Love call me.


21



朝のいちゃいちゃ攻防で若干の体力を消耗したわたしは、二人の仕事に同行するときには少し疲れていた。昨日の夜は寝れたはずなのに…朝のあれがなければスッキリとした頭でいられたはずなのに。
一方、日和さんはそんなことなかったかのようにお仕事をこなしている。アイドルらしく愛を振り撒いて笑顔を咲かせてきらきら光って。アイドルらしくっていうか、アイドルなんだけど。

仕事は午後にかけて三つ。最後はAdamの二人も揃ってEdenでの仕事だった。昨日もEdenで仕事だったらしいのだが、不在だったことは特に突っ込まれない。凪砂さんがこちらを見ていたが、軽くお辞儀をするとすぐに目を反らされた。本日の凪砂さんは一昨日のほやんとした空気はなく、むしろ鋭さを孕んでいた。まるで品定めをするかのような、狩りをしている動物のような、喉元に刃物を突き立てられている…というのは言い過ぎか。
こうして夢ノ咲ではあまり数が多くないメディア露出系の仕事を間近でみて、プロデューサーとしての心がうずうずしてしまう。レベルの高いレッスンやパフォーマンスを目の前で見て、実際の仕事の現場も付き添いで見ることによって自分のなかのプロデューサーの心が見え隠れする。あんず程の手腕は持ち合わせていないけれど、小規模な企画でのプロデュースは成功させている。比較対象が大きすぎてなかなか評価されにくい立ち位置にいるけれど、プロデューサーの端くれながらも仕事をしているわけだ。その立場からすると今の現状、同年代の学生アイドルのなかでは上位であるEdenの仕事を見学しているなんて、喉から手が出るほどほしい権利。幸運でしかない現実に胸が高鳴る。色々なものを犠牲にしていることはこの際目を瞑ろう。
まああんずだったら見学ではなく、Edenと共演するアイドルのプロデュースをするという所業をしそうだけれど、私はそこまで欲張らない。あの子ほどオールマイティに仕事ができるわけではないし、身の程を弁えているし、見学しているだけでも儲けものだ。そこから学びができれば上出来。今後の自分の仕事に活かせれば更に良し。全てを見て吸収できるわけではないけれど、何かしら為になることをみつけられればよいのだ。
そうして考えるのはやはりプロデュースをしていたユニットのこと。自分は学ぶ場にいるけれど、手放しにしてきた仕事が頭を過る。どうにも出来ないからこそ、どうにかなっていますようにと願うことしか出来ない。はあ…あんずだったらこんなとき、どうするんだろう。


「…双葉ちゃん?」

名前を呼ばれていることに気がつき視線をあげると、日和さんが心配そうに私を見ていた。後ろにいる漣くんも、遠くに控えている凪砂さんや七種さんも私を見ている。

「疲れちゃった?」
「いえ、平気ですよ。すみません」

慌てて首と手を振って否定する。朝の攻防で多少の疲れはあるものの、仕事に同行して疲れているわけではない。昨日のこともあり、日和さんは過剰に心配しているようだ。
そういえば少し遠くの方にいたのに、わざわざこちらにきたのだろうか。むしろ少し遠くにいたのに私の顔色を見て近づいてきたんですか?どれだけ目がいいのだろう。吃驚した。

「おやおや、殿下が無理をさせ過ぎているのではないですか?」
「昨日は無理なんてしてないもんね?」
「そうですね…」

呆れていう七種さん。まあ無理をさせられていたのは一昨日の方が強かったけど。七種さんの言葉の端から伝わってくる、このトゲトゲとした感じにやばいなぁと思い始める。

「へえ。昨日は、ですか」
「なに。文句でもある?」
「いえいえ、お二人の仲がよろしいようで安心しました!まあ一昨日も別に気にしてませんでしたけどね、あっはっはっ」

なんか露骨にしてくるなあ、今日は!一昨日はそんなに刺々しい感じではなかったのに。むしろ社交辞令というか、外面だったのだろうか。嫌味も言われたが、何だかんだいい人だなと素直に感じてしまっていた部分があるので何とも複雑だ。あのまま彼に好印象を抱いていたら後々取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

「無闇に絡まないでくれる?」
「おおっと、すみません。殿下の機嫌を損ねるつもりはなかったのですが」

と、間に入ってくれた日和さん。私を背に庇ってくれているのだが、日和さんやっぱり身長あるんだよな、なんて場違いな感想を心のなかで述べてみる。

「さながら大事な宝物を隠しているようですね。隠されると益々暴きたくなります」
「そういう輩がいるからこそ隠すんだけどね」

はあ、と日和さんは大きなため息を吐く。隠すんなら仕事現場に連れてくるなんてしないでくださいよ、なんて思ったが、結果的に外に出られているので文句を言える立場ではない。隠し方が雑というか、隠さなくてもいい範疇にユニットの存在があるというのはいいことだと思うんですけどね。

「私か弱い存在に思われてます?」
「ん?自覚ないの?」

か弱い自覚って…そりゃ男性に比べたら力はないですし、喧嘩も勝てる自信ないし、非力だとは思う。が、か弱いって自分でいうのは違う気がする。強いです!と自慢できるところもパッと思い浮かばないので悲しいけど。
隠すくらいならそれほど弱い存在、日和さんにとっては庇護の対象となっているのだろう。自身の所有物を庇護するというのは勿論よいことなのだろうけど、対象が人間なので複雑な気持ちである。

「いい?双葉ちゃんは弱いんだから、茨みたいな人間には近づいたらダメだね!ペロッとされちゃうね!」
「一昨日、その七種さんに私を預けて仕事の撮影してましたよね?」
「あのときは仕方なかったね、ぼくの近くにいるわけにもいかないでしょ?」

ド正論です。あのときは例え害があっても七種さんのところにいた方がいい。見知らぬ現場の仕事の同行。さながらはじめてのおつかいの幼女のようになっていただろう私にとって、親しくはなくとも知っている顔が近くにあったのは精神上よかった。背に腹はかえられぬ…日和さんの選択は間違っていないと思います。


「まあ何せ、体調が悪いならすぐさま休んでいただきたい。風邪などひかれているのでは今後の我々の仕事に影響しますからね」

今の発言より前、突っかかってきたときから七種さんが私を避けたいというのは薄々気がついていた。一昨日の仕事のときも、私は連れてきてほしくないということだったらしいし。日和さんの我が儘で強行されてしまったけれど。今日だって非常にやりにくいのだと思う。そりゃ外部の人間がいるわけだし、企業秘密も漏れ出すわけにはいかないだろうから不確定要素は取り除いておくに越したことはない。それに昨日の私が不在だった理由も知り及んでいるのだろう。体調不良だといわれてしまうのも無理はないか。
そんな水面下の思惑を知ってか知らずか、日和さんは私のおでこに手を当てた。熱を測ってくれているようだけど、生憎のところ熱はありませんし、風邪じゃないですからね。

「頭痛い?だるさは?朝は熱があるような感じはなかったね?」
「体調が悪い訳じゃないですよ。ただ考え事をしていただけで」

体調が悪いわけでない…という私の言葉にどれ程の信用性があるのか。昨日足元がふらついている現実を目の前で見ている日和さんにはそれほど信用はないだろう。けれど自分では特に体調不良ではない。本当に大丈夫だ。
ただただ夢ノ咲のことを思い馳せて、自分を責めることしかできない現実にやるせなくなるだけ。自分の存在がどれほどのものなのか自覚をしたくて、でも出来ない。弱虫でちっぽけな私を日和さんは純粋に心配してくれている。形容できないこの胸の疼きに、息が止まるような気がした。

2020.04.12.
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