深呼吸で窒息



「双葉」

帽子に伊達眼鏡。あまり目立たないようにとラフな服装。案外似合っているその風貌は、周囲にうまく溶け込めていた。

「悪い、待たせたか?」

目の前に現れたのは恋人である衣更真緒。うまく一般人のなかに溶け込めるような服装を選んできたことは、プロデューサーとして彼を褒めるべき点の一つだ。

「そんなに待ってないよ。けどごめん、早急に返信しなきゃいけない連絡がきちゃって、ちょっと待っててくれる?」
「おう。全然いいよ」

隣に立ってスマホを弄り始める。恐らくいつもやっている簡単なアプリゲームだろう。こちらを気にする様子もない彼を横目に見ながら、私は自分の仕事用のスマホを操作した。
なんてことのない、現場で起きた軽いトラブルの連絡。ただリアルタイムで起きていることだったため、早急な返信が必要だっただけ。すぐに相手が必要とする情報を本文にいれて返信した。少しして何とかなりそうな旨の書かれた返信が届き、ほっと息を吐いて画面を終了する。


「お待たせ」
「ん、もういいのか?」
「うん、終わった。ありがと」

彼は怒らない。仕事に理解があるのもそうだが、恐らくそれだけではない。自分も似たようなことを私に強いているからか、はたまた。

「じゃ、いくか」

自然と手を繋いで歩き出す。月日が流れていくに応じて、その当たり前の出来事に胸が痛む。
この関係は、純粋なものではない。なのにどうしてそんなにも綺麗に映りたくなるのだろう。胸の痛みに気付かないふりをして、込み上げる熱を必死に冷却しながら。虚飾を纏う指先に、ぐっと力が込められた。



ことの始まりは、私の想い人…明星スバルが、友人…あんずと付き合い始めると報告を受けたあとだった。


『なあ、俺たち付き合ってみないか』

私は明星くんを、真緒はあんずを、夢ノ咲在学の時から淡い恋心を抱いていた。お互いにそれを知り、密かに協力体制を敷いていたことはよく覚えている。
それが崩されてしまったことで、私も彼もどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
悲しみと、虚しさと、どうしようもない気持ちの落としどころを見つけるために。私は真緒の言葉に頷いた。頷いて彼の手をとって、私たちの関係が始まる。
卒業してすぐのことだった。



「あ、」

手を繋いで歩いていた私は、ふとあるお店の前で立ち止まる。止まった衝撃で、ぐっと腕を引かれるようにしてからだが揺れた。

「どうした?」

私が止まったことに気がついた真緒は振り向いて問う。
止まった理由なんて些細なこと。

「ううん、なんでも」
「何でもないわけないだろ?言ってみ」
「……嵐ちゃんがモデルしてる雑誌で、かわいいなって思ってたバッグがあって」
「どれどれ〜?」

私の隣にきてショーウィンドウを見る。何も言わずにいれば、あれか?と指を指された。真緒の指差す先には間違いなく、私が目を止めたバッグがあって。

「ほんとだ。お前がすきそう」

些細なこと、些細なことなのだ。私の好きそうなものを知っている、私が嫌いそうなものも知っている。どちらかと言えば好きも、どちらかと言えば嫌いも、全部じゃないけど知っている。
それがどれほど心地よくて、嬉しくて、かけがえのないことか。
かけがえのない当たり前が当たり前になりすぎて、自分で自分が嫌になる。当たり前になってしまうことが罪深い。当たり前としている自分が憎い。

「みてくか?」
「うーん、いい。ブランドので高いんだよね。買えないと思うし…」
「そんなに気に入ってるなら俺が買ってやるぞ」

迷うことなく口にできてしまう。その真っ直ぐさが時に酷くわたしを傷つける。

「……ううん、本当にいい。それならちょっと豪華なご飯食べたいなー」
「よっしゃ!今日は奮発するか」

繋げた手を握りしめて、二人で再び歩きだす。横目にみたバッグは店内で仲の良さそうなカップルの視線をもらっている。
その光景を自分の中に落とし込み、目を瞑って深呼吸をした。したつもりなのに、胸がどうしようもなく苦しくなった。息がうまく出来ずもがきたくて、助けてほしいとすがれるのは。この手の先に繋がった真緒のはずなのに。

2021.02.04.

-3-

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -