あいつの葬儀は至ってささやかに行われた。

来るのは見知った顔ばかりで──雷門の奴らまで来たときには驚いたが──特に面白いことなんざ何一つ無かった。

出棺の時。微かに啜り泣く音がしたけど、俺は涙なんか出やしなかった。

隣に座って黙っていたこいつも同様。

ただ、出ていく車に向かって深々と頭を下げたのには面食らって思わず笑ってしまった。…誰にも咎められなかったが。






部屋に来い、などと珍しいことを言うもんだから手土産にバナナを持ってきてやった。

「…何故、貴様の好物を俺が食わなきゃいけないんだ?」

と溜息を吐かれたが、突き返されなかった。

只、昼と同じ格好で、夜だというのに部屋の電気も付けずにベッドにもたれて空中の一点を眺めている。

座れるような処が無かったから、ベッドの上に腰を下ろした。

差し込んでくるのは月明かりばかりで、俺とこいつの空間を満たすものは沈黙以外何も無かった。


「…綺麗だったな。」


ポツリと呟かれた言葉には、いつもの張りが全然無くて


──ヤベェな、


と思った。

こいつにとって、あの男はそんなに大切な存在だったのだろうか?

俺は返事をしなかった。


「ちゃんと見たか、あの顔を?」

「見たぜ…穴が開くぐらい。」


いつもと同じマントとドレッド。その後ろ姿は全く動かない。


「…お前に面白い話をしてやろう。」

「へぇ?鬼道ちゃんから話振るなんて珍しいじゃないの。」


少しからかえば何か反応があるかと思ったが、こいつは無視を決め込んだらしかった。


全く動かない背中を眺めるのに飽きて、窓の桟に頬杖をついて月を眺めることにした。


皮肉なことに、満月の夜だった。


「俺が、あの人を警察に突き出した。」

「知ってるぜ。何回もあいつから聞いた。」


夜空は悲しいくらい澄み渡っていて、月がやけに鮮やかだ。


「俺はあの人から解放されて自由にサッカーをし…勝利を手にした。」

「知ってるってーの…」


あいつは同じ話を、何故だか嬉々として語っていた。

そんなときはいつも、ほんの少しだけ、苛ついた。

理由は俺もよく分からない──あの時も、今も。


「やっと自由になったのに…あの人はいつ迄も何処迄も追い掛けてきた。」

「モテモテじゃん、鬼道ちゃんたら。」


ニヤニヤしながら言ってやると、暫く黙りこくってしまった。

怒ったのか、話す気が失せたのか。

どっちにしろ、俺は手持ちぶさたで窓の外を眺めた。

こんな夜中でも、車が通るんだなぁとか、どうでも良いことが頭を過る。


「…安心したんだ。」

「あ?」

不意に鬼道は立ち上がると、バナナの房を投げて寄越した。


一本だけ、減っていた。


「あの人が俺の目の前に現われる度に──安心したんだ。」


可笑しい話だろう、と自嘲気味に口角をあげる。


「俺はあの人から解放されたくて堪らなかったはずなのに…だ。」


それなのに、

FFI全国大会決勝の時も、真・帝国学園の存在を知った時も、
FFI世界大会にあいつが居ると分かった時も、


「──酷く、安心したんだ。」


鬼道は今度はベッドに上がって、壁にもたれ掛かった。


「不動、「当ててやろうか?」…何だ?」

わざと被せて言ってやると、眉間にしわを寄せた。

「鬼道ちゃんの考えてること…当ててやるよ。」

「……言ってみろ。」


そのまま俯いてしまった横顔は月明かりに照らされて、怖いくらい綺麗だった。

──花に埋もれた、あいつみたいに。





「愛してたんだろ。」





口に出してみると、その言葉は想像以上に陳腐で甘ったるくて、気付いた時には笑いだしていた。




影山も、鬼道も、馬鹿だ。


恨むことでしか、傷付けることでしか、縛り付けることでしか、他人を愛せない。

愛し方も、愛情表現も、愛そのものさえも分からなくなる程、愛してしまって。


──そして、壊してしまう様な。






ひとしきり笑ってしまうと、鬼道も笑いだした。

最初は小さく、段々阿呆みたいに大声で。

一瞬、頭がおかしくなったのかと思った。


仕舞いにはゴーグルを取り、右手で額を覆って笑った時、その疑いは一瞬にして消し飛んだ。



「図星だろ?」


「…っは、ふふっ…あぁ…そうかも、しれない。」


そう答えて、またケタケタ笑いだした。



月を見るのも良い加減飽きて、俺は手ずから持ってきたバナナを一本折り取った。

皮を剥いて、さほど力も入れず噛みちぎる。甘くてもったりとした味が口に広がっていく。

訳もなく、遣る瀬ない気分になった。





そいつを平らげた頃、鬼道は大人しくなっていた。

つと見ると、壁にもたれ掛かったまま寝息を立てている。



──…無防備な奴。




そっと屈んで、涙で濡れている唇に自分のそれを重ねる。



満月に盗み見された様な居心地の悪さを感じながら部屋を後にして、不意に気付いた。


──…俺も、同じか。





憎悪と愛は紙一重


(あいつだって、愛してたんだろーよ)(サッカーも…お前のことも。)




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濁る瞳 様提出作品。

何だか鬼道さんにバナナを食べさせたかったというだけの作品←←


影山総帥の御冥福を心よりお祈り申し上げます。


素敵企画、有難うございました!


100822

銀璽.



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