2 先輩の正体 耳、耳…先輩の耳が増えてる!青い髪からひょっこり覗く動物の耳はぴく、と動いている。付け耳な訳ない、だって動いてるもん! 私は先輩への返事を忘れて口をあんぐり開けていた。というより空いた口が塞がらない。目の前のことが現実か、こんなことあり得るのだろうかと。 「雨宮は人間、だったな」 まるで自分は人間ではないという口ぶり。ど、どう見たって人間にしか見えないけれど、動物の耳を持っている人間なんて実際見たことない!ゲーム好きな友達が恋愛ゲームの相手に動物の耳を持った男の子がいるとかは聞いたことがあるけど、実際そんな。 「せ、先輩は人間じゃ、ないん、ですか」 震える唇で言葉を紡ぐ。聞くのが怖い、存在は怖くないはずなのに何故か聞いたらいけないような気がして。それでも聞かずにはいられない。目の前であり得ないことが起こっていて、それではいそうですか、では済ませられない。 先輩の顔からは赤みは引いている。私が耳に反応してから恥ずかしさで顔を隠すよりも、口元に手を持っていき考えている仕草だった。 「俺はキツネ科だ。初めて見るか?」 「きつね、科…?」 「最近はあまり見ないかもしれないな。イヌやネコの方が多いから」 キツネ科?イヌやネコ?いや、先輩が何を口にしているかすらわからない。言葉の意味がわからずに会話に乗り切れない。あまり見ないとか、昔はよく見たということだろうか。 ああ、もう頭が混乱して分からないよ。でも先輩の手前、わからないと簡単にも言ってしまえず。というか先ほど先輩に「人間じゃないんですか」と聞いてから、勇気を振り絞って疑問を口に出すということができなくなっていた。勇気を使い果たしてしまったと言った方がいいだろう。 言葉にできないなら表情で。眉を潜め、先輩の言葉についていけないと意思表示をする。気付いてくれないかと心配になり、組んだ手は自然と胸元に移動している。 「もしかして、何も知らないのか」 「…先輩の仰っていることに、ついていけては、いません」 参ったな、と先輩は小さく呟く。いや参ってるの私なんですけど。 戸惑った表情をお互いに出し、どうしようかと内心焦っている。結論が出たのか、先輩は口元から手を外した。 「座って話そう」 視界に入っていたラウンジの席へと腰かけた先輩。私も続いて腰を下ろす。向かい合う形ではなく隣同士…正確に言えば椅子が少し斜めに向かい合っている、という感じだ。 正直、怖い。人間じゃ…いや、私とは違う先輩と二人でこんな所にいるのは。だけれど先輩からは逃げられない。そんな気がしている。 「知っていることはあるか?」 「いえ、多分…なにも」 恐らく私は何も知らない。耳にだって驚いたわけで、何か知っていたならそんな事には驚かないはず。私の返事を予測していたかのように先輩は目を伏せた。 「簡単に説明するが、いいか」 「あ、はい」 了解を得るあたり先輩は真面目なんだと思う。真面目と言うより誠実、紳士的だからこそ女生徒に人気が出るということか。 と、折角先輩が説明してくれるというのだからしっかり聞かないと。 「この世界には純粋な人間と、動物の血統を継いでいる人間が存在する」 「動物の、けっとう?」 「血脈だ。遺伝というべきだろうか」 「ああ」 「純粋な人間…つまり雨宮と、動物の血統を継ぐ人間…つまり俺がいる」 先輩に指をさされながらの説明。悪いことをしたわけでもないのに、何故かドキッとする。それは例え名字でも名前を呼ばれたことも関連しているだろう。 「世界には二種類の人間がいるわけだが、これは昔から存在していた。ただ近年では俺たち側の人間は都会にはあまりいない。否、いるにはいるが、純粋な人間との関わりが減少している」 例えば、そうだな。 そういって悩ましい表情をする先輩は格好いい。先ほどからこの表情を見ていたが、こうして落ち着いてみると改めて格好いいと思ってしまう。実際、頭の中は話を理解しようとして落ち着いてないけれど。 「小学生のころ、学校に特別クラスはなかったか?」 「えっ えーっと…はい、ありました。二科クラスという名前で校舎が違って」 「恐らくそれが俺たちの様な人間のクラスだろう。俺も小学生の時は特別クラスだった」 そう、確か中学でも在った筈だ。普通クラスとは別に特別クラスが設けられていた。同じような授業のはずなのに、校舎が別で交流することはあまりない。しいて言えば学校ごとのイベントくらいだろうか。小学校の頃だと交流は全くなかった記憶がある。 なんでだろうな、と疑問に思ってはいたが大人にはよくはぐらかされた。 「俺たちは耳や尾を自身の意思で自在に出すこと、しまうことができる。慣れればいくらでも純粋な人間の社会に溶け込むことはできるんだ。しかし子どもは慣れていない。だから学校でクラスを離して訓練をする」 「先輩も、していたんですか」 「ああ、勿論」 恐らく子どもの時に離れたクラスで生活していたのは、耳や尻尾を珍しく思う子どもが多くていじめやからかいの対象になるのを避けるためではないだろうか。近年、あまり都会にいないということで更に。 そうすれば、校舎が離れていたこと、大人にはぐらかされていたこと、恐らく耳や尻尾をだしいれすることに慣れ始めたため中学では少し交流がもてていたことなど、今までの生活につじつまが合う。 「このデュエルアカデミアには俺たち側の人間が数多くいる」 「えっ!?」 「一年いて気付かなかったのか」 「まったく…」 高校から編入してきた私はまだここに来て一年。たかが一年、されど一年。いくら知識がないとはいえ、一年いてその事実に気付かないのもどうかと思う。 自分にがっくりしながらも先輩のような人がいるなんて、実感がわかない。 「ここに何の知識もない純粋な人間が来るのは珍しい。純粋な人間でも多少は知識を持っているものだからな」 「その、私みたいに知識がないのって珍しいんですか?」 「いないわけではない。しかしここに来るのは珍しいことだ」 だから私が多少の知識を持っていたと思っていた、と言うわけだろうか。私が耳に驚いていた時、先輩も驚いていたのには理由があったのか、と納得をする。 「簡単だが、どうだろうか」 「と、とりあえず二種類の人間がいると、言うことですよね」 「ああ、そうだ」 「あと先輩みたいに、耳や尻尾を持った人間がここにはいる、と」 うーん、一番ショックだったのはこのアカデミアに多くの、その、動物の耳や尻尾を持った人がいる、ということだ。一年間生活してきて何故気付かなかったのか。 …いや、よく考えれば友人が動物の耳を生やした夢を見た覚えがある。勝手に夢だと思っていたのだが、あれは現実だったんだろう。確かあれは…羊の耳と角もあった気がする。 「あの、その、キツネ?とかイヌネコって」 「動物の血統といっても種類がある。俺はキツネ、他にはクマやネズミなんかもいて、特に多いのはイヌやネコ、か」 「へえ」 じゃあ友人もその中の一人、というわけか。うん、でも説明もされずにいきなり耳や尻尾をだされたら夢だと思うだろう。 今、先輩に説明をしてもらって頑張って処理をしている。世界には動物の耳や尻尾を持った人がいる、ということは事実らしい。そしてこのデュエルアカデミアでは結構いると。で、純粋な人間でも多少知識を持っていることが多いらしい。そうすると私は親から故意的に知らされなかった、ということになる。 「驚いていた割に落ち着いているんだな」 「…よく考えたら、友人のそれらしき現場をみたことがあって。驚いてますけど、ああ夢じゃなかったんだなって」 「なるほど」 自分が馬鹿なのか、なんなのかよくわからなくなってきた。逆に夢で片づけられた私の神経は意外と図太いのだろうか。 「詳しく知りたければ放課後、他のやつから話をさせるが」 「? 先輩がしてくださるわけではないんですか?」 簡単な説明だったから、もっと知りたいのならという意味だろう。全く知識のない私だから、それ以上を望むか望まないかは私の意思だ。 私が望むのならばそれに応えてくれるのだろうが、その相手は先輩ではないのだろうか。今の会話の流れを分かるのは先輩だけだと思うのだが。 「いや、話せるんだが…」 「だが?」 「…その、緊張して、しまう」 さっきまで饒舌に話していたくせに、このイケメンは何を言う。 いやいや、今の今まですっかり忘れていたが、先輩は私に告白をしてきたのだ。好きな相手と長時間二人きりで話すのに、緊張がないわけがない。そんな中で先輩は私のために簡単ではあるが説明をしてくれていた。 「知りたいです。お話、聞かせてください」 「…わかった」 先輩はそのまま椅子から立ち上がり、其れに続いて私も立ち上がった。時計を見ればもうすぐ授業が開始される時間。先輩もこの後授業なのだろう。 「では放課後にお願いします」 「ああ、迎えに来よう。教室で待っていてくれ」 「はい」 こうして私は先輩からの話で頭がいっぱいで、授業をどうこうという場合ではなくなった。友人にノートを見せてもらわないと。 説明長くて…すみません。難しいでしょうか。成るべく難しい設定にはしないつもりなのですが! 13.02.03. |