秘め事はそのまま




真緒との付き合いは意外にも心地のよいものだった。お互いに本命じゃなかったことが幸いしたのか、大きな衝突もなく恋人関係が築かれている。
彼の提案に頷いた当初は何があってもいいと思っていた。むしろすぐに別れるのではないか、と思っていた節もあり、拍子抜けしてしまった気もする。
お互いの生活にもうまく適応できたし、こちらはプロデューサー、あちらはアイドルという立場もあるが、学生のときと変わらずに理解が得られている。むしろ「変わらず」という部分が互いにストレスにならずによかった部分なのかもしれない。

ただ付き合ったきっかけがきっかけなので、回りには付き合っていることを公表しなかった。誰一人として私たちが付き合っていることは暫く知られていなかったのである。
もちろんバレないように努めていたつもりはある。それをも悟らせないようにしていたのだが、あまりにも気付かれなさすぎて吃驚した。
惚気もしない、幸せで思考がふわふわとしない、会えないのが寂しくて仕事に影響しない…など、あまりにも恋人らしくない振る舞いが更にそれを加速させていた。

正直、二人で失恋にショックを受けて慰めあっていたのだから、ある程度の接触はしている。失恋と分かって時間が経っていない頃は特に。
私の場合、明星くんの仕事姿を見かけて、あまりの格好よさに失恋した事実が傷を抉ったために隠れてESビル内で真緒に甘えて泣いた日もある。
真緒の場合、あんずが担当プロデューサーとして一緒に仕事をしたとき、明星くんと自然と笑い合うあんずに堪えきれず席をたって私を呼び立ててちょっと泣いた日もあった。
お互いが、お互いを支えにして、今までと変わらないように努めて振る舞っていた。隠れて慰めあうようにして距離を近づけて…いつの間にか当たり前になったその振る舞い。陰で励まして支えあってきた私と真緒。一見変わらぬ私たちがついに関係性を明かしたときには、周りはずいぶんと驚いていた。


「えっ 真緒ちゃんと双葉ちゃん、付き合ってたの…?」


嵐ちゃんは見破れなかったことを悔しく思っていたみたいだけど、私たち二人があまりにも恋人関係らしからぬ行動をしていたので、気付かなかったことは仕方がないと思う。本当にそう努めていたので。はい。
同時に、その場にいた凛月くんは黙ったまま私を見ていた。視線は真っ直ぐに私を貫いていて、そのまま目を合わせていれば私たちの関係性が悟られてしまうのではないかと慌てて目をそらした。逆効果になったかな、と思ったが、特に突っ込まれず、むしろ嵐ちゃんの猛烈な質問責めに意識がもっていかれてしまった。

「アタシが気がつかないなんて…!」
「うん、まあ、そうだよな」
「何がきっかけで付き合ったの?真緒ちゃん、三年になって生徒会長との二足の草鞋でほぼ死んでなかった?そのあとなの?」
「あはは…な、内緒〜!」

影片くんは「んあ〜おめでとさんやね!」と疑いのない祝いの言葉をくれたし、どこか引っ掛かっているらしい伏見くんも「おめでたいことですね」と祝ってはくれた。大神くんは驚きすぎて思考が追い付いていないのか、とりあえず「よかったな…?」という言葉を絞り出していた。

流石にお互い2-Bだったからと、元のクラスメイトが集まっている場所で言うことではなかったなと反省した私たち。特に嵐ちゃんからの質問には正直に答えられないものもあって、色々はぐらかしながら答えた。相手が納得する答えだったので結果はよしとする。



「真緒はなんでこのタイミングでみんなに言おうと思ったの?」
「ええ?」

今まで周りにバレていなかったのに、あえて伝えたのは何故なのか。
集まりが解散したあと。私の独り暮らしをしているマンションに帰ってから、気になっていたことを直接問いかけてみた。

「なんかボロだした時にフォローしてくれるやつがいると安心だろ」

このまま行けば誰にも知られることなく、例え別れたときにも影響はないのに。それでも誰かがフォローをしてくれるメリットをとったのだと。そう読み取れる。

「そう?」
「嵐とか適任だろ?」
「う…まあ、確かに」

確かに嵐ちゃんならヘマしてもうまくフォローしてくれそう。伏見くんもしかり。影片くんは慌てると逆な墓穴掘りそうだけど、事務所が違うしそもそも同じ仕事にならなさそうだから置いておいて。

「そういえば凛月くんに睨まれてたんだよね」
「えっ!?」
「そりゃそうか、と思ったんだけど。凛月くんから真緒の時間を奪ってるんだもんなって」
「いやいや、それは考えすぎだろ…………そうだよな?」
「私に聞かないでくれる??」

凛月くんの対応は私よりも圧倒的に真緒の方がわかるだろう。私に聞かれてもわからないよ。むしろ睨まれているのに対応しなかったから、それでよかったのかすら自信がない。
とりあえず、何か聞かれたらゴメンと言ったら、真緒は困ったように笑った。


「トリスタのみんなにもちゃんと言ったんだよね」
「おう、伝えた。吃驚してたよ」

元クラスメイトに話す前に、わたしはあんずへ、真緒はtrickstarのメンバーへ、私たちの関係を伝えている。お互いにその後のことは話題にあげなかった。勿論反応が怖いからというのが一番の理由だが。たぶんお互いに反応を伝えるのが怖くて口にしなかった、と思っている。

「あー、スバルの反応、聞くか?」

きた。そういう流れになるよなぁ、と思いながらも、興味が少し勝ってしまった。
真緒の言葉に、黙って頷いて返事をする。真緒も私の反応をみて、よし、と意気込んで口を開いた。


「『サリーと双葉、お似合いだと思ってたんだ〜!』…だそうだぞ」
「っぐ……!」

すごい想像できる…簡単に思い浮かべられる…!なんて男なんだ、明星スバル…というのは冗談として。
喜ばれちゃった上にお似合いだと言われてしまった。想い人に、ほかの人と付き合うのがお似合いだと。失恋からの時間はそこそこ経っているが、ダメージは受ける。傷口の上にパンチされたような…抉られるまではいかずとも、こう、癒えきっていない傷が晒されたように痛む。

「そういう反応すると思った」
「ぐう……キツ…」
「だよなあ」
「あんずも『真緒くんなら安心した』って言ってたよ」
「おっ…前……爆弾を落とすなよ…!」
「仕返し…」
「俺に仕返しすんな」

少しだけ恨みのこもった声で、真緒も気にしているだろうあんずの反応を言ってやった。私だけダメージを受けるのは気にくわない。Win-Winの関係だったのだから、真緒もダメージを受けるべき!
まあチョップでまた仕返しをされたのだが。痛みはあまりなかったから、これくらいにしといてあげよう。

お互いにダメージを受けて、ソファへ身体を委ねる。沈黙の時間が自然と流れた。お互いに言い表せない気持ちをぐるぐると消化している。
少しして真緒が「よしっ」と元気を取り戻したように背もたれから起き上がったので、私もそろそろ復活するかと真緒にならった。


「正直、隠し事してたみたいだったからさあ、俺は言えてよかったと思ってるよ」
「え、そう?私たち、こそこそしてたら変に気遣われるかもよ」
「それはそれで甘んじて受けようと思う」

妙にスッキリとした顔をするものだから、そういうものなのだと思ってしまう。
私たちが付き合っていることは表立って言うべきことではない。アイドルとして活動している真緒にとって、隠しておくと言うことが一番安全なのだと分かっているはずなのに。

「双葉は嫌だったか?」

まるでわたしとあなたは違うのだと言われているようで、悲しそうに笑みを浮かべる真緒の顔が、わたしの心臓を切り刻んでいくようで。

「……ノーコメント」
「ははっ なんでだよ」

決死の答えに、真緒は声を出して笑った。一瞬だけ、ぽかんとした間抜けな表情をして、確かに笑ったのだ。

「まあ、明星くんの反応は期待してなかったし。真緒がスッキリしたならよかったと思う」

本当にそうだろうか?真緒がいいならいいのだろうか?私は、本当に。真緒は本当に。
喉に骨が刺さったかのような違和感。けれど違和感の正体が分からない。ただただ疑問で上書きされてしまうモヤモヤに、気付かないふりをして微笑み返す。

「…そっか」

わたしの髪を優しく撫でる真緒の手は、学生の頃と比べて少し大きい。真緒だってわたしと同じくダメージを受けているのに、それを感じさせないような手つきが悔しい。いつまで経っても私はこの気持ちを捨てきれないでいるのだから。
今はただ引き寄せられた肩口に頭を預けて甘えたい。真緒だって慰められたいはずなのに、甘えるわたしをそのまま甘えさせる。目をつむって感じる真緒の手の暖かさに、じわりと涙が溢れでた。気付かれませんようにと願いながら、静かな空間に鼻を啜る音が響いた。

2021.02.27.

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