34 あんずに後押しされ、片付けをあとにして出てきたはいいものの…相手のスケジュールが分からなければ仕方がない。玲明学園にいっても不在であれば会うことはできないし。むしろ土曜日なので仕事で夜までいないかもしれない。それに連絡先とかも知らないから、アポ取りも何もできやしない。こんなことならSSのときに七種くんくらいは連絡先を交換しておくんだった。いや…あの時のわたしだったらとるに足らない存在過ぎて交換なんてしてくれないな。 手段がなくて途方に暮れる。まさか記憶にないだけで連絡先が入ってるわけないよなぁ。なんて思いながら電話帳をスクロールしていくと、あるはずのない名前が目についた。 「漣ジュン……?」 サ行の欄、紛れもなく漣ジュンという名前があるのをみてなかを開く。電話番号一件のみのさっぱりとした内容。連れ去られてからは携帯も没収されていたので連絡先を新たにいれることなどしなかった。ならこの連絡先は何?誰かのいたずらか、本当に記憶にないだけか。ああ、もう!この際どっちでもいい。わずかな希望にすがりつくように電話番号をタップし、通話画面へと切り替わる。呼び出し音が妙に大きい。これ、いたずらだったらどうしよう。なんて切り出せばいいんだろう。ええーん!漣くんが出ますように! 『もしもし』 「えっ あれ、本当にでた…」 『はあ?いやあんた、遅いんですけど』 「わたしが怒られる展開!?」 数回のコールのあと、ハスキーな声が電話の向こうから呼び掛ける。電子を介しているからか、よく聞いていた彼の声と少しだけ違う気がする。恐らく感覚的な問題のはずなので相手は間違いなく漣くんだと思う。自信は少しない。 『というか、坂内さんですよね』 「はいそうです。そちらは漣ジュンくんで間違いないですか?」 『電話帳にそう入ってたでしょうがよ』 「そうですね…」 怒られてしまった。漣くんで間違いないらしい。というか没収されてた携帯をいじれるのなんで日和さんか漣くんしかいないんだから、そうなのだろう。ロックかけてたのに…と思ったが、スワイプでのロック解除に切り替えていたのを思い出してロックの意味がなかったことを自覚する。わたしの馬鹿〜! 『ずっと待ってました』 「えっ」 『連絡来ねえなって思ってたんですけど、まさか気が付かなかったとか言いませんよね』 「さ、さっき気が付きました…」 『はあ〜〜…』 大きな大きなため息。本当にすみません、そこまで気が回っていなかったし警戒心なさすぎる。 漣くんはわたしがコンタクトをとるだろうことを予測して連絡先をいれたのだ。そうでなければ隠れるようにして追加していたりしないだろう。真面目に考えれば他の理由もあるかもしれないが、今はその理由しか思い浮かばないし、そうだと思っておく。だから今からわたしが提案するのは遠からずとも漣くんが予測したものと近いはず。 「勝手で、唐突で申し訳ないんだけど、その……日和さんに会いたいの」 『っあ〜…今日っすか?』 唐突なことなのに、漣くんは驚かずにいてくれる。やっぱりそう。わたしがこうすることを予測していた。わたしはいずれ日和さんのもとに戻るのだといった漣くんの言葉は真実になってしまいそう。日和さんのもとに行くだけなので、ニュアンスは少し違うけど。それでもわたしが自らの足で日和さんに会いに行くということに変わりはない。意味合いに多少の違いはあれど、漣くんの言葉は真実に近い。 「お仕事かなにか?なるべく早めがいいかなって、勝手に思ってるんだけど」 『今日はちょっと無理です。でも明日なら仕事ないんで。レッスンだけでしょうし平気だと思います』 今日の今日で会えるとは思っていなかった。それに私も仕事終わりであるから、今回の仕事の報告書を仕上げなければいけないので今すぐには結局のところ難しいということ。現実を見つめればそう簡単にはいかない。 というか、明日は仕事がないって?休日こそ仕事を存分に入れてそうなのに。現に先週の土日はしっかりと入っていた。今週もそうなのだろうと思っていたのだが。 「仕事ないの?」 『…あんたがいなくなって、おひいさん、ちょっとモチベーションうまく保てないんですよ。だから仕事量調整してもらってる』 「え、……それは、ごめんなさい…?」 『ははっ 謝る必要ねぇんで』 漣くんの口調はわたしを責めるようなものではなかった。私が謝る必要はないことなのかもしれない。けれど今の現状は間違いなく漣くんにも、Edenにも、そのファンにさえいけないことをしたと、ちっぽけなプロデューサーのわたしでも分かる。 夢ノ咲に戻ってきたことが悪いとは思わない。けれどそれでも、私が戻ってきたから…。考えれば考えるほど悪い方にしか思考が働かなくなる。誰が悪いとかこの際もうどうでもいいのに。 『で?なんでおひいさんに会うんです?』 「それ聞くの?」 『ええ、まあ。そういう役割っすからね』 役割ってなんだろう。番犬みたいなものかな。漣くんには失礼かもしれないが、何となく似合っている気もする。本人は自覚もないだろうしそんなつもりもないだろうけど、こうやって私とやり取りすることとかを振り返ってみるとしみじみ思ってしまう。日和さんにとって必要か不必要か。彼の前に差し出す前に振り分けをしているような。全てが漣くんを介しているわけではないだろうが、手に届く範囲のことは役割のうちに入っているのだろう。 そんな漣くんに嘘を吐く理由はない。この状況も、今の私も、漣くんが助けてくれなければ向かい合えなかった答えだ。それに今だって協力をしてくれるだろう、私はそれを大いに利用する。 「ちゃんと言いたいことを言おうと思って」 『…嫌いです、って?』 「やだなあ、戻れないところまできてるって言ったのは漣くんじゃん」 『ああ、ちゃんと答え出たんすね』 「だしたよ、ちゃんと。ううん…答えはもうでてたのに目をそらしてただけ。ようやく見つけたの」 わたしの答えは漣くんの思うものか、別のものなのかはわからない。けれど私は私の答えをだした。それを日和さんに提示する。何が正解で、何が間違いかなんてわからない。どれも正解かもしれないし、正解なんてないのかもしれない。私の答えを日和さんがどうするか、それが真実。 逃げ出した私の答えなんてもう待っていないのかもしれないけれど。ほしいと言ってくれた唇は、もういらないと紡ぐかもしれないと心に留める。怖い、それでもわたしは答えをだした。この答えをそのままにしておく訳にはいかない。どこに転がってもいい、わたしは日和さんに伝えるのだと決心したではないか。 「わたしは答える権利が、まだあるかな」 『十分あるでしょうが』 ちゃんと答えてやってくださいよ、あんなに好かれてるあんたにこそ権利がある。 そういわれているような気がして。怖さと、不安と、ネガティブな感情が渦巻いていたこころが少し晴れる。どちらに転がるでもいい、わたしは私が貰った好意に対して返事をしなくてはならない。アイドルとプロデューサー、なんて肩書きこそ棄てて。ただの男女としての決着を明日、つける。 2020.07.16. |