エリニカ―――翡翠の乙女よ。
己の路を往くがよい。
我らは徳を高み、幸運を呼び寄せる民。

強き力を受け継ぎし者よ、
どうか旅路に幸運あれ。
いずれ翡翠の加護が降り注ぐであろう。

強き力を残すため、愛を乞いなさい。
さすれば汝、幸福を授からん。



はっと目が覚める。夢…か。久しぶりに見た夢だ。
安心したところで、ふう、と息を吐いて寝返りを打つ。
一族を出てもう3年以上経つ。一族から出る時に大ババ様、大ジジ様から散々言われ続けた“加護”の言い伝え。

一族を出た乙女にルフの加護がありますよう。
幸福をその身に宿せますよう。

時折、夢に見るのは大ババ様大ジジ様からその話を聞かされている自分の姿。
昔から言い伝えられている、一族を出て旅をする“ルフの加護の乙女”。それが私であると大ジジ様が言いなさった為に、私の旅立ちの騒ぎが起こったことを思い出す。私が出る前には嫌というほど聞かされ、耳に入り、もてはやされた。

そんなことあり得ない、と言えるはずもなかった。簡単に仲間を、一族を、家族をがっかりさせたくなかったと言うのが本音か。
大それた、“ルフの加護”を授かるような乙女なんて自分には似合わない。一族を出てからルフの加護を受けているそんな気配もなく、ましてや言い伝えなんてものが私に降りかかることはないだろう。

あー、旅立つ前の大ババ様大ジジ様の慌てようったらありゃしない。口うるさく言い伝えを聞かされ続けた日々が懐かしい。
鮮明に思い出せる数年前の出来事に笑みがこぼれた。



「…やば、もうお昼か」

窓から見える陽は高く昇っている。随分と寝過ぎたようだ。
夢見の後の怠い身体を起き上がらせ、着替えるために寝台から出た。






「おはようございますー」

着替えと身支度を終えて自身の部屋から出、隣の客間へ足を踏み入れる。いつもなら三人いるはずが今日は二人だ。しかも一人は落ち着かない様子。

「おはようございます…じゃなくてエリニカ!もうお昼ですよ!」

落ち着かない様子だったジャーファルは挨拶をされて咄嗟に返した。その隣に立つマスルールは小さく「おはようございます」と返してくれた。

「ごめんなさい。シン様からせっかく勉強道具を頂いたから、遅くまでバルバッドの勉強していたんです」
「そう言えば何か渡していましたね…とりあえず、そこにある果物で食事まで腹ごしらえしていてください」
「はーい」


テーブルに用意されていた果物籠。その中から一つを取り出し、そばに備えてあった果物ナイフで切り取っていく。
ジャーファルはどうしようかと部屋を歩き回っている。反対にマスルールは一歩も動かず、いつもの冷静さを醸し出している。

「で、何を落ち着かないでいるんですか?」
「シン様がなかなか帰ってこなくて」
「ああ、それで…」

あんなにジャーファルさんが落ち着かないでいるんだ。マスルールの答えに納得をした。ジャーファルのあの様子は珍し…くはないか。
ただシン様が帰ってこないのは気になる。女遊びをするならちゃんと言っていくはずだし。そもそもバルバッドに赴いた理由を忘れていなければそんなことは思い浮かばないはずだが。


「ジャーファルさん、これ食べます?甘いものとった方がいいですよ」
「…いただきます」
「マスルールさんもどうですか?」
「じゃあ」

ジャーファル、マスルールに切り分けた果物を差し出す。再びナイフを入れて自分の分を口に入れた。
とりあえずシン様、はやく帰ってきてください。



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バルバッド編からお送りいたします。
2012.12.
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