──来週、日本に帰るから、お前の家に泊めてほしい。


そう電話があったのは丁度一週間前だった。

あいつに会うのは久し振りだ。思えば、2年近く会ってないのではないか。

俺は、あいつが帰ってくるというその日、わざわざ会社を休んで朝から家の掃除をした。

元々、物が余り無い家だし割と忠実に掃除もするから掃除なんてすぐに終わってしまった。

その足で取り敢えず買い物に行く。

今日の夕食の食材と適当に酒でも買うか、とぼんやりと考えながら歩いた。






家に帰ってテレビを見たり何だかんだで時間は飛ぶように過ぎた。



──…飛ぶように、なんて嘘だ。



本当は、あいつと約束した時間になるのをずっと待っていた。

時計の短針が、あと二倍くらい早まれば良いのに。

まだ2月だというのに、窓の外は春の様相を呈している。

あいつがいたアメリカは、どんな景色だったんだろう。

あんな話もしたい、こんな話もしたい──…






そう思っていたら、いつしか微睡んでいたようで。

甲高いインターホンに呼び戻されて、慌てて玄関に走る。


扉をあけてやる必要もなかったらしい、我がもの顔でもう家のなかに入ってきていた。


「…、鬼道。」

「久しぶりだな、豪炎寺。」



鬼道は肩までかかるドレッドを、今日は後ろで無造作に束ねていた。

10年前の影が重なって、少し息を呑む。


「…豪炎寺、寝てただろう?」


俺が喋れないで居ると、


「顔、跡ついてる。」


と面白そうに笑った。




─あぁ…何も、変わってない。




顔を手で探ると、右頬に確かに跡が。

俺もつられて微笑むと、鬼道を部屋のなかへ招き入れた。









鬼道がシャワーを浴びている間に俺が適当に作った夕食を、あいつは旨そうに食べた。


「誰かに食事を作って食べさせてもらうのなんか久しぶりだ。」


そんな風に呟いて。

本当はもっと凝ったものを作ってやりたかった、という言葉をパスタと一緒に飲み下した。鬼道が喜んでくれるなら、何だって良い。



それから二人でかなり飲んだ。俺が買ってきた分と、鬼道が持ってきた分を全部。

テーブルの上にはビールの缶やらワインの瓶やらが散乱している。片付ける気にはなれなかった。


鬼道は俺の座っているソファーに、ぼすんと沈んだ。
どうやら酔っているらしい、黒いシャツからのぞく細い首筋まで赤く染まっている。



そんな様子で顔を覆ってうなだれる鬼道は余りに艶っぽく、10年前に閉じ込めたはずの想いが今更、匣から顔を出した。



「──…酔ったのか?」

「あぁ…調子に乗りすぎたみたいだ。」

「…鬼道。」







──気が付くと鬼道を抱き締めていた。

咎められるかと思ったが、ただ黙ってうなだれている。


ここぞとばかりに、俺は匣から覗いていた想いを吐露した。


「──好きだ、鬼道。」

「あぁ。」

「愛してる。」

「あぁ。」

「あの日と変わらずに、お前の事が大好きだ。」

「──…あぁ。」






鬼道の声が震えた。どうしたのかと尋ねても、ただ首を振るばかり。相変わらず、両手で顔を覆ったまま。

そのまま何だか砕けてしまいそうな鬼道を、俺はギュッと抱き締めた。さっきよりもずっとずっと強い力で。








「…結婚、するんだ。」


鬼道がぽつんと呟いた。


「お前には、言いたくなかったんだ。」



声の次に肩が震えだし、喉から嗚咽が漏れる。


あぁ──…酔っていたんじゃない、泣いていたのか。


そう思ったところで、俺が鬼道の涙を止めてやる術なんて持っているはずもなく。





「…今日は、本当は別れの挨拶に来たんだ。」

「もう、多分会えなくなるんだ。」

「豪炎寺、俺もお前が大好きなんだ。」




震える声で、泣きながらそんな言葉を並べる鬼道を俺はただ黙って抱き締めていた。


昔と変わらず華奢だった。




「──…豪炎寺、」




黙っている俺に耐えかねて、とうとう顔を見せた兎の目をした愛しい人に、俺は最後で最愛のキスを降らせた。








致命的打撃

(もう、お前は俺の手の届かない世界へ行ってしまうんだ。)





+++++++


ぼくら+10様提出。


素敵企画有難うございました!


100826


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