虜の風を憎からず思う帝王の話。






















はなをめでる











 ほんの少し首を傾げた以外はいつも通り、彼は憮然とした表情を崩さなかった。
「花は嫌いだったか」
「別に、趣味の問題だろう」
言外に悪趣味だと一蹴されデギンは苦笑する。
確かにそれは彼の祖国では“毒々しい”だとか“下品”だとか言われる類いなのかもしれないが、それでも風騎士は極彩色の花束を投げ返すでもなく胸に抱えたままだった。
格子の隙間から器用に遠投された指輪の例を思えば進歩だろう。
贈った衣服には一度として袖を通されなかったし、当て付けなのか単に兄恋しさなのか、今日も相変わらず風騎士は闇騎士の装束を身に付けている。
余らせた袖が兄より幾分小柄な彼の手の甲をすっかり隠し、指先だけが覗いていた。
 彼の辛辣さには実の兄である闇騎士が一番困惑していた。
「虫も殺せないような優しい子だったのに」と、今でも動揺を引き摺っているのか弟には殆ど会いに来ない。
連れて来たのはお前だろうと小言を言いもしたが、七年分の溝を今この場で埋めろというのも酷な話だ、特に闇騎士のあの性分では。
 それにしても、よほど花束が邪魔なのか先程より風騎士の顔に険が増していた。
機嫌が悪い、というよりは扱いに困って途方に暮れている風情だ。
そういえば此所には花器の類いが無かった。
「ああ、失念しておったな」
「要らない、花も、もういい」
「そう邪険にするな、こうして花を抱いていると貴様なかなかに可憐であるぞ」
「そんな事を言われて喜ぶ男が何処に居る、それに」
言いかけて風騎士は深々とため息を吐く。
「戯れはいい、さっさと抱け」
語るに能わずといったところだろうか、それにしても身も蓋も無いことを言ってくれたものだ。
「これは珍しい、そちらから誘ってくれるとは」
「ほざけ俗物」
媚びるどころか敵意や嫌悪を隠そうともしないその態度はいっそ清々しい程だった。
玉の様な翠の瞳の奥には初めてまみえたときと変わらず、暗く底冷えのする様な殺気が揺らめいている。
 助命の条件として課せられた役目を彼がひたすら甘受しているのは、ひとえに主君の下へ帰る為か、それとも“もうひとつ”か。
いつか再び牙を剥く時が来たら果たして自ら手に掛ける事が出来るだろうか、この闇騎士と同じ眼をした青年を。
不毛な感傷に浸る程度には情が移ってしまっていた。
 抱き寄せて頬に唇を落とせば不快と言わんばかりに顔を背け身を捩り、その腕の中からはらはらと花弁が零れる。
闇騎士によれば「弟は花が綻ぶ様に笑う」のだそうだが、この調子では見ることも叶わないかもしれない。
本気で口説くつもりなら、それこそ久遠の時を要する事だろう、となると、
「やはり聖杯か」
結局、望みの全てはそこに帰結する。
不穏な独り言を聞き咎めてか、更に表情を険しくする愛妾のご機嫌をこれ以上損ねる前にと、その手を優しく引いた。
 閨で夢うつつに父を呼んで泣きじゃくる姿が愛い。
今は、それで十分だった。







*****

帝王様は何度か舌を噛まれて懲りています(何)


戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -