Love call me.


23



わたしが先に目覚めるなんて、思ってもみなかった。
昨日のことも相まって目の前の日和さんの寝顔が天使のように見える。いや、この人は黙って大人しくしていれば天使のような人だ。黙って大人しくしていれば。ふわふわの髪に輝く笑顔、声量が小さければ優しい声でもあり、天使に見間違ってもおかしくない。小さな頃なんかは本物の天使だったんだろうな。

「…きれい」

呟いて、陶器のように美しい頬に指先が触れる。柔らかな感触にするりと指を滑らせて輪郭をなぞる。これでお肌のお手入れ念入りにしていないとか…世の中の女子が敵に回るのではないだろうか。そんなしょうもないことを考えながら寝顔を見ていた。這わせた指が何事もなくするりと滑っていくものだから、まるで美術品に触れているかのような錯覚に陥る。
触りすぎてしまったのか、彼は眉を潜めて唸り、閉じていた瞳をゆっくりと持ち上げる。その視界に一番最初に映るのはわたしだ。ぼんやりとした瞳にかわいいなと思いながら、頬が緩んだ表情で彼を見ていた。「おはようございます」と言えば、理解が追い付かないという顔で「おはよう…?」と返される。挨拶を口にして次第に意識がはっきりしたのか、だいぶ近い距離にいた私に大きな目をぱちくりとさせている。

「いい日和、ですか?」
「あはは。…うん、いい日和」

彼の言葉を借りる。昨日のような嫌味はなく、純粋に彼の気持ちを表す言葉がこれかな、と思ったから。
状況を理解し始めたらしい日和さんは目の前のわたしをじっと見る。夢じゃない?なんて呟きに思わず笑ってしまった。彼の手をとって、ちょっと痛いかなーくらいの強さで握りしめる。現実であると分かったらしい彼はひどく優しい、熱を持った笑みを浮かべた。こういった表情がアイドルなんだよなぁ。

「ちゃんと居てくれたね」
「昨日も朝起きたらいたじゃないですか」

昨日とほぼ変わらないシチュエーション。ああ、いや変わるか。早く起きたのはわたしの方だし、日和さんの機嫌も悪くない。昨日に比べたら穏やかな気持ちで迎える朝だ。でも変わらないのはわたしと日和さん、二人でこのベッドで寝て、朝を迎えて、目を覚ましたということ。

「それもそうだね!」

いつもの元気な日和さんの声だ。先ほどまでの声量と違って吃驚したけど、昨日から今までの日和さんが違っただけでもとに戻ったのだろう。
身体を起こした日和さんは伸びをしてベッドから降り立つ。わたしも連れて身体を起こし、日和さんに続いた。そのまま閉められていたカーテンを開ければ朝陽が部屋の中を明るくする。振り返ると彼の柔らかな髪が陽の光に反射してまぶしい。

「ん?どうしたの?」
「…何でもないですよ」
「双葉ちゃんの平気とか何でもないとか、信用ないねっ」

うっ…確かに今までごまかしていたのが仇になってしまった。正直にいうつもりもないけれど、信用がないのは自分でも思う。
言い返せず言葉に詰まっていると後ろからふわりと抱き締められた。

「でもいいよ。ぼくのそばにいてくれたから」

昨日みたいに縋るようなものでもなく、拘束されるような強さもなく、ただ包み込むだけのもの。分かるようになってしまった彼の香りが鼻をくすぐらせる。

「逃げようがないですからね」
「そういうことは言ったらダメ〜 」

身体にまわる彼の手に触れる。ちょっとだけ指先が冷たいことに気がついてしまった。多分笑顔の裏でどこか昨夜のような不安が拭いきれていないのだろう。言葉とは裏腹に、彼に気付かれないように少しだけ重心を彼の胸に預ける。寄り添いたいわけではないけれど、知らんぷりもできない。一時の情をかけることが非情なものであることは承知の上で、彼を今だけ許すことにした。だって不安定なこの人の手を振り払う勇気、今のわたしには持ち合わせていないから。




「あれ、仲直りでもしたんですか」


朝食の準備を手伝おうと隣の部屋に移動をすると、漣くんは出会い頭に挨拶より先に言った。そんなに喧嘩してるように見えてたのかな。部屋にはいって早々に日和さんはメアリちゃんに向かっていってしまった。今の言葉も絶対わたしじゃなくて日和さんに向けて言ったものだろうに。

「そんなふうに見えてた?」
「喧嘩っつーか、なんかおひいさんがやっちまったのかなあ、と」

昨日はわたしの態度がいつもと違ったからだろうけど、漣くんが心配するくらい日和さんも昨日はおかしかったんだろう。全てが解決したわけではないし、むしろ解決なんてどこまでいってもしない。わたしがここに、日和さんのもとにいる限り。

「別に喧嘩なんかしてないね!ぼくはなにもしてないからねっ」
「いやだったらあんたあんなに…」
「ジュンくんうるさいねっ!」

メアリちゃんをだっこしたまま日和さんは振り向いた。そんなに怒らなくてもいいのに。私たちの態度がおかしかったのは事実なんだから。

「双葉ちゃん、喧嘩はしてないよね」
「確かにしてないですけどね」

弁解する気もないし、恐らく漣くんにはうやむやにするんだろうか。日和さんがいいならそれでいいけれど。自分も事細かに説明する気がないので日和さんの意向に従うまでだ。漣くんも私たちから説明がないことを悟ったのか、朝食作りを淡々と進めている。

「まあいいですよ。おひいさんの機嫌がいいならそれで」

いい匂い。メアリちゃんと戯れ始めた日和さんを横目に、漣くんの手伝いをするのにキッチンへ近付いた。いわれたお皿を差し出して漣くんが盛り付けたものをテーブルへと持っていく。いつもこちらに来ると既に朝食が出来ているから、お手伝いが出来るのは新鮮だ。女子としてはご飯を作っておく、というのが本当はいいんだろうけど。


「さ。今日はちゃんと登校ですからねぇ」

その言葉を聞いているのかいないのか、日和さんは「食事できましたよ!」と漣くんが言うまでメアリちゃんと戯れていたのであった。

2020.04.26.
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