ママゴトをしていたつもりだった。


































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「怖かった」「もう帰ってこられないと思った」
そう言って肩を震わせると、ご希望に添えたのか彼はここにきて初めて安堵の表情を浮かべ、宥める様に風騎士の頭を撫でる。
「よしよし、もう柄にも無い無茶をするんじゃないぞ」
自分より二つか三つ年上の青年剣士、何だかんだレジスタンスの中で古株になってしまった二人の付き合いはここ数年でしかない。
それでも風騎士にはもはや彼より古い知人は残っていなかった。
消息の知れない者も多いが、きっともう生きてはいないのだろう。
 風騎士があの“庇護者”のもとを救い出された日、自分よりほんの少し早くレジスタンスに保護されたという少年と引き合わされた、それが彼との初対面だ。
ザビロニア兵の略奪に遭った小さな村の生き残り、彼はほんの数日前に家族を失っていた。
その中には幼い弟も居たという。
失った物に重ねる様に、彼は幼い風騎士を案じ親身に世話をした。
事情を知る者達は胸を痛めただろう、或いは安心したかもしれない。
大人達の前では気丈な子供だった風騎士は、彼の前でだけは年相応に振る舞う様に努めた。
今にして思えば自分が周りの人間と毛色が違う事を薄々感じていたのだろう。
彼には“守る物”が必要だったし、自分には“新しい庇護者”が必要だと、子供心に理解していた。
「でも、その、昼間は悪かったよ、掴みかかったりして」
「気にしてないよ、心配してくれて嬉しかった」
くしゃりと目の前の顔が歪み、不意に体を引き寄せられる。
「……よかった、無事で」
肩に顔を押し付け鼻を鳴らす彼の頭を今度は風騎士が撫でた。
家族にするように、といっても本当の家族がどんなものだったか記憶は朧気だ。
触れることはただの確認作業だった。
間違いかどうかもわからないまま馴れ合い、正解の無い答え合わせを続けている。
それは少なくとも互いにとって必要なことで、そしてそれ以上でも以下でもなかった。
此方に“世話の焼ける弟役”を求めていた以上、彼は当然割り切っているのだろう、と。
自分にとってもそうだと、疑いもしなかった。
 ゼダン攻めの先鋒を務める隊には彼を含む風騎士の仲間が多く編入されていた。
レジスタンスは訓練された軍人ではない、手足のように動かせる兵ではなかった。
だから彼の動きを読み誤ったのだろう。
勝てる、と。
その油断もあったかもしれない。
突然聞きなれない名で呼ばれ逸れた思考、視界を塞いだ影が人である事に気づくまで数瞬、ぐらりと崩れ落馬したのが誰か気づくまで更に数瞬。
深々と突き立ったそれが矢である事を理解するには更に時間が要った。
――なんで、どうして。
耳障りな甲高い悲鳴は自分の声だ。
馬を飛び降りて駆け寄る。
助け起こした彼は既に虫の息だった。
矢は背中から肺を貫き、それが助からない傷である事を悟る。
今にも暗転しそうな意識に怯えながらも何か伝えようとしているのか、彼は口を震わせ喉からはひゅうひゅうと虚しく息が漏れる。
喋るな、とは言えなかった。
心の何処かで彼の言葉を待っていたのかもしれない。
そして、気づいてしまった。
よくよく思い出してみれば、あの名前は彼の死んだ弟のものではなかったか、と。
一体何を期待していたのだろう。
とっくに知っていた筈だった、彼が守ろうとしたのが“風騎士”でない事は。
虚空に何か探す様に差し出された手を取ると、微かに力を込めて握り返されるのを感じた。
誰が傍に居るのかも、きっともうわかっていないのだろう。
わからない方がいい。
夢現に魘され呻く彼に頬寄せて耳元で囁くと、僅かに口角を上げ苦しそうに、しかし幸せそうに笑うその目から一筋涙が流れた。
そうして瞬きをする間に、それは彼で無くなってしまった。
喉元まで込み上げた感情の意味を思い出すより早く、冷たく冴えてゆく思考。
感慨は無い、どうやらご希望には添えたらしいという安堵だけだ。
体温を失い急速に固くなる手指をなんとか組ませて自分の馬を呼んだ。
まだやる事が残っている。
運が良ければ後で弔ってやる事も出来るだろう。
 何かと何かを秤に掛けて傾く方へとまるで水でも流すように命は使い捨てられていく。
見慣れた光景だ、秤はいつも此方へ傾き目の前で何もかも奪っていった。
彼もまた秤には逆らえなかった、それだけの事。
そしてきっと自分も。
 背後から近付く軍靴の響きに耳を欹てた。
始めは遠く、次第に大きく地面を揺らし始める騎馬の蹄に心が逸る。
――ああ、我が君。
知らず口の端が綻ぶ。
秤はどちらに傾いているだろう。
不意に軽くなる体、羽の様だ。
今なら風にでもなれそうだと思った。
彼は、弟に会えただろうか。
ほんの一時脳裏を掠めた似合わぬ感傷は、すぐに喧騒へと呑まれていった。














退廃的泡沫家族









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確信が絶望に変わるより早く何かが砕けてしまった回。
ちなみに“おにいちゃん”と言っている。


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