何とないしあわせ






「おはよう、雨宮」
「あ、おはようございます」


授業のある教室へ移動している朝、恒例となってしまった先輩方とのあいさつ。これも最初のうだうだした感じはなく、今ではスムーズに行われている。
大抵私は友人と一緒にいて、丸藤先輩は三天才組として藤原先輩、吹雪先輩と行動を共にしている。一年生の後輩くんたちは時々一緒にいるのを見かける程度だ。今日も先輩の隣には藤原先輩と吹雪先輩がいる。私の隣にも友人がいたのだが、気を利かせて(面白がるために)先に教室へと向かった。

告白のし直しをし、先輩の気持ちに私も応えたのは昨日のこと。今までの関係から一歩進めたからか、お互いの顔を合わせるのは少し気恥ずかしい。ぶつかり合う視線に二人で照れながら笑う。


「ねえ、なんかあっさりしすぎてない?」
「何のことだ」
「何のって…やっと恋人同士になれたのに亮はそんなでいいのかい!?」

ああ、もう!と吹雪先輩が声を上げる。照れ合う私たちの間に入って丸藤先輩に問い詰めた。

「君もだ!亮は甘え下手だから伊織ちゃんから甘えてやらないと」
「おい吹雪、やめてくれ」
「僕は亮のためを思っぐふ」
「うるさいぞ吹雪」

丸藤先輩だけでなく、私にまで顔を近づけて問う吹雪先輩。それを止めようと丸藤先輩は肩を叩くが、藤原先輩が吹雪先輩の頭をチョップで沈めたことの方が効果が大きかったらしい。
三人とも同じくらいの身長だからか手を出しやすいのだろう。藤原先輩は吹雪先輩の頭を放し、今度は後ろから軽く首を絞める形で吹雪先輩の行動を威厳している。そうしてそのまま私の方へ振り向いた。

「雨宮、気にするな。お前のペース…いや、お前たちのペースでいい」

藤原先輩の腕の中で暴れる吹雪先輩が気になるけど、藤原先輩のその言葉が嬉しくてほっと息を吐く。
昨日の告白も吹雪先輩に流れを作ってもらった感じが否めなかったし、これから先もちょっと焦らなきゃいけないのかな、と心配をしていた。友人の千絵里ちゃんにも何故かいろいろと期待されてるから不安だった。


「そんなこと、お前たちに言われなくてもわかっている」



丸藤先輩は私の手を引いてその場を後にする。
どこに向かっているのかと思えば、いつの間にか私が最初に告白されたテラスへと出ていた。


「あの、先輩、腕」
「っ…すまない」

掴んでいた腕は痛くはなかったけれど、引っ張られる、ということにもやもやした気持ちを持ってしまった。先輩は私の腕が赤くなっていないか、離した手が再び私の腕に触れる。何も異常がないとわかった先輩はほっと息を吐いて手を離した。


「雨宮」
「は、はい」
「改めて、礼を言いたい。ありがとう」
「お礼だなんて」
「俺の気持ちに応えてくれて」

お礼を言われるようなことはしていない。だって私は自分の気持ちを吐露しただけだ。其れが先輩と合致した、それだけだ。だからお礼を言われるようなことは、私は何もしていない。

「私は自分の気持ちに素直になっただけです。だからお礼なんて言わないでください」
「…雨宮。いや、いいんだ、言わせてくれ」
「でも、」
「俺はこういうことは苦手だ。これからも手を煩わせるかもしれない」

丸藤先輩は、言ってしまえば吹雪先輩や藤原先輩よりも不器用だと思う。頭がよくデュエルの腕は格別上だとしても、こうして私情を挟んだりすると色々と考えてしまうのだろう。周りからのことと自分の気持ちで揺れて揺れて結局うまく進めなかったりと。
弟の翔くんといても、吹雪先輩と明日香ちゃんのようにすんなりとした空気になっていないこともあるから、きっとそう。そしてそれは私も同じだ。

「私も、先輩とこういう関係に慣れるまで時間がかかりそうです」
「ゆっくり、進んでいこう」
「はい」

まだ始まったばかり。これからこの関係に慣れる機会なんていくらでもある。同じ場所で学び、生活をしているのだから。
柔らかく笑う先輩に向かい、私も緩んだ頬で見つめ返した。



「じゃあまずは名前呼びから、だね!」
「っ吹雪!?」
「吹雪先輩!?」

…と、いつの間にか追いついたらしい吹雪さんが向かい合う私たちの肩を叩いて突如現れた。本当、吹雪先輩はすごいな。

「だめだよ〜名字で呼んじゃ!ほら、亮は彼女のことをなんて呼ぶんだっけ?」
「〜〜っ吹雪、」
「いや、それは俺もちょっと疑問に思うところだな」
「藤原先輩まで!?」

ひょいと現れた藤原さんも、今度は吹雪先輩と同じ意見。腕を組んでいた藤原先輩は若干ため息交じり。

「ゆっくり進んでいこうと言っても、呼び方は変えてもいいんじゃないか?堅苦しいぞ」
「藤原…」
「ほら、雨宮、お前はなんて言うんだ」
「えっ!」

丸藤先輩に詰め寄っていたかと思えば、今度は私へと視線を向ける。いきなり話しを振られたので全身で反応を示してしまった。というか、私まで呼び方変えなきゃいけないんでしょうか。


「伊織ちゃん、僕のこと吹雪先輩って言うみたいに言えばいいんだよ」
「え、ええ…」
「丸藤、雨宮の名前をいうのに吹雪に先を越されてるんだ。それはわかってるだろ」
「…それは、わかっているが」

今度は吹雪先輩が私を、藤原先輩が丸藤先輩に詰め寄る。
確かに吹雪先輩は私のことを名前で呼ぶ。丸藤先輩は藤原先輩と同じく名字呼びだ。それが普通だったし、別に違和感はなかったから気にしていないのだけれど。



「ほらほら亮〜」
「雨宮、言ってみろ」


こう、急かされて言うのもどうなのだろうか。
そりゃ付き合うことになったのだから名前呼びはしたいとは思うけれど、こういって機会を作らされて言うのはいいものなのだろうか。


「……はあ、仕方ない」
「丸藤、先輩?」
「違うだろう、伊織」
「っ!!」

いきなり呼ばれた自分の名前に顔が熱くなるのを感じる。友達に呼ばれるのとは違う、吹雪先輩に呼ばれるのとも違う、くすぐったくも自分の名前がどこか特別になったように思える。
照れくさそうに私の名を呼んだ先輩。今度はその特別を、私が先輩に。

「り、亮、先輩」
「……」
「先輩…?」

私を見たまま固まってしまった先輩。丸ふ…亮先輩に顔をかしげて尋ねると、ばっと口元を手で覆って目線を逸らす。その頬と耳は赤く染まっている。


「名前を呼ばれるのは、いい、な」


先輩も同じ感覚になってくれたのか、とちょっと自意識過剰な考え方だが、そうなってくれたなら嬉しい。そして名前で呼んでもいいという、一歩進んだことが幸せだと思う。
名前を呼ばれる。なんてことのない、ごくありふれた事なのに。それも、それさえも嬉しくさせる。
違う呼び方になるのは恥ずかしいし戸惑うこともあるけれど、こんなに心を満たされるのならどれほど嬉しいことだろう。こうして先輩と微笑みあえるなら、同じ感覚を共有できるなら、くすぐったささえ幸せと思えるのなら。



「ほらほら僕たちのおかげだね!」
「丸藤もやっとそういうことに…」
「ねえ兄さんたち、亮のことどんな風にみてるの」




名前を呼ばれるという、あたりまえの幸せ。

13.04.07.
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