右の奥のテーブルに座って、顔に新聞を乗せているのはまさに私が愚痴を吐露しようとしたその人で……気持ちよさそうに鼾まで聞こえてくる。


「監督、寝るの早いですよ……お爺ちゃんじゃあるまいし!」



なんて、寝てるのを余所に生意気なことを言いながら隣の椅子に座る。

監督の鼾に合わせてふくよかな腹部が上下。ダイビングしたくなるけど、そんなことしたら後でどやされるかな……


「あー……監督寝てたんじゃつまらないなぁ……、ん?」


でろんとテーブルに崩れた私の目線の先にあったのは、


「…サングラス!」


そうだ、これはいつも響木監督がかけているサングラス。前々から、その下の瞳を見てみたいと思っていたんだ。チャンス!

そぉっと音を立てないように監督の隣に立って、物凄く慎重に、ゆっくりと新聞紙をめくる。

心臓がドキドキいって、その音で監督が目を覚ますかもしれないと思ったけど、そんな気配もない。



「って、目瞑ってんのか。」



何とか新聞紙を顔から退けることには成功したが、寝ているのだから目を閉じているのは当然といえば当然だ。


──私の努力って無駄だったんじゃない?


そう思ってうなだれていると、響木監督が身動ぎする。


「!」

「……何だ、お前か。」







──一瞬、監督の目がすっと開いて。


不覚にも、そこへ吸い込まれそうな感覚に陥った。


「ぁあ……もう夕方か…随分と寝てたみたいだなぁ。」


自分の顔に新聞紙をのっけていたのも忘れてしまったのか、全く慌てることもなくサングラスをかけて、いつも通りの監督に。


「……おい、どうしたんだ?」


物も言えず突っ立って居た私の前でヒラヒラと振られる響木監督の右手。私は慌てて首を振って、少し深呼吸した。


心臓がドキドキいって、それはさっきよりももっと盛大な音を立てていて……顔が火照る。


「ラーメンでも食ってくか?」

「…はい!」


仄かに暗いカウンターに座ると、すぐにニンニクの良い薫がしてきて、そういえば最近ラーメンなんか食べなかったな、と思った。


「ほらよ、」

「有難うございます!」


時間的に、そろそろ夕食の仕度だけど…と頭の片隅で秋ちゃんと春奈ちゃんに謝ってから、箸を割る。

その様子を眺めている監督を見て、さっき思ったことを聞いてみたくなった。


「響木監督、」

「なんだ?」

「監督は…若い頃モテましたよね?」

「……急にどうした?」



若い頃からそんな怪しいサングラスをかけていたはずが無い。さっき見た監督の瞳は驚くほど綺麗で……私だったら、監督が若い頃絶対に惚れていた。


「モテてたんですよね?」

「馬鹿な事ばっかり言ってないでラーメンを食え、ラーメンを。のびるぞ。」


呆れたような困ったような声でそう言って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

何だか誤魔化された気分のまま、ラーメンを暫く無言で啜っていると、監督がポツリと言った。


「昔はラブレターなんかもらったりしたがな。」

「ほら、やっぱりモテてたんですよ!……何で結婚なさらなかったんですか?」

「……そうだな、俺はサッカーばっかり追い掛けてきたからじゃないか?」


と肩を竦めた。それとこれとは別次元の話じゃないのかと反論したら、良いから黙ってラーメンを食えと言われた。











「──監督、私、今14歳なんですよ。」

「知ってるぞ。」

「あと2年したら結婚できるんですよ。」

「だからどうした。」


ラーメンを食べ終えた後、がちゃがちゃと皿を洗う監督の背中に向って。


「──16歳になったら、私、此処に働きに来ても良いですか?」

「悪いがバイトは募集してないぞ?」

「違います。監督のお嫁さんとして働くんです。」



私の人生最大のグッドアイディアを言ってみた。

皿がガチャンと音を立てて、監督が振り向く。


「…お前な、」

「約束ですからね!ご馳走様でした!!」



鞄を持って店を走り出た。愚痴は聞いてもらえなかったけど、私の心は軽やかで、また明日から頑張れそうな気がした。



──さっき振り返った監督の耳が、夕焼けのように赤く染まっていたのを私は見逃さなかった。











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恋せよ監督!様提出。


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素敵企画有難うございました!


101002 

銀璽



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