Love call me.


39



「んっ…」

涙声で言葉を交わしたあと、私は背伸びをして、彼は身を屈めて、唇を押し付けた。柔らかな感触は数日していないだけだったのに、酷く懐かしく感じる。毎日されていたのだから当然かもしれない。触れあわなかったのがおかしかったのだと錯覚させるほどに、日和さんとのキスは当たり前になっていた。
合わせた唇を離してはくっつけ、また合わせて。そうしたら今度は少しだけ口をあけて。間から忍び込む舌同士が絡み合う。吸って、絡ませて、重なりあわせて…繰り返していくたびに深くなっていく口づけ。いつもと違うのは私のなかで抵抗しない諦めではなく、口づけに応えたいという気持ちがあること。わたしも同じように日和さんを欲しているということ。この唇を求めていること。ひとつ違うだけで、十も百も違うような気がする。気持ちのもちようかもしれないし、錯覚といわれればそうかもしれない。けれどひとつでも違うという事実が、今のわたしたちには何よりも大事なもの。

「、は……双葉ちゃん、もっと…」
「ぁ…」

求められることにぞくぞくと背中が震える。キスによる酸欠か、それとも雰囲気に酔ってしまったのか、腰から下に力が入らない。体勢を整えきれず、もたれ掛かるようにして日和さんに寄りかかればそのまま腰を抱かれて離れられなくなる。がっつりとつかまれた腰。それに後頭部に回った手は簡単には逃がしてくれないようだ。自力で立てない私は日和さんにされるがまま。必死に掴まって、意識が途切れないように応えるだけ。

「ん、んんーっ」
「っふ、…あはは、かわいいね」

腰に触れる手が熱いことに気が付いている。手だけじゃない。日和さんのからだが熱っぽくなっていることに、これだけくっついていてわからない筈がない。そうして彼が少し反応をしていることも、分かっている。

「ねえ…だめ?」
「だ、だめ…」
「どうして?」

何が、とはっきり口にする必要はない。近くに迫ったベッドに目の前の熱、潤んだ瞳が訴えることはひとつ。

「ぼく、もう我慢できないね」

がたがたどたん!大きな音をたてて二人、身体が崩れていく。倒れ込んだのは迫っていたベッドではなく、その手前の床だった。二人して倒れたので大きな音をたててしまったのだが、音に対して身体への衝撃はそれほどでもなかった。だが痛いのは痛い。いたた…と呟けば日和さんはごめんね、といいながら私の頬を撫でていく。その指先は熱くて、唇に到達すると柔く存在を確かめるかのように触れてくる。先程まで合わせていた唇は瑞々しい。閉じた唇も彼の指が割り入るのを許してしまうくらいに柔い。

「ひ、よりさん…」
「双葉ちゃん……」

膝をたてた私の足のあいだに日和さんがいつの間にかいた。閉じることも出来ず、いつかの日のようにこの熱を宿した瞳に見つめられて心が解かされるのを予感する。見つめ合う視線が熱くなり、互いの瞳はどろりと溶けるようにして潤み、目蓋の奥へと吸い込まれていく。ああ、このまま私は………。
なんて流されるままの空気をぶち壊したのは、部屋の扉がガチャガチャと鳴り勢いよく扉が開けられたからだった。


「大丈夫ですか!?なんかでけぇ音し…うわああ!!?!??ちょ、まッ、やべえ!すんません!!」

扉から入ってきたのは、恐らくとなりの部屋にいたであろう漣くん。慌てた様子で勢いをつけて入ってきたのだが…中にいた私たちの状況を見て思ったのだろう。「やべえところに出くわした」と。慌てた上に更に慌てたため、閉まる扉の向こうに漣くんが行くことはなく、むしろ彼は部屋の中に入ったまま扉が閉められた。相当なパニックになっているらしい。
日和さんはどうだがわからないが、正直なところ私は彼の慌てぶりを見て、先程までの甘い空気は吹き飛んでしまっていた。むしろ彼の慌てる様を目にしてぽかんとしている。そうしているあいだに熱に浮かされた頭は次第に冷静さを取り戻していた。

「あっ、いや、まじですぐ出ていくんで!俺に構わず続きを…」
「ジュンくん!!」

呼び掛けられた漣くんはびくりと身体を揺らし、再び開けようとしていたドアノブを掴んだまま、恐る恐るこちらへ視線を向けた。私にのし掛かっていた日和さんは身体を起こして漣くんへと向き合う。

「せっかくいいところだったのにっ どうしてくれるの!」
「だからすんませんって!俺が出てったら続きしてくれて構わねえんで!!」
「そういう問題じゃないね!」

という感じで、日和さんも先程の雰囲気はもうなくなってしまっているようだ。このまま漣くんが出ていっても続きはできると思うが、一度途切れた雰囲気を取り戻すのは難しい。悔しいけれど私には平静を装って行為を続けられる自信はない。
私の上から日和さんが退き、詰め寄るように漣くんへと歩いていく。のし掛かられていた私は自由となり、ゆっくりと上半身を起こした。漣くんへ文句をいう日和さん。日和さんへと謝る漣くん。状況をもう一度思い直してみると、自然と笑いが込み上げてくる。もう、さっきまでの雰囲気はなんだったんだろう。今までの緊張はどこにいったんだろう。それについ先週のことが思い出されて、本当に安心したのだろうか、二人を見て口が緩んでしまう。

「ふふ…」

口から出てしまった声に、二人が私を振り向く。笑っている場合ではないのだけど。こうやって穏やかな笑みを浮かべられるなんで思っていなかった。それが嬉しくてちょっとだけ目が熱くなる。さっきおさまったと思ったのになあ。

「あーもう、双葉さんもなんとか言ってくださいよお」
「双葉ちゃんはぼくと同じ意見だからね」
「んな筈ねぇだろ…」

突然笑った私に驚いていただろうに、それでも深く突っ込まずにいてくれる。いつもの調子を崩さないようにいてくれる。自然な雰囲気となるようにしてくれている。

「とりあえず、うまいとこ収まった感じですか」

漣くんが私へと確認をする。先程の光景が同意の上であるのか、以前と同じく強引なものなのか。私が答えることでどちらかが決まる。そう考えたのだろう。ならば私の答えはひとつしかない。笑顔で頷けば漣くんもなんだかほっとした様子で肩の力を抜いていた。

「うん。ありがとう」
「別に俺はなにも…」
「ぼくはジュンくんにいろいろ言いたいことがあるからねっ 覚悟はいい?」
「えっ よくないんで後にしてください」

まるで負いかけっこを始めるんじゃないかという勢いの二人。日和さんはきっかけとなった漣くんの行動を知らなかったのだろうか。彼は不満かもしれないけれど、私はこの道を選んでよかったのだと思う。それは今だけかもしれないけど、この先の未来はどうなるか分からないけれど。今、わたしはこんなにも幸せを感じているのだから。

2020.09.22.
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