Love call me.


38



キスができそうな程近い距離で向き合うわたしたち。それでも唇は触れないで、お互い見つめあっている。瞳の奥の本音を読み取りたいと、思っている。読み取ることのできないものだと分かっていても。見つめあって、愛していれば何でも分かってしまえばいいのにね。そうしたらこんな回り道をしなくて済んだかもしれないのに。

「いる、いらないじゃなくて。本当は、好きかそうじゃないかで、日和さんの側にいたい」

私の頬を包んでいる日和さんの手に手を重ねる。もっと触れていて欲しい。もっとわたしに優しくして、指先から愛を囁いて。私だって日和さんのことを言えないくらい我が儘だ。我が儘で、愛されたがりなんだ。今まで知らんぷりをしていた自分はこんなにも寂しがりで愛されたがりの人間だった。

「わたし、日和さんが好きです」

日和さんへはじめて口にした自分の気持ち。奥底で芽吹いていた、気づかぬ振りをしていた私の本当。いつの間にか花を咲かせたことを認めたのは、日和さんのもとを去ってから。ずっとずっと私の中にあったはずなのに、ずっとずっと応えるべき想いで、彼に差し出すべき宝石だったはずなのに。こんなにも遅くなってしまった。
遅いって、要らないって言われてしまうかな。そんな恐怖もあったけれど、それでも私は今まで与えてくれた彼からの愛に応えるべきだ。今更だと罵られても、遅いのだと掴みかかられても、わたしは応えるために今日、ここに来たの。

「日和さんは?」
「ぼく…?」
「うん。日和さんはわたしのこと、好きですか」

以前のわたしだったら確信をもって聞いていた。でも今はちがう。答えを聞くのが少し怖い。こんな状況で、期待はしてる。だけど、それでも、私の期待と違ったら?少しでも違う可能性があるのなら、私の恐怖は消え去らない。その少しの可能性が現実になりませんように。と、ひとり胸のうちで繰り返す。
見つめ合う日和さんの瞳が揺れる。水気を帯びてゆらゆらと、きらきらと、輝きを増して。そうして薄く開いた口を一度閉じる。けれどまたすぐに開かれた。震える唇が揺らす言葉は。

「ぼくも、ぼくも好き……双葉ちゃんがすき」

私の胸がどくりと高鳴った。程なくして視界が薄く歪んでいく。目の奥が熱くなって、じわじわ込み上げてくるこの気持ちに名前をつけることができない。嬉しいも、安堵も、苦しさも、ぐちゃぐちゃに混じり合った複雑なもの。それでも確かにわたしは嬉しいと感じている。目の前にいるこの人を愛しいと感じている。触れあう熱が互いを行き来するように、今、二人が口にした言葉が溶け合って混じりあった。

「でもどうして?ぼくは君を連れ去って束縛して、帰りたいところに帰さなかったのに」
「ええ…」

連れ去って、欲しいと口にしていた人物にしては弱気な発言だ。わたしは同じ気持ちで応えれば分かってくれると思っていたのだけれど、そうでないらしい。それでも口にしないで「分かって欲しい」というのは我が儘というもの。わたしたちにはちゃんと口にして伝える術をもっている。今まですれ違っていたことを、同じようにして失敗するよりも、確実な方法を私は、わたしたちはもう知っているから。しっかりと想いを言葉にして伝えよう。

「日和さんが最初に言ったんじゃないですか。わたしの心も身体も、日和さんのものになっちゃったんですよ」
「本当に?」
「本当です」
「ぼくは双葉ちゃんのこころも手に入れたの?」

なんだかあの夜を思い出すなあ。かわいいな、なんて思いながら、そこは口にしてはいけないと線引きをする。
私はもうとっくに貴方のものになっているの。いつからだったかはわからないけれど。いつの間にか私は貴方をすきになっていて、所有物ではいたくないと思い始めていた。もしかして身体を許したときから逃れられなかったのかもしれない。

「じゃなきゃ今、ここにいませんよ」

日和さん。貴方が強くわたしを欲して、愛してくれたから、わたしはわたしの我が儘を満たせたの。わたしの心が満たされたの。
心までは貴方に渡すものかと思っていたわたしも、今となっては懐かしい。自分の気持ちを自覚したあとに思い返せば、なんとかわいい抵抗だろう。あのときの日和さんは絶対に心も手に入れるといった。わたしは彼に暴かれたという事実を忘れる筈がない。恐らく彼は好きでもない男に犯されたという記憶で、わたしの中に巴日和という男を植え付けたかったのだと思う。どこまでいってもわたしの中には彼に暴かれた記憶が残って、忘れられない男になる。メディアで彼を見るたびに思い出す。手段を選ばず確実に自分を刻み付けるには妙案だろう。ただ現実に起こった経過は彼の思っていたものと違ったのだろう。それでも、足取りは違ったものかもしれないが、結果、わたしは彼の思惑通りに心まで犯されてしまった。

「本当に、ぼくの夢じゃない!?」
「うぐっ……ちゃんと現実ですってば…」

この部屋で再会したときと同じように、強く強く抱き締められる。押し潰されそうな勢いだったので思わず奇声が出たが、とりあえず内蔵が飛び出ていないのでよいことにしよう。
抱き締めながら「本当に?」とうわ言のように続ける日和さんに、わたしは彼の背中に腕を回して宥める。出来る限り優しい声で「本当ですよ」と繰り返し教え込むように伝えた。面倒だとは思わない。しつこいとも思わない。わたしだって本当は日和さんに「本当にわたしのことすき?」っていつまでだって聞いてしまいそうなのだ。だけれど。わたしの不安より彼の不安の方が大きい筈。置いていかれた不安と、寂しさと、恐怖と…つくづく私は彼に酷いことをしたのだなと自覚をして嫌になる。ごめんなさい。それでも私は貴方がすき。口にはしないけれど、宥める腕と包容で精一杯表現する。

「双葉ちゃん、双葉ちゃん」
「なんですか、日和さん?」
「ぼくはまだ双葉ちゃんを好きでいいってことだね」

むしろそうであってほしい。わたしを好きでいてほしい、わたしを欲していてほしい、わたしを、わたしを……。

「そうじゃないと困っちゃいます」

彼が少し涙声だったのには気が付かない振りをする。だって、わたしだって、震える声を噛み締めながら返事をしたのだから。

2020.08.29.
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