Love call me.


40



正式に付き合い始めてから数日後。私たちは日和さんのお気に入りの喫茶店に来ていた。日和さんのおうちが経営しているところじゃなかったのは、変に身内の耳には入れたくないからとかなんとか。その代わりに奥の完全個室へ案内され、人目を気にせずにいられるのはとてもありがたい。人気のアイドルと密会!みたいなのをすっぱ抜かれたら、ようやく折れてくれた七種さんの怒りを買うことが簡単に想像できる。やばい。粗相できない。

「それで?英智くんからのお咎めはなかったんだよね?」
「ありませんでしたね」

あの日、私はお世話になっていた英智先輩の家へと帰り、事情を説明した。正式に日和さんと付き合うことも、プロデュース科の生徒としてまだ励むことも。次の日に登校したあとも生徒会室で蓮巳先輩を交えて簡単に説明をし、おさまるところにおさまったことを報告した。その際、遠回しにお説教じみたことは蓮巳先輩からいただき、英智先輩もまあグサグサと刺さることはいってきたが、なんとかお許しをもらった…と言っていいだろう。目に見える処分などはなく、これからもプロデューサーとして励むようにとのことだった。
ちなみに七種さんには日和さんから当日のうちに報告をしてもらい、本日改めて私も交えてお付き合いをさせてもらうお許しを得て来た。度々重なるご迷惑をお掛けしたことを承知の上で。めちゃくちゃ緊張したし、七種さんは終始いい顔はしていなかったものの諦めた様子で了承してくれた。同じ空間にいた凪砂さんはニコニコ笑顔で「日和くんをよろしくね」といつかと同じ台詞をくれ、思わずホロリと泣き出しそうになったのは内緒。

まったく、一仕事終えた気分だ。何日か分の疲労が一気に来たみたいに疲れた。日和さんは私と違ってそんな様子もないみたいだけれど。疲れたときは甘いものだね!なんてケーキを注文したり、お気に入りだという紅茶を楽しんでいる。


「ぼくとしては双葉ちゃんに、このまま手元にいてほしいんだけど」
「それは遠慮しておきます」
「…色々と都合がいいのに?」

いつかの日もいわれたことだ。日和さんからの勧誘…強引な手段ではなく、しっかりと説明をされた上で断っている。私のプロデューサーとしての経験をもっと積めるように、勉強が出来るように、私のためを思って日和さんが提案してくれていること。

「七種さん経由でコズプロのプロデューサーとして教育するとかなんとか?ですっけ?」
「そうだね。そうすればいつでも会えるし、双葉ちゃんはたくさん経験も出来て、いろんなことが身に付くと思うね」
「うーーん」

正直なところ、とても美味しい話だとは思う。プロデューサーとしての高等な教育をしてくれるだろうということは簡単に想像できた。また七種さん経由、というところもミソだ。たぶん彼から教えを乞うこともあるのだろう。優秀なスタッフを求めるだろうことは分かりきっているので、キツいけれど成長できるだろうなと思える。

「それでも私は、夢ノ咲のプロデュース科の生徒なので」

私はそういう意味でプロデューサーをしているわけではない。夢ノ咲のプロデュース科に所属して、夢ノ咲のアイドルたちのプロデュースをしてみたいと思ったからここにいる。ここに居続けている。同期のすさまじい成長とプロデュースセンスには追い付けないけれど、私のペースで成長をしていきたい。ううん、あんずとともに、あんずを追いかけてプロデューサーとして成長をしていきたい。だから私は夢ノ咲という場所を譲ることはできないのだ。

「うん、わかってるね。そういうのがきみは嫌なんだものね」
「日和さんが私の事を考えてくれるのは嬉しいんですけどね」

成長という面では、日和さんのいうようにしたほうがいいのだろう。それでも私は譲れないものがある。日和さんは諦めてくれないようだけれど、その度にわたしは私の気持ちを口する。その気持ちも、彼は何回も聞いて分かってはくれている。…のだけれど、どうしても諦めきれないらしい。答えが分かっているのに、何度も同じ問いを繰り返す。
日和さんの庇護下でいられることを経験しているからこそ。わたしは自分の足でたちたいと思う。プロデューサーとして成長したいと思う。日和さんの庇護下に入るのは、私にはまだちょっと早い。


「あ、それぼくも食べたいね。一口くれる?」
「どうぞ」
「もう!双葉ちゃん忘れちゃったの?」
「……あーん」

口をつけ始めたケーキに、日和さんも興味を示す。一緒にメニューをみたときにはケーキはいらなさそうだったのに。食べているのをみたら食べたくなったのだろうか。おねだりされたので仕方なく、恥ずかしさを抑えながら自分の使っていたフォークにケーキをのせて、日和さんの口へと運ぶ。きれいな口に傷をつけないようにそっと、優しく。ぱくり、とケーキを口に含むのを見て静かにフォークを口から抜き出した。意外と美味しかったのか、もう一口、と言われたのでお望みのままに。そうして日和さんにも食べ与えていくと、残りが少なくなっているのに気が付いた。

「もうひとつ食べていいですか?」
「遠慮なく食べていいね!ひとつといわず、何個でも」
「じゃあこれ食べたいです」
「うん、まっててね」

食い意思が張っているわけではないのだけれど、ケーキが普通以上に美味しい。それにちょっとお値段お高めなので、食べられるのなら多くでも食べたいなと思ってしまったのでわがままを言ってみる。当たり前のようにそのわがままが受け入れてしまうけれど、まあ日和さんだからな…と思うようになっていた。いずれ日和さんからのわがままも当たり前になるのだろうか。
店員さんを呼び、ケーキと二人分の飲み物の追加注文をしてくれるところは紳士的だ。よくみれば自分の飲み物は残り少しとなっていて、私が気づかないことにも気づいてくれる。周りをよくみているのだろうなと思わせる。

「日和さん」
「うん?」

となりに座っている日和さんの肩に、こてりと頭をあずける。
彼が私のために色々言ってくれることを、頷いて答えられないことがしんどいと思う。でもこれは大事だから、わたしのけじめだから。そんな私でも日和さんは変わらずに愛してくれるだろう。待ってるねって、それなら頑張らなきゃねって言って。時にはしんどくなった私を構い倒して愛してくれるんだ。

「ど、どうしたの?体調悪い?体はあつくないけど…」
「くっついたら駄目でした?」
「んんっ 駄目じゃないね!存分にいちゃいちゃしようね!!」
「うぐ…」

ぐっと抱き寄せられる。頭を撫でられて、頬を撫でられて、手を握られて。イヤイヤせず大人しくされるがままの私。恥ずかしくてうずうずするけれど、嫌ではない。恥ずかしくて振りほどきたいけど、決して嫌ではないのだ。
するりと私の手を撫でる日和さんの長い指が、私の爪を撫で上げる。きれいな指先が私の指をなぞるたび、熱が伝わっていく。まるで儀式のようなそれに心臓がバクバクと鼓動を速くする。

「随分と素直だね…でもぼく嬉しい。双葉ちゃんだいすき…」
「ん……」

こめかみに唇がくっ付けられる。音はしなかったけれど、柔らかい感触が私の体温を上昇させる。隣の温もりが、くっつく熱が、愛しいのだと胸を高鳴らせる。嬉しい、すき、幸せ。彼から押し寄せられるたくさんの愛に埋もれてしまいそうになるほど。

「わたしは愛してます、から」

だからわたしも、埋もれきってしまう前に返さないと。精一杯の言葉で、彼のほしい言葉を私の口で、愛しさが溶けないうちに。
私の言葉に感極まったらしい日和さんは押し倒すんじゃないかという強さで私をかき抱いた。痛い…けど、これも嫌じゃない。大人しく彼の胸に抱かれながら、ぎゅ、と小さく服を握り返す。
ねえ日和さん。私をずっと、愛してね。

2020.09.22.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -