王と嵐のチョコレートを巡る攻防の話。
チョコレートは飲み物。
















媚熱チョコレートドリーム














 恋人の日、というものがある。
ブリティスでは男性からパートナーの女性に贈り物をし二人で過ごす習わしだ。
大切な日を前に城内の雰囲気もいつもより少しばかりそわそわしている。
つい昨年までの自分ならそんな浮わついた空気を感じる事も無く……もっとも片田舎のベルファストでは一生縁の無い話だったのかもしれないけれど、と王は苦笑した。
倦怠感に甘えて寝台に体を沈ませたまま目線だけを巡らせると傍らで嵐騎士が身繕いをしている。
あの頃は自分に寄り添う人が居るなんて想像もしなかったし、今でも時折夢の中に在るように思う。
どうして君なんだろう、とも思う。
雪明かりに薄ら浮かんだ肌に点々と残る真新しいしるしが先程までの行為を生々しく想起させ、後ろめたさと期待にじわりと下肢が疼いた。
ふたたび鎌首をもたげた劣情を悟られぬよう息を殺しながらそれでも目を離せずにいると、視線に気づいた嵐騎士が怪訝な顔でこちらを顧みる。
「……なんです、邪な顔をして」
わかってはいたが、やはり手厳しい。
「知ってる?海の向こうの国では恋人の日に女の子が想い人へチョコを贈るらしいよ」
「チョコレート、ですか」
「うん、チョコレート」
国によって差違はあるが特にそれは東の果ての国だけの独特な風習だった。
嵐騎士に教えた目的は言わずもがなだったが彼はといえば、
「その国では随分安価で手に入るのですね」
と論点のずれた分析をしてはぐらかすだけだった。
「……相変わらず意地悪だなぁ、わかってるくせに」
嵐騎士の腰に抱きついてシーツの中へ引きずり込むと、特に抵抗も無く彼の華奢な肢体は腕の中にすっぽり収まってしまった。
「陛下は甘党でしたね、ご所望とあらばご用意しますよ」
「そういう事じゃないんだけどな」
拗ねて尖らせた口に嵐騎士のかさついた唇が重なる。
触れただけですぐ離れようとするそれに噛みついて仕返しとばかりに深く口づけた。
舌を絡めて蜜を吸い尽くす様に深く、深く。
「……ん…っふ……ぁ…」
耳を擽る甘ったるい声にいくらか気が済んで解放してやると、嵐騎士は互いの唇から伸びる唾液の糸を舌先で舐め取り少し上目づかいに主君を見上げた。
「私の立場で出来る限りの事は致します、お命じ下さい」
あざとい仕草で煽っておいてこんな風に線を引くのだから、本当にずるい。
「うん、君ってそういう奴だったよね、知ってた」
「意地悪を仰います」
つい先程の自分の言葉を返されて深々とため息を吐く。
何か釈然としないが命じろと言うなら幸い、実は王にはちょっとした野望があったのだ。
「……あの、さ…チョコを使った遊びがあるのは知ってる?その、恋人同士でする…」
ごにょごにょ言葉を濁して遠慮がちに伝えると、どうやら察したらしい嵐騎士の表情がみるみる冷やかになっていく。
「君が甘い物が苦手なら無理強いはしないよ、ごめん忘れて、今すぐ忘れて」
数瞬の沈黙を脈無しと受け取り王は内心肩を落とし、次いで込み上げてきた羞恥をごまかす様に早口で捲し立てる。
しかし憮然とした様子の嵐騎士から返ってきた言葉は、
「手配致します」
と至って事務的な了承であった。
「で、今度は何方の入れ知恵です?」
ご機嫌を損ねてしまったかと思ったが、どうやらいつも通りの調子に一先ず胸を撫で下ろす。
「それより今ので目が冴えちゃったんだけど、その、良い?」
「……けだもの」
 あの話をJr.達から聞いた時は是が非でも嵐騎士の耳に入れなければと息を巻いた王であった。
勿論、自分から何か贈る事も考えはしたが……何せ甘い物は年相応に好きなのである。
チョコレートに限らず菓子はなかなか庶民の口には入らない贅沢品だ、不謹慎とは思うが今だけは王である喜びを享受したい。
それが彼からの“贈り物”となればなおのこと、自分にとってどれ程甘美で代えがたい物か。
ダメ元でねだってみたものの彼が察してくれて助かった、やはり皆まで言うのは気恥ずかしい。
――ああ、それにしても“チョコを口移しで飲む”だなんて。
なんて甘いキスだろう、想像するだけで頬が緩んでくる。
 そうして期待に胸を膨らませ迎えた当日、閨で待ちわびる王のもとへ参じた嵐騎士は大量のシーツと鍋一杯のチョコレートを抱えていた。
「支度に手間取りました、少々お待ちを」
呆気にとられる主君を退かして嵐騎士はてきぱきとした動作で真新しいシーツを寝台に敷き始める。
何が起こっているのか、王にはさっぱり解らなかった。
「えっ、えぇ……?」
「“えっ”ではないでしょう、陛下は我々の関係が公で無い事を少しは自覚なさって下さい、後始末をするのは私なんですよ」
「いや、あの、そのシーツ何に使う、の……?」
ぴた、と嵐騎士が手を止める。
またおかしな事を言ってしまっただろうか、恐る恐る顔を覗き込むと彼はあまり見たことのない表情で固まっていた。
「…………おそれながら、陛下は私に何を命じられたのでしょうか」
「え、その、……チョコの口移し、だよね?」
とうとう言ってしまったと赤面して俯く主君を他所に嵐騎士は「そっちか……」と低い声で呻いて頭を抱え、かと思えば広げた時よりも遥かに早い手際でシーツを畳み始めた。
「ちょっと、何」
「どうやら行き違いがあった様ですね、これは必要無くなりました。
 チョコは……少々多すぎる位ですがあのままで良いでしょう多くて困ることはありませんいくらでも口移しして差し上げますからご安心くだ」
「嵐騎士」
立て板に水で喋り続ける嵐騎士の腕を掴んで制止する。
何か既視感があると思ったら、ティンタージェルの地下牢で再会した時も確かこんな顔をしていなかったか。
なるほど、あれは“やらかした”顔だったらしい、二年越しで合点がいった。
それにしても一体何をしてくれるつもりだったのだろう、想像もつかないがあの嵐騎士が慌てて無かった事にしようとするぐらいだからさぞかしイイコトに違いない。
「そっちも、してみたい……駄目?」
子供のように瞳を輝かせた主君に迫られてはもはや観念する他無い。
項垂れていた嵐騎士が畳みかけのシーツを再びのそのそと広げ始めた。
「しばらくチョコは見るのも嫌になりますよ、…どうぞ存分に御堪能を」
幾らか目の据わった嵐騎士と視線が交わり、ぞくぞくと期待が背筋を走る。
恋人達の為の特別な夜、それは二人にとって最も甘く、王にとっては忘れられないひとときとなった。















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今までで一番歩み寄った感じの二人。
“最も甘く”は今後の暗喩でもあったりするんだけど大体察して頂けると思う。
Jr.達はマセてるって程では無いけどちょっと耳年増。


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