Love call me.


19



さすがに毎日身体を重ねていてしんどい。私は日中に休んでいるからいいけど、日和さんはそうじゃない。授業にも出てるしレッスンも仕事もしてる。なのに何でこう、毎日するんだろう。さすがの私も日和さんがしんどくなっているのに気がついている。昨日は今までと違ったからかなんなのか、一回だけで日和さんはぐっすりと寝てしまった。私も意識がほぼなかったのではっきりとは覚えていないけど。朝は機嫌がよかったな…一回だけだったけど中身は満足のいくものだったらしい。だからこそ一回で寝てしまうくらいの疲労があるのだと、彼自身が証明したのだ。この人には絶対にぐっすりとお休みすることが大事だと思う。あとはこちらの体力をそこまで奪われたくないという理由はある。

今は夕食を終え、寝られるまでの準備をしたところ。日和さんが私にくっついていて、そろそろそういった雰囲気になってくるはずだ。ベッドに腰を掛けている私たちはいつでも事に及べる。見えない強制力というか、そうしなくてはいけない空気があるから従ってしまう。どちらにせよ寝るにはベッドが一番いいので何かあるならベッド上がいいのだけども。
私はちょっとした反抗心もあって今日の日中に手がつけられていなかったメモをつけている。その横で日和さんはひっついて私の髪を触ったり、メモを盗み見たり、肩に頭を置いてみたりしている。そして突如としてべったりと触れてくるんだ。今だってほら、こうしている内に持っていたメモとペンが没収されてしまった。

「もう終わり」

近くのローテーブルへ没収したものを置いて、二人顔を合わせる。日和さんの手が延びて私の頬を包む。撫でるような動きがくすぐったくて身じろぐけれど、そんな私を見る彼は何だか楽しそう。思わずくすぐったさから私も「ふふ」と声が漏れてしまうが、近づいて重なった日和さんの唇によってかき消された。舌を絡ませるものではなくて、優しく触れてお互いの存在を確かめあうようなキス。ただただ重ねて体温を唇で感じるだけのキスが続いて舌が入ってこないことに疑問を覚える。あれ、まさか昨日みたいな感じですか。
唇が離れて日和さんがふわりと笑う。何てったって腹が立つくらいきれいな顔で笑うから、一瞬見とれてしまって動けない。最初みたいに私を捕らえて楽しんでいるのとは違った笑みが日に日に多くなっているのは気のせいではないだろう。それがアイドルの笑顔なのだから眩しくて仕方ない。ふと彼の視線が少し下に向くと、包まれていた頬から手が離れ指先がなぞるようにして首に移動した。

「これ、とってあげるね」

彼が触っているのは私の首に装着されたチョーカーだ。今朝ひとりこの部屋に残されたときにつけられたもの。昨日は1日外してもらっていた。最初の違和感がほぼなくなっていることに、これも随分馴染んできているらしい。

「いいんですか?」
「外しても双葉ちゃんは逃げないからね。夜だからいいよ」

おいで、と足の間に座るよう指示される。その体勢は冷静な状態でやると恥ずかしいな…。だが腕を伸ばしてニコニコと待っている日和さんを見て避けられないことを悟り、ため息をつきながら彼の足の間へ身体を納めた。後ろから日和さんが私の首にあるチョーカーを外す。長い指がちょこちょこ首筋に当たってくすぐったい。昨日だってチョーカーを外してもらっているはずなのに置かれている状況が違うからか、二人きりの静かな空間だからか、厳粛な儀式をしているような錯覚に陥る。日和さんはなにも話さない。衣擦れの音と、チョーカーをいじる音だけが耳に届く。やがて外れたチョーカーに約半日ぶりの解放感を感じた。
日和さんの手に収まるそれは私をここに縛り付ける要因のひとつである。恨めしく思うこともあれば、慣れ始めた首もとの存在に違和感もある。モヤモヤと言い表せないものが渦巻いていると、いきなり後ろから身体を抱き込まれた。そのまま視界がぐらりと傾く。勢いをつけて横に身体が倒れたらしい。着地したのは勿論ベッドの上で、寝心地の良いベッドへ全身を委ねて優しく包まれている。

「あっはは!吃驚したね?」
「っ…び、っくり、しますよ…そりゃあ…!」

お腹に回った腕は日和さんのもので、彼も私と一緒に横向きでベッドに倒れ込んだようだ。後ろから楽しそうな声が聞こえる。変に緊張していた自分が馬鹿みたい。彼は何を考えてるかわからない部分があるから、考えすぎも時に無意味になるのだとつくづく実感する。背中に触れる体温に、お腹に回っている腕の強さに、首筋に感じる吐息に…ここ数日で覚え始めてしまった巴日和という男を全身で感じてしまう。
急に身体を倒されたことで早まっていた心臓は少しずつ落ち着きを取り戻すが、彼を意識し始めるとまた早くなっていく。これ以上は私の心臓が耐えきれない。何重にもなって襲いかかってくる恥ずかしさに首を軽く横に振り、後ろの日和さんに声をかけた。

「聞いてもいいですか」
「なぁに?」

ぐりぐりと私に頭を押し付けてくる日和さんに、猫かと突っ込みたくなるがグッとこらえる。今はそういう話をしようとしてるわけではない。昨日のことも何故今までと違ったのか疑問ではあるのだが、本題は別だ。

「何で毎日するんですか?」

どうしてこの人はそこまでして私の元へくるのか。疲れている自覚もあるだろうに、体力を消耗する手段を選ぶのか。

「…双葉ちゃんは嫌?」
「嫌です」

即答するとお腹に回った日和さんの腕に力が入るのがわかった。締め上げるような強さはないけれど、明らかに私の返答による反応だ。他の動きも止まり、一瞬、静寂が私たちを包む。その静寂で初めて全面拒否の言葉を伝えたことに気が付いた。
行為中にイヤだ無理だと言うのは口にするが、こんなに素面で真っ直ぐに伝えたことなど初めてである。自分は文句をつけられる立場ではない。今、私は彼に様々なものを掌握されているのに。反抗したら何があるかわからないと、ここに連れられてきた当初に思ったではないか。彼と過ごしていた過程で油断していた。これで最初みたいにまたガチガチの拘束をされて、更に厳重に囲われてしまったらおしまいだ。本心は「嫌」ということに変わりはないが、この空気を何とかしたくて、誤解を解くようにして言葉を付け足す。

「ああ、その、えー…体力がもたないんで。さすがに毎日は嫌ってことです」
「続けていけばつくよ?」
「そこが問題じゃないんですよ」

私の体力がつけば解決する問題じゃないんですよね、生憎!今の言葉を鵜呑みにするとそう解釈されてもおかしくないんだけど、本質はそこじゃないんですよ。
遠回しに伝えることも考えたがここは直球で伝えた方が早いだろう。そう思い、私は抱かれている日和さんの腕を離して起き上がる。寝転がる日和さんを見下ろすのは新鮮な気分だ。

「私は昼間休んでるので。でも日和さんは仕事もしてるから、ちゃんと疲労を考えてください」

目をぱちくりしたまま日和さんは起き上がった私をみつめている。私も視線を反らさずに日和さんの紫水晶の瞳を見つめた。
こんな状況になっても一年近くプロデューサーとして未熟ながらに生活していたからだろうか。アイドルの体調はやはり気になってしまう。日和さんが仕事に手を抜くなんてしないと数日共に過ごしただけでも分かる。だからこそアイドルとして、真剣に取り組んでいる彼の活動の邪魔はしたくない。Edenの、ましてやEveの、日和さんのプロデューサーではないけれど、ひとりのプロデューサーとしてアイドルのことを考えれば、今の私との行為が彼の仕事の邪魔になっているのは間違いないだろう。

「双葉ちゃんとのセックスでちゃんと解消してるつもりだけど」
「ストレスとか欲とかではなく!」
「ぼくの心配してくれるんだね、嬉しい」

腕を引かれて再びベッドへとダイブする。日和さんの上に乗ってしまうかと思ったが、ちゃんと彼は自分の隣のスペースに私を引き込んでくれたらしい。今度は向かい合って横たわっていて、先ほどよりも近い位置に顔がある。近さに驚きはしたものの、緊張はしなくなっている自分がいた。日和さんは横たわったまま、穏やかできれいな笑顔を浮かべている。その瞳が少し潤んでいることは、口にしてはいけないのだと本能で感じた。
ゆっくりと、静かに私の頭を撫でる彼の手は暖かい。お風呂も入って寝るだけの時間、こんな風に頭を撫でられたら眠気が足音を立てて迫ってきてしまうのに。

「ぼくは大丈夫だから心配無用だね」
「嘘つかないでください。昨日も一昨日も、した後すぐに寝落ちてるくせに」
「えっ 双葉ちゃん…そんなにぼくのこと見てたの?」
「隣にいるのに気付かないわけないでしょうが」

自分だって意識は半分ないけれど、逆に何でばれていないと思ったのか。そこまでよわっちく見られているのだろうか、私。日和さんの中でそんな部類に振るわれている自覚はさすがになかった。というかもしや、そういうことは女の子が気にする範疇ではないんだからね!みたいなことだろうか。強引でいまいちとらえどころのない考え方の持ち主だけど、教養があってどこか王子さまのような紳士的な態度も見受けられる日和さんならあり得るかも。
深く考えている私に、日和さんは頭を撫でる手を止める。そのまま頭を引かれれば額に柔らかい温もりを感じ、頭を抱えられていることに気が付いた。

「うん……でも、双葉ちゃんのそばにいたいから、ね」

囁くように呟かれた言葉に顔をあげれば、見事に目を閉じて寝息を立てている日和さんがいた。すうすうと、肩を動かして呼吸をしている。初めて見る彼の寝顔に視線を奪われながら、先ほど彼が呟いた言葉を頭の中で反芻させる。


「…え、それが、理由?」

夢の中に意識を手放した彼は知らない。なんてことない素直な言葉に、熱が出てしまったかのように全身が熱くなっていたことなんて、彼は全く知らないのだ。

2020.03.29.
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