Love call me.


22



仕事が終わってからというもの、日和さんは私の体調を幾度と無く気にしている。もう正直に「夢ノ咲のことを考えてたんで」というと、それからは大人しくなった。別に責めたような口ぶりで言ったつもりはないんだけど、急に言い淀んだような顔をしたので戸惑ってしまう。なんだか私がいじめているみたいだ。
そこから寮に戻ってきても個人的に気まずくて、食事は摂ったけれど早々に隣の部屋へ戻ってきてしまった。日和さんも時間をおいて私の部屋の方に出向いてきて、何か喋っていたけれどぼんやりとしていてはっきりと覚えていない。とりあえずお風呂に入ってしまおうと携帯に触り始めた日和さんを置いてバスルームへと向かった。
ひとしきり身体を清潔にし、湯船に身体を沈めて疲れをとる。日和さんに一番風呂を勧めなかったのは失敗だったかな、と気が付いたのはルームウェアに着替えているときだった。バスルームから出ていけば入れ違いに日和さんがバスルームへと入っていく。いつもより口数が少ないことに寂しさを感じながら、柔らかなベッドに身体を委ねる。口数を少なくしているのは自分の癖に。何を都合の良い…構ってちゃんかよ。自分はこんなに面倒くさい女だったのだろうか。ああ、もうイライラする。自分にも、現状をどうしようも出来ないことも、夢ノ咲で残してきた仕事のことも。




「ん……んん…?」


ベッドに横たわったまま、うっかり寝てしまっていたらしい。部屋の電気はつけっぱなしだ。ぼんやりとした頭で明るい室内を見ると眩し過ぎて、数回瞬きをして光に視界を慣れさせる。
そういえば前にもこんなことあったような…その時は日和さんに悪戯をされていて、そのまま行為に雪崩れ込んだ筈。今は身体をまさぐっているものはないし、悪戯をされている気配はない。よかった。日和さんはまだバスルームだろうか?寝てしまっていた時間はどれ程だろう。もしかして部屋に戻ってしまっただろうか。

「…本当にどこも悪くない?」
「ひゃっ!?」

身体を起こそうと体勢を変えると日和さんがすぐ後ろにいた。意外と近い距離で後ろから覗き混むようにしていたらしい。驚きつつも、日和さんのこちらを窺うような表情は仕事が終わってからのものと変わらない。ああ、この人はずっとこんな表情で私を見てるのか。
ぽたり、ぽたり。日和さんの髪から水滴が滴り落ちる。乾かしていないのか、タオルを肩にかけたまま日和さんは私をじっと見ていた。

「日和さん、髪乾かしてください。それこそ風邪引いちゃいますよ」
「双葉ちゃんが本当に大丈夫か教えてくれたら乾かすね」

本当に大丈夫かって…ここでどうすればいいんだ。体操でもすればいい?ダンスでも踊りましょうか?自信ないけど。

「大丈夫ですよ。本当に」
「証拠は?」
「証拠かぁ…」

証拠なんて何も差し出せないことを、目の前のこの人はわかっているだろうに。酷いなあ。日和さんの瞳がいつの間にか心配の色から、恨めしいようなものに変わっている。疑わしいといったほうが近いかもしれない。

「ぱっと出せません」

私はなるべく日和さんを刺激しないように、落ち着いた声色で言葉を紡いだ。聞こえ方によっては諦めたような、どうしようもないように私が降参したようにも思える。ただただ目の前の、自分を心配し尽くすこの人は笑顔がとても似合うのだと再確認した。だからそんな顔をしないでほしい。私のせいで眉間に皺を寄せて、口をむすっと噤んで、余計な体力は使わないで。
見つめ合う私たち。時間が止まったかのような空間で先に動いたのは私だった。日和さんの肩にかかったタオルを手に取り、日和さんの頭にかけて柔らかい髪を拭いていく。されるがま大人しい日和さんに心配になりながらゆっくりと手を止めた。

「私が乾かしますよ」
「…うん」

小さく頷きながら返答をくれた日和さんから一旦離れる。バスルームへドライヤーを取りに行き、彼をベッドの端へ座らせる。コンセントに刺して電源をいれて、未だに大人しい日和さんの柔らかな髪に指を通した。温かな風が手にかかる。
アクションがほぼ無いから思うがままにしてしまっているが、私の行動が正しいかは分からない。何が正解で、間違いなのか。選択肢が目の前に出てくるわけでもないので必死に考えて行動するしかない。間違った選択をしているかもしれないけれど、それでも今、目の前の日和さんにしたいと思ったのは風邪を引かないよう早急に髪を乾かすこと、だ。
ふわふわとした髪になったら完成。柔らかでふわりとした出来映えに満足してドライヤーの電源を落とす。「おわりですよ」と声をかけてから立ち上がり、コードを外してドライヤーを片していると横から小さな衝撃が加わった。

「え、どうしたんですか」

すがるように抱きついてきた日和さん。乾かしたばかりの髪の毛が首筋に当たったくすぐったい。けれど事態は笑っていいものでもなさそう。日和さんは無言でぎゅうぎゅう抱き締めてくる。この人、抱きつく力が強くないだろうか…いつも思うんだけど、緩やかに締め上げてくる気がする。

「日和さ…」
「ねえ、今日はダメ?」

締め付けられすぎて根を上げそうに名前を呼ぶと、被せるように声が聞こえる。少しだけ力が緩められて、日和さんが顔をあげた。そのまま上目遣いでわたしを見る。
泣きそうなほど潤んだ瞳。震えるように紡がれた言葉。どうしてそんなふうになっているの?いつもなら何も言わずに触れてくるくせに。こっちの言葉なんて聞いてもくれずに自分の思うように進めていたのに。日和さんの変化に戸惑いつつも、思うまま今までのことを責め立ててはいけないと自分の感情にブレーキを掛けた。強い言葉をかけたなら今の彼はそのまま受け止めてしまいそう。普段の強気を体現したような彼でないから、道に迷ったような子どもの表情をするものだから、自然と声色も優しくなる。

「…日和さんは私と一緒にいたいだけなんですよね?」

昨夜、彼がいっていたことを思い出す。恐らく寝ぼけながら言っていたのだろうけど。それこそ彼の本心だ。何のしがらみもなく純粋な日和さんの気持ち。なぜ毎日セックスをするのか?私の側にいたいから…どうしたらそんなひねくれた考えになるのだろう。連れ去られた最初こそ、しなければ側にはいさせなかったかもしれないが、むしろすればするほど逆効果になるだろうに。現状は違って、むしろ側にいていいから、しないでほしいと思う。側にいる手段としてのセックスは求めていない。そんなことしないでも側にいるし、側にいたいならいればいい。だって私は貴方のモノなんでしょう。
なんて言葉にしたらどう反応するだろう。見てみたい気もするし、知りたくないとも思う。目の前の私の知らないなにかに怯えるような日和さんを見てしまっては強く言えないのが事実。

「それなら一緒に寝るだけでもいいじゃないですか」

肯定か否定か、どちらか判断のつかない表情の日和さんは無言だ。視線を反らさずにわたしを見つめ続けている。言葉を発することなく視線で訴えるかのような。
ついその視線に耐えられず、彼の思うがままにされたほうがいい気もしてくるが…抗って耐えるべき場面だろう。抱きついている彼の腕をするりと剥がす。抵抗すれば更に締め付けるかと思っていたけれど、案外すんなりと離してくれた。そのまま彼の手をとって握りしめる。

「昨日みたいにぬくぬくしながら、一緒に寝ましょう」

わたしからこんなアクションを起こすなんてなかったから結構緊張している。振り払われたらどうしようとか、嫌だとか言われたら、と考えると恐怖も垣間見える。…あ、もしかして日和さんはいつもこんな気持ちになっていたのかな。

「悪くなかったでしょう?」
「…そうだね、気持ちよく寝れたね」

無理矢理にでも言わせたような気分だが、日和さんの表情は先程よりも少しだけ穏やかになった。ほっと肩を撫で下ろしたようで、彼の体に入っていた力が抜けたみたいだ。仕事が終わってからずっとこんなんだったのなら早く寝かせてあげないと。「電気を消しますね」と声をかけて、握っていた手を離す。びくりと日和さんが反応したのに気がついたが、そのまま身体を翻して部屋の電気を消すために腰をあげた。
すぐにベッドへ戻ってベッドライトを灯す。ベッドの上に座ったままの彼の手を引いて二人、身体を横たえた。昨日とは真逆で、優しくどこか薄暗いような眠りへの入り口。乾かしたばかりの彼の髪を撫でてやればくすぐったい様子で目を閉じた。私の手にすり寄る彼の肌はすべすべと肌荒れを知らぬように気持ちがいい。そんなふうに楽しんでいる私の手をとって、彼が口を開いた。


「キスはしてもいい?」

そういった日和さんに私は「いいですよ」と返す。可愛らしい彼のお願いは静かに形となる。秘密を共有するように重なった唇に、遠慮がちに浅く絡む舌先に、瞼を落として全てを受け入れた。彼の安寧の眠りを祈りながら。

2020.04.16.
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