ーロッパからの転校生



「ねえ、知ってる?隣のクラスに転校生がくるって」
「「転校生?」」

朝、教室で落ちあった明日香が唐突に出してきた話題。転校生というものは何処でも興味を引くものらしく、注意して聞いていると教室内でもその話題を離しているグループがあるようだ。
十代も知らなかったらしく私と声が重なる。

「アニキも祐菜さんも知らなかったんすね」
「あれだろ、ヨーロッパからってやつ」
「ふーん、ヨーロッパねえ」

ヨーロッパと言われると思いだすのが、学校の長期休みで両親の仕事先に遊びに行った時のことだ。ヨーロッパで仕事中の両親には長期休みで定期的に会いに行く。その時に出会ったあの男のことが思い浮かぶ。
思い出したくないことを思い出してため息が出た。なんでアイツのこと思い出さなきゃいけないんだ。

「どんなヤツなんだろうなー」
「男の子らしいわ」
「まあ直接は関係ないだろうがな」
「でも隣のクラスとは体育が合同授業だよ」

隣のクラス、…って思えば静香のクラスか。可愛い静香に手を出さなきゃいいけど。後は明日香の友達のももえとジュンコもそうだ。忘れてたけど三沢くんも。
ヨーロッパからの転校生でしかも男子って期待度がすっごく高くなるなあ、女子からは特に。

「合同なの体育くらいでしょ?特には関係ないんじゃない?」
「あら。タイプの子が来たらどうするの?」
「タイプっつったって」

実際、自分の男子のタイプってよくわからないんだよな。見た目だけを重要視するわけじゃない…と思ってるから。一緒にいて楽しいならこの上ないかなあ。
うーん、と考えていると何故か口をとがらせている十代と目が合った。ちょ、なんでそんなに睨んでるわけ。

「…祐菜はそんなに転校生が楽しみなのかよ」
「いや楽しみなんて一言も言ってないから」
「じゃあ今何考えてたんだよ!」
「え、自分のタイプ?」

ちょっと十代の機嫌が悪いみたいだ。さっきは何もなかったのに、急にどうしたのだろう。翔くんに聞いても首を振られてしまう。仕方ないので十代はその辺にして構わないでおく。

「HRが終わったらジュンコとももえ、静香ちゃんに聞いてみましょう」
「っていうか見に行った方が一番早いけどね」
「その前に報告にきそうだわ」


あの二人ならあり得そう。静香も連れて、興奮しながら報告に来るのが目に見えてる。
私自身そんなに転校生が気になるわけではないけど、あの二人が興奮しながら報告してくるのを見るのは楽しい。その点に関しては待ち遠しいかな。
そんなことを思っているうちに担任が教室に入ってきた。自分の席に戻ってHRが始まる。


ざわざわと隣のクラスからざわめきが聞こえる。HR中なんだけどそれすらかき消すほどに。転校生が来たから騒ぐのは分かるけれど、こんなに騒ぐだろうか?
と、突然開かれた教室の扉から現れた人物に、クラスメイトは勿論のこと私は目を見開いた。


「〜〜っ祐菜!!!」
「あ、あんた、ヨハン!?」

ここにいるはずのない、ヨーロッパにいるはずの男が目の前にいることに、椅子から立ち上がって名前を叫んでいた。




******



「…転校生のヨハン・アンデルセン。ヨーロッパでの知り合いです」
「祐菜とは小学生くらいからかな?知り合いだ。よろしくな!」


途切れない笑顔で挨拶をするヨハン。
あのあとコイツは、私に熱い抱擁を交わして隣のクラスの担任に強制連行されていった。
朝から大変なことに巻き込まれた私は色々な人から質問攻めにあう。明日香からは「知り合いなら言ってくれればいいのに」なんて言ってたけど、私だって驚いてるんだから言うも何もないでしょ。

突然の転校に驚いている。まさかコイツが日本に来るなんて思ってもみなかった。最も日本語の勉強していて流暢に話せていたとは思ったけど。

「親の関係で知り合いなの」
「へえ」

両親に会いにヨーロッパへ出向く度、あっちではよく遊んでいたのがヨハンだ。同い年で話しやすかったのもあるけれど、あっちで友達なんて言える子どもはいなかったから一緒に遊んでくれる相手はヨハンだけ。自然と仲良くなるというものだ。
私がヨーロッパに赴いている間、ヨハンは地元の友達より私を優先してくれていた。長期休みの間と言っても2、3週間とか短期間で帰ってきてしまうのでその間だけだが。


「せっかく祐菜と同じ学校にしてもらってさ、同じクラスになれると思ってたのに」
「そんな都合のいいこと無理だから」
「ええー?」

…昔からそうだけど、ヨハンの好意は目に見えている。自惚れでもなく私を好きだというのは分かるのだが、少し表に出し過ぎではなかろうか。スキンシップにすら最早ため息もの。
「そんなこというなよー」と言いながら肩に腕をまわしてくるのはヨーロッパ出身だからか、それとも好意があるからか。ヨハンの場合、どっちの意味も含まれている。


「…なんだよ。すっげー仲いいじゃん」
「なんだ十代。ヤキモチか」
「うっさい!万丈目なんか片想いのくせに!」
「おまっ お前に言われる筋合いはない!」
「ふたりとも、無駄な争いはやめなよ」

会話は聞こえないが十代がまた万丈目につっかかったらしい。原因をたどれば万丈目のせいかもしれない。そのまま流すときもあるのに時々突っかかるのだ。何の話題でかは知らないけど。

ま、今は十代よりもヨハンのことだ。同じクラスならいろいろとフォロー出来たけど、隣のクラスだと手出しがなかなかできない。
という訳で適役の静香を紹介しておく。

「私はクラスにいないけど、静香がなんとかしてくれるから」
「頼りにならないかもしれないけど、分からないことがあったら聞いてね」
「ああ。祐菜が頼りにしてるからな。俺も安心して頼らせてもらうよ」


若干会話が繋がってない気がしなくもないけど、ヨハンだから仕方ない。しっかり会話が繋がらないことはよくあることだから慣れている。それも静香に伝授しておかなければならない情報かな。
話しがひと段落し、教室でのヨハンの様子を静香から話される。「いきなり教室飛び出したと思ったら、隣のクラスに行ってびっくりした」と聞かされ、こっちこそいきなり教室に入ってこられてびっくりしたわ!と思った。静香に当たっても仕方ないけど。
本当、ヨハンはマイペースというかなんというか。

ヨハンは十代に興味を示したらしい。そっと私の隣から離れて十代の隣へと腰を下ろす。
最初は十代も転校生が気になっていたけど、なんだか朝に機嫌を悪くしてから乗り気じゃない。というか今だってあまり会話に突っ込んで来ないで聞いたままだったし。今だってヨハンが近づいていって驚いているし。
十代がおかしいっていうのには気付いたけど、理由もわからぬままじゃ何も出来ないし。あとは男子勢に任せるしかないか、と。



「なんだ、お前も祐菜狙いか?」
「も?」
「俺もだ。なかなか振り向いてくれないけど、な」

隣に座り、笑顔で話すヨハン。反対に十代はむすっとした顔でヨハンを見た。
なんでこっちくんだよ、という空気をまとっているにもかかわらずヨハンは知らぬふり。正直なところ十代の纏う空気に気付いているかわからない。
万丈目と翔は話しに入らず、そのまま二人の会話を聞いていた。

「…ふーん」
「冷たいなあ。俺、これでもお前と仲良くしたいんだぜ」
「だって、ライバルだろ。ライバルと仲良くしてどーすんだよ」
「だからこそだ。情報交換とか出来るじゃん」

情報交換という単語にピクッと反応した十代。冷たい反応をされていたヨハンは“釣れた!”と確信し、口端を上げる。このまま押せば何とかなるかもしれないと話を続ける。

「俺、小学生くらいの時の話ならできるぜ」
「えっ で、でもここ一年くらいの話しかできねーよ」
「俺の知らない祐菜の話ならどんなのでも聞きたい。十代は?」
「そりゃ聞きたいけど」

小学生の時の祐菜とはなんて魅力的な餌だろうか。目の前の男の言う通り、自分の知らない祐菜のはなしはどんなものでも聞いてみたい。遊戯やアテムに聞いたりしたが、アテム相手だとあまり話してくれない。だからこの話はとても魅力的なのだ。
じっと屈託の表情でヨハンを見る十代。傍から見れば十代がヨハンを睨んでいるようにも見える。が、そういうわけでもない。様子を伺っているのが分かっている万丈目と翔は特に手出しはしないまま。

ゆっくりだが、十代がヨハンに向けて頷いた。その合図にヨハンも頷く。

「じゃ、交渉成立!祐菜を好きな者同士、仲良くできると思うんだ」
「…ま、悪い奴じゃなさそうだしな!仲良くしようぜ」
「十代だ」
「俺はヨハン」

よろしく、と手を差し出した十代。ぱしっと音を立てて握手をする二人の姿に、近くで見て(聞いて)いた万丈目と翔が目をぱちくりさせていた。

「はは……あっけなく仲良くなったけど」
「よくわからんな」


先ほどまで十代の威嚇(?)対象だったにもかかわらず、あっさりと打ち解けている二人にため息が出る。この様子だとともに行動することが多くなるだろうと考え、万丈目は更に深いため息を突いた。

自身も明日香に盲目と言うほど想いを寄せているが、実際十代も同じようなものだ。好意をアピールすることは少ない半面、嫉妬が多いところが厄介なところ。本人の自覚がないから余計に。それも本人に喧嘩を振らず、俺たち男子勢に愚痴愚痴と文句を言うから面倒なのだ。
見るところによるとヨハンも小学生ほどの時からの関係もあり、長年思っていることが見受けられた。祐菜の接し方も気の置けない仲だという様子だったし十代にはないものを持っている。
つまりこの二人の祐菜に関する事柄に、付き合っていかねばならないということだ。


「(馬鹿が増えたな)」


同じようなことを翔も思ったのか、隣に控える翔のため息をみて一気に脱力をした。
まあこれも仕方がないんだろうな。


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ヨハンが転校してきた時のお話でした。
万丈目のいう“馬鹿”というのは知識的なものではなく、祐菜ちゃんに対して馬鹿なことをする(思う)、ということです。
13.02.10.