魔法にかかりたい
積年の想いが実った冬。最近恋人に昇格した羽風薫とのクリスマスデートは、ずいぶんと大人の雰囲気が漂うレストランで行われていた。
「え、これくれるの?」
コースの料理も一段落したころ。私は用意していた彼へのクリスマスプレゼントを渡した。まさかこちらから渡されるとは思っていなかったのか、焦ったようにして紙袋を受けとる。
開けてもいい?と聞かれ、中身はしっかりと選んだものなので、どうぞと返事をすればゆっくりとリボンへと手をかける。
するり。解かれたリボンに、閉めてある口を広げれば、なかにはマフラーが鎮座している。彼はそっと中からだして広げた。
「マフラー?」
「はい。…似合いそうだなって、思ったので」
「嬉しい、ありがとう!…どう、似合う?」
既にマフラーは持っていたけれど、見た瞬間に彼が思い浮かび、似合いそうだなと思ったので思わず買ってしまったものだ。手に持ったまま、首に軽く巻かれたマフラーに、私の直感は間違っていなかったと安心して「似合ってます」と返事をする。
既に彼がマフラーをいくつか持っているのを知っていたため、プレゼントは他のものにしようとも思ったのだが、渡すだけ渡して使うかどうかは本人に委ねた方がマフラーにとっても良いかもしれないと結局渡すことにした。結果、いやな顔はせず、喜んでくれたからよかった。
「はは、先越されちゃったな」
照れながら、困ったように笑った彼は、ちょっとまっててと言って席を立った。
少しして戻ってきた彼の腕には大きなテディベア。その大きさとシルエットと、見たことのあるデザインにはっとする。
「欲しがってたでしょ、これ。ちょっと大きいの買っちゃった」
「こ、これ」
少し前にたまたま雑誌で見たテディベア。こんなのが部屋にあったらいつでも抱きつけるのに、と「ほしいなぁ」なんて口走った記憶がある。ただ成人して数年経ったこの歳でテディベアはさすがに…と見て満足して終わらせたはずだったのに。
「子供っぽい〜っていってたけど、全然子供っぽくないよ」
「覚えていて、くれたんですか」
「勿論。だってすっごく欲しそうな目してたもん。買わないわけないよね」
彼が抱えるほどにある大きさ。うわあ、と嬉しさが込み上げてきたところで、ふとテディベアが小さな紙袋を抱いているのに気がついた。
「薫さん、この紙袋は」
「それもプレゼントだよ。とって、開けてみてほしいな」
彼の抱えるテディベアから、言われた通りに紙袋をとる。中には箱が包装されており、丁寧に開いて箱を開ければ、そこにはシンプルなブレスレットが2つ並んでいた。
「ブレスレット…」
「そ。貸して」
テディベアは薫さんの席に座り、彼は私の手から箱を奪うとひとつだけ中身を取り出して私の手をとった。そしてそのひとつが私の腕に通され、取り出した残りのひとつは薫さんの腕に通される。
「お揃いなんだ。指輪とかはまだ早いし、気付かれちゃうから。これだったらシンプルだし、大々的に気付かれないかなって思ったんだよね」
いいアイディアでしょ?とウインクした彼は紛れもなくアイドルで、自分の腕の彼の腕に通されたお揃いのブレスレットに目の奥が熱くなった。どうして、そんな。
「双葉ちゃんからくるから、ビックリしたよ」
「わ、わたしはこんなにもらって、いいんでしょうか」
長年想い続けて、ようやく実った恋。彼と迎える初めての冬。彼が他の女の子に夢中になっていることも知っていた。それでも諦めきれずに想い続けて、そうして叶った恋だった。
きっと私の一方通行で、彼は私をかわいそうに思っているのだろうと、てっきりそうなのだと。
「私の、独りよがりだと思ってたから」
こんなに愛されているなんて勘違いしてしまいそうなことを、してもらっていいのだろうか。
「そんなことない。俺は、一途だけど…付き合ってる子を泣かせるつもりはないよ」
私の前に跪き、手をとってわたしを見上げる薫さんの顔は困ったようになっていた。泣き出してしまった私は涙を止めることも出来ずに彼の言葉を聞いている。
「俺の一番好きな女の子は、今はもう双葉ちゃんだけ」
「うぅっ……ほんと、?」
嘘なら嘘って言ってほしい。今なら間に合うから。わたしの勘違いだってまだ、思えるから。
「本当。困っちゃうくらい、…君にプレゼントを渡すのを先越されちゃったのが悔しいと思うくらい、もう君のことが好きだから」
「ううー…」
「はは、泣き顔もかわいいなって思っちゃった。駄目な男だね、俺」
流れる涙を、薫さんの細く長い指が掬っていく。優しい眼差しに見つめられながら、私は嬉しさと、幸せを噛み締めて、彼の手をぎゅっと握った。
2020.12.23.