それは単に彼が年上だったから。


















*****



返ってきた声に『違う』と気づいた瞬間意識が現実に引き戻される。
どうやら頬杖をついたまま船を漕いでいたらしい、慌てて机上の地形図を掌で撫でると背後でふふ、と誰かが笑う気配がした。

直前の記憶が不鮮明だが、酷く懐かしい夢を見ていた様な気がする。
目を擦るふりをして親指の腹で目尻をぐ、と拭い、恐る恐る、しかし努めて平静な声で背後へ声をかけた。

「これは、お恥ずかしいところを」

思った以上に声が掠れている。
ひとつ咳払いをして振り返ると麗騎士が柔和な表情を浮かべて立っていた。

「そうだろうと思ってすぐ起こした、本心を言えば寝かせておいてやりたかったんだがな」

「お気遣い感謝します」

「ところで地形図は無事だったかい」

「……もう、言わないで下さいよ」

「君が居眠りなんて珍しいね、風騎士」

「貴方に見つかるとは迂闊でした」

次からは場所を考えなければ、と大真面目な顔で返すと麗騎士が声を上げて笑った。
彼のこういう顔は多分、珍しい。

「……麗騎士どの、私は何か言っていましたか」

夢と現の狭間で誰かを呼んでいた気がする。
いつもの事だ、見当はつくけれど…彼に聞かれていただろうか。
麗騎士は少し思案する仕草をして見せた後、

「私はそんなに君の兄上に似ていたかな」

質問には答えずそうとだけ言った。

「さぁ、わかりませんよ」

「……そうか」

抑揚の無い声で短く返すと、麗騎士は一瞬しまったという様な表情をして、それ以上何か聞いてこようとはしなかった。

余計な事によく気がつくくせに、自分以外の事柄には大した関心を示さない男だ。
他者に興味が無いから、そこには好意も悪意も生まれない。
それは傍目には優しさと取られるだろう。
傍に居て物足りないと感じる相手かもしれないが、この空気感は決して不快では無かった。

それに、何よりも。

「貴方は何かいつも、良い香りがしますね」

オールドローズの強い香り。
あの日以来鼻腔にこびりついて離れない匂いを、彼が傍に居る時だけは忘れていられる。

そう悪い相手ではない、詮索する気が無いのなら。
そんな考えが過る。

――果たして、

古傷には触れてやるまいという気遣いか深く踏み込む事への忌避か、先程の表情はどちらだろう。

「麗騎士どの、お願いをしても良いですか」

訝るように首を傾げる麗騎士へ「聞いてくれなくてもいいので」と付け加えて続けた。

虚を突かれたように麗騎士が目を見開く。


「嫌なら忘れて下さい、二度と言いませんので」

「……それは親愛の表現として受け取れば良いのかな」

後者だ、と思った。

「貴方がそう思うなら、そのように」

そういう事なら、と観念したように麗騎士はため息を吐く。

「あ、でも、恥ずかしいので他の方には内緒ですよ……にいさん」

照れて俯く仕草に麗騎士は居心地悪そうに目線を泳がせる。
風騎士は控えめに喜色を見せて笑うと、

「にいさん」

いくらか歳上というだけの、きっと少しも兄には似ていないだろう男を、再びそう呼んだ。



















薔薇にシンアイ








*****


こうして麗風は義兄弟になったのだ!(違う)

仲の良い年上相手に兄さん姉さん呼びは割と普通だと思ってるしそこまで他意は無い筈。
因みに麗騎士が別行動から戻ってくると何故か呼び方がリセットされます。お察し。


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