フラー限定



「杏子ちゃーーん!」

HRが終わるチャイムが鳴り、それぞれ帰る支度をしている。三年のクラスには隣のクラスの藤原と亮、了たちも揃っていた。全員そろったところで下駄箱に移動するのが常なのだが、今日は呼び出しがかかった。
教室の後ろ扉には祐菜の姿があり、帰り支度はもう済んでいるらしい。コートを着用し、リュックも背負った祐菜はマフラーを手に持っていた。

「あら、ここまできたの祐菜」
「うん!ね、マフラー結んでー」
「はいはい」

祐菜の手から杏子の手へとマフラーが渡される。祐菜はそのままくるん、と回転し、杏子に背を向けた。その姿は「早く結んで」と語っているように滲み出ていた。
首にマフラーをまわし、杏子は祐菜の首にマフラーを巻いていく。後ろできゅっと結んで形を整える。

「はい、出来たわよ」
「ありがとう!」


再び身体をまわし、杏子に正面を向けて満面の笑みを浮かべる。
そんな様子を見ていた藤原がぽつりとこぼした。

「祐菜はいつも真崎にマフラー結んでもらってるな」
「そう、なのか?」
「なんだ気付かなかったのか。去年からそうだぞ」

まあよく見かけてたのは下駄箱でだが。
祐菜と杏子に視線を戻し、藤原と亮の二人の会話にアテムを交えて会話は続いた。

「あれは昔からの習慣なんだ」
「習慣?」
「祐菜は杏子にマフラーを結んでもらうのが好きでさ。小さい頃から変わらないんだ。未だに杏子だけって決めてるんだぜ」
「なんで真崎なんだ?」
「さあ、そこは俺にもわからない。妥協して母さんに結んでもらってもいるが…他の奴には結んで貰わない。他の奴にやってもらうならマフラーしないって本人が言ってたしな」

俺と遊戯も巻こうとしたことがあるが、泣かれたな。肩をすくめて言ったアテム。
よくわからない。小さい頃からこの光景は目にしていたからか、今更理由なんて聞こうとも思えなくて。
幼馴染の城之内、了、バクラですら理由は知らないがいつもの光景になっているために口ははさまないでいる。アテムもわからないし、きっと遊戯も理由は知らないのだろう。ヘタしたら杏子本人も知らないかもしれない。しかしマフラーを巻いてもらった後の祐菜の表情を見たら仕方なくなるのだと思う。


「(あんな顔、されるんだからな…)」


とても幸せそうに微笑みを向けられる。だから杏子もこの年になってもその役目を受け入れているのだろう、と藤原は自己完結していた。

「祐菜ちゃんのマフラーね、明日香も結ばせてくれないって話だよ」
「明日香も?あんなに明日香がすきだと言っているのにか」
「ああ、静香にも巻かせないらしいぜ」

吹雪が明日香から直接聞いた話だろう。明日香同様、幼馴染の静香にも結ばせないのだ。そう、祐菜の中では妥協して“母”はいい、ということだ。
マフラーを結んでもらえる相手がいないと、本当に寒い日は自分で適当にひっかける程度でマフラーを使用する。
どんな理由で、きっかけがあってそうしているのかは誰もわからない。祐菜の中だけに存在する。


「あ、そうだ。みんな下駄箱でまってるよー!」

呼びに来たんだった、と当初の目的をようやく話した祐菜に三年勢は鞄を持った。
寒い中、外気が届く下駄箱に後輩たちを長くは置いておけないと、その足取りは少し早く。


----------------------------
杏子はマフラー係なのです。
13.01.04.