ガチャリ。扉が開かれ、入ってきた人物を見てほっと息を吐いた。 「おかえりなさいませ、シン様」 「ああ、ただいま!エリニカ」 頂いた紙でバルバッドの勉強をしていたところ、やっとシンドバッドが帰ってきた。先ほど部屋を出ていったジャーファル、マスルールと一緒に。 ちなみに二人がいなくなるということで客間で勉強をしている。というよりジャーファルからお留守番の命を受けたので、部屋には戻らず客間で待っていたのだ。 「で、なんでそんな格好なんです」 「まあ色々あってだな」 「言っておくとパツパツきもいです」 エリニカの言葉が心に刺さったのか、シンドバッドは苦い顔で笑う。ジャーファルは思わず小さく吹いた。 衣装棚から主人のパツパツの格好を隠すための布を探す。適当に上の方にあったものを取って、シン様の身体に巻きつける。きゅっと結んで完了だ。 「マスルール、やはり、あの娘が気になるだろう!」 立ち直ったシンドバッドは、部屋に訪れる前に成されていた会話の続きを始めた。形を整えながら隣を歩いて盗み聞き。 「お前と同じファナリスとはなぁ…俺も驚いたぞ」 「はあ。まあ、珍しいスからね」 「へえ、私も君以外では初めて会ったよ」 「マスルールさん以外のファナリス?!」 “ファナリス”という単語に一拍置いて反応をした。なかなか聞かれない単語なために素早く驚けなかった。 「ああ、シンを助けてここまで一緒に来た子の一人がね。今はお礼にこのホテルに泊まっているよ」 「へえ。娘…ってことは女の子?会ってみたいなあ」 ファナリスは強く、暗黒大陸の覇者として有名だ。しかし一方で多くは奴隷として扱われていることが知られている。 身近なマスルールは奴隷ではないが強いことは重々承知しているので、ファナリスにはとても興味がある。しかも女の子! 「明日、飯を食おうと言ってあるからエリニカも来るといい」 「本当?やった!」 「まったく…」 「いいじゃないスか、勉強ってことで」 シン様ナイス!と喜びのあまり腕に抱きついた。私の頭をぽんぽんと撫でるシン様。よしよし、とペットを撫でるような手付きだが構いやしない。 「ところでシン、まさか、荷物をすべて盗られたわけではないですよね!」 「盗られたんだ」 は?と言うようにジャーファルは目を疑った。は?盗られた?シンドバッドを見る目が濁る。エリニカの頭を撫でたままのシンドバッドは笑顔を絶やしていない。 「…服以外の…まさか…あらゆる道具まで…!?」 「すべて盗られたんだ…」 へへ、と頭を掻くシンドバッド。エリニカは“やばい”と察知したか、マスルールと目と目で会話をしてシンドバッドの腕から離れる。と同時にジャーファルは頭を押さえてフラついた。マスルールが肩を支えて倒れることはないのだが。 体制を取り直したジャーファルはシンドバッドの首を絞めつけながらガクガクと頭を揺らす。 「あんたは…あれがなんだか忘れたんですか… この国に何をしに来たのか忘れたんですか!?」 はっはっはっ と爽やかな笑顔を浮かべながらジャーファルに頭を揺らされているシンドバッド。ジャーファルも本気で首を絞めようとしているわけではないので、笑っていられると言えば笑っていられるのだが、もう少し空気を呼んでほしい。 そんな様子をみているだけのマスルールの横にエリニカは控えた。 「ハハッ 大丈夫大丈夫」 「大丈夫じゃねぇよ!」 「まあ、なんとかなる。俺に任せておけ!」 笑顔を絶やさぬシンドバッドにジャーファルは 。構わずシンドバッドはソファへと腰掛けた。 「まったくあなたは…いつになったら王としての自覚が生まれるっていうんですか?シンドバッド王よ!」 エリニカはふう、と気付かれないようにため息を吐く。隣のマスルールはジャーファルの言葉に黙っていた。 「……バラすなよ〜」 「何の話ですか!?」 どす、とジャーファルの肩に拳を入れるシンドバッドは若干楽しそうにも見える。ジャーファルにとってはよくわからぬ攻撃をされて不本意である。 二人の地味なじゃれあいをいつまでも見ているわけにはいかず、エリニカは今後の動きを確認しようと口を開けた。 「でもとりあえず、サルージャ国王陛下にはお会いになるんですよね」 「ああ。明日の朝、行く予定だ」 ジャーファルへのちょっかいを止め、エリニカに視線を移すシンドバッドは爽やかな笑みを浮かべる。 「シン様、明日はマシな格好になっていてくださいね」 …だが、その裸に布を巻き付けただけの格好では決まりがつかなかった。 ―――――――― 2012.12. |