Love call me.


30



ガーデンテラスで一通り英智先輩たちに話をしたあと、一旦授業へと出るために伏見くんと教室に戻ってきた。いろいろ言いたげなクラスメイトたちの視線が痛い。伏見くんは先程同席していたテラスでの出来事は口外しないようにしているらしく、「わたくしは答えませんよ」と笑顔で回りを牽制していた。私もそれくらいの威圧感があればよかったんだけど。
残り少ない授業が終えれば放課後だ。あんずにあらかじめ連絡をいれ、2winkのレッスンがあるかどうか、進捗はどうかを聞いた。直接話したいと言われたので私は突き刺さる視線を「急いでるから!」と牽制し、鞄をもって教室を出る。
あんずと会うのに誰にも邪魔をされないところ。…というとこの学院には少ししかない。女子トイレか、屋上へ続く階段の踊り場か。屋上だって立ち入り禁止ではあるものの決して安全ではない。なので一番安全で他の人に邪魔されないといったら、女子トイレしか選択肢は残されていなかった。トイレへと足を踏み入れれば、既にあんずの姿があった。私を見て涙を浮かべている。目の下に隈があって、肌が少し荒れて、疲労がにじみ出ている。元々あったプロデュースに加えてわたしの仕事までしていたのなら当然だろう。申し訳無さが込み上げてきて、思わず抱きついてしまう。

「あんず……」

柔らかな女の子特有の抱き心地を堪能する。愛しい夢ノ咲の女神様、手の届かない場所へと走っていく同志、自分の卑しさが浮き彫りになる程の純粋な女の子。腕のなかにいる彼女を私は心の何処かで羨んでいる。けれど同時に、こんなにも心を掻き乱す彼女が愛おしい。改めて感じるアンビバレントな感情。玲明で思い出していた劣等感に加えて自覚をする。
彼女は私がそんなことを思っているなんで露程も知らないのだろう。

「双葉、よかった、戻ってきてくれて」

ぎゅ、と私を抱き締め返す腕は細くて優しい。このまま抱き潰してしまえればどれ程よいか、なんて、馬鹿なことを考える。実際にそんな馬鹿なことはしないけど。

「ごめんね。いろいろとありがとう」
「ううん、いいの。いつも私が大変なときに、双葉が助けてくれるから。私も同じことができてよかった」

私がいつもあんずを助けているだなんて。ただただずいぶんと前を走っているあんずに追い付きたくて、ひたすらにくらいついて仕事をもらって、そうして僅かでも自分の糧にしたくてやっているのに。私じゃあなたと同じことはできないから。せめてあなたが最大限に動けるように、ちっぽけな私でも出来ることを請け負っているだけ。言い換えれば利用していて、自分は危ない道を渡らずに大きな企画をかじっている。だからそんな笑顔を私に向けないで。眩しくて痛くて目を反らしたくなってしまう。


「あのね、空き教室を確保してきてるの」
「確保?」
「放課後、作業するんでしょ?場所が必要だと思って」

確かに作業をするつもりだったが、別にそこはどこでも出来る。集中できる場所があるのはとてもいいけれど。
私たちはほぼ全ての場所にはいれるマスターキーを所持しているから、職員室に鍵を取りに行かなくてもなんとかなる。だから予約だけしたのだとあんずは自慢げに言った。

「2winkのふたりはね、今日は衣装を仮合わせする日なの。双葉のつくってた衣装を残ってた資料と照らし合わせながらつくってみたんだけど」

あんずは持っていた袋を掲げる。恐らくその衣装が中に入っているのだろう。けれど今わたしたちがいるのは女子トイレで、流石にこの場で衣装を見ることは憚れる。あんずも同じ気持ちなのか中身を出そうとしない。だよね、と視線を合わせて笑って、二人で一旦トイレを出る。
回りに誰もいないことを確認して、一番近くの階段を上がっていく。ちょうど屋上に続く階段だったので人目はないだろう。二人して踊り場に座り込んで衣装を取り出した。そこに広がるのは私が残した衣装が、追加の装飾をされて姿をあらわした。

「…わあ、わたしの想像が現実になってる」
「デザインが素敵だったから、凄く楽しかった」
「ここまでしてくれて…ありがとう、本当に」

一週間前はほぼ大まかな形は出来上がっていたが、なんだか物足りなくて悩んでいたものだ。追加の装飾も知恵を振り絞ってデザインしていただけ。手を加える前にいなくなってしまったから…。それを完成に近いところまで持ってきてくれている。私では上手くできなさそうなところも、あんずの器用な手先のお陰で綺麗なものだ。

「わたしの役目はここで終わりだから、双葉に返すね」

あんずから私へ、二人分の衣装が腕のなかに舞い降りる。
わたしだけだったらこの衣装はここまでにならなかっただろう。本当に感謝しかない。悔しいのはわたしが一から十まで作り上げたものだといえないこと。この際、わたし一人のプライドよりもアイドルの活動が上手くいくことのほうが大事なので、馬鹿げた悔しさだとは思う。それでも私のなかに積もる悔しさは膨れ上がっていくのだ。


「言われたとおり二人は1-Aに残ってるよ。行ってあげて」

そういえば、と2winkの二人を呼び出していることを思い出す。週末のイベントの調整をここからわたしがしっかりとやらないといけない。まずは謝罪から…そして今回のプロデュースを続けていいかの許可を二人にとらなければ。
途中で姿を消したわたしをどうするのかは、実際に舞台に立つアイドルに決めてほしい。これで断られても文句はない。許されても、私は自分を許さない。どちらに転んでも自分の気持ちの向きは決まっている。
衣装のはいっていた袋を渡してくるあんず。さすがに疲労が出すぎだろう。ちゃんと休みをとるのは必要だ。倒れたことがあるから自覚はしていると思うけれど。

「私が言えることじゃないけど、ちゃんと寝るんだよ」
「双葉もいつも寝不足じゃない」
「…この一週間で、今までとこれからの休暇はとったつもり」

皮肉にも拐われたことで私はこの一週間、普段と違った疲れも経験したが同時に休息もとれた。あんずに比べれば現在は私の方が元気だと思う。彼女には負担をかけたぶん、休んでもらわないといけない。
改めてお礼を伝えて、帰って休むことを念押しする。私が出来る分は少しでも手伝うといったのだが首を立てに振ってはくれなかった。いいから、と背中を押されてしまう。名残惜しいし、本当に帰ったか見届けてからじゃないと安心はできないけれど。今優先すべきなのは2winkの二人だ。気持ちを切り替えて私はあんずに背を向けて歩き出す。

抱えた袋が重たく感じる。私がいない間に、あんずが繋いでくれたこの衣装。悔しくもあって、嬉しくもある。彼女といると感情がごちゃ混ぜになってしまうけれど、私の価値を見出だす自信がなくなってしまうけれど、それでも私はあんずと一緒に歩みたい。
感情の整理をしなくちゃ。もっと頭を使わなくちゃ。私はわたしをどう思っているのか。どうしたら私は夢ノ先にいられるのか。この腕の中の袋の重みは、そんなわたしに課せられた問題のひとつ。プロデューサーとしてのわたしを成長させるために必要なもの。


「…ああ、すごいなあ」

ため息混じりに呟いたあんずの言葉を私は拾えるはずもなく。私は1-Aに向かうべく歩みを早めた。

2020.06.10.
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