味なんかわからない。
























*****







「お前マメだなぁ」

風騎士が空の茶器に熱湯を注ぐのを横目に見ながら重戦士は言った。

茶器は使う前に温めておく、抽出に使う湯は沸騰させない。
この辺りの作法は最初に風騎士を庇護した男の所で覚えた。
重戦士は呆れ半分に感心していたが、風騎士にとってもはやこれは手癖の様なものだった。
この手間にどれ程の意味があるのか実感した事はない。
そうして火にかけた湯が段々と音を立てるのに耳を傾けていると、重戦士が何か探すように炊事場の中をうろうろし始める。

「まさかと思いますがもうお腹が空いたなんて言いませんよね」

「なんか摘まむもん無いか」

打てば響くとはこの事だった。

摘まめるような物があっただろうか、と考えるより先に重戦士が棚の中から目敏く何かを見つけてくる。
それは紙にくるんだ少々形の悪い焼き菓子だった。
あ、と思い出した様に風騎士は短く声を上げる。

「それは私が作ったので味の保証は…ああ」

言い終わる前に一口食べてしまった。
重戦士はしばらく固まった後、何か言いたげにゆっくりとこちらに振り向く。

「でしょうね」

飲み込むのを躊躇う様にもそもそと無言で咀嚼を繰り返す重戦士へ、風騎士はそっと白湯を差し出した。

「これ何が入ってるんだ」

「確か磨り潰した根菜」

「うげ、ひょっとしてニンジンもか」

「残していいですよ」

「いや、勿体ないだろ…お前も俺の食いかけなんかもう要らんだろ…」

ポットを空にして振り返ると、重戦士が食べかけの焼き菓子をまだ手の中で弄んでいた。
そこまで露骨に不味いか…と、そういえば味見をしていなかった事を思い出した。

重戦士の手から菓子を取り上げ、呆気に取られる彼の目の前で風騎士はそれを何の躊躇も無く自分の口に放り込む。
思ったより食感が柔い、日持ちさせるつもりならもう少し硬めがいいかもしれない。

「お前なぁ…」

「別に、私は気にしませんよ」

それとも其方は意識してるんですか、と続けると強めに小突かれた。


「見かけによらず甘党か?」

砂の落ちきった砂時計を暇そうに弄りながら重戦士が聞いてくる。
視線は風騎士の手元に注がれていた。
確かに、砂糖を山盛り四匙というのは少し甘過ぎるのかもしれない。

「皇様にお持ちするんですよ、まだ起きてらしたようなので」

マメだな、と重戦士が笑った。

「つまり甘党は皇子か。あの滅法強い皇子にも案外子供っぽいところがあるんだな、安心した」

「御歳の割に大人びておられますからね」

「お前はどうなんだ」

「砂糖なら私は入れませんが」

違う意味で聞いたつもりなのだろう、重戦士は苦笑する。

「それも珍しいな」

そう言ってそれきり彼は質問を切り上げた。

紅茶の味など正直よくわからない。
せいぜい食事を流し込む際に水や白湯よりいくらか都合が良いという程度にしか思っていなかった。
甘ったるい紅茶を美味しいと感じられるだけ、やはりあの子は幸せなのだろう。
く、と込み上げてくる苦味を飲み込むと少しだけ息苦しい気がした。

「私の顔に何か付いていますか」

重戦士が此方の顔をまじまじと見つめていた。
視線に気づいて訊ねると「何でもない」と面白く無さげに顔を背ける。

戻ってくるからここはこのままにしておいて良いと言い置いて、風騎士は紅茶を乗せた盆を手に炊事場を後にした。

「何でもねぇ、けど、お前もう少しちゃんと休め、あと食え」

廊下に出たところでぶっきらぼうな言葉を背中に受ける。
貼り付けた作り笑顔もその場凌ぎの軽口も、思わず漏らしたため息も、どうやら見逃してくれるようだ。














人生の半分をなんとやら






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がさつでぶっきらぼうだけどちゃんと人を見るのがヘビィさん。
傭兵出身だし人間関係を善くも悪くもすっきり割り切れるタイプだといい。

ちなみに風ちゃんが作っていたのは兵糧丸みたいなもん。



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