あんさんぶるスターズ | ナノ

みつの花園



※百合



「ねえ、キスしてみない?」


唐突な提案に、細かな装飾を作製していたあんずちゃんは手を止め顔をあげた。

昼間は授業を受け、放課後は各担当しているユニットのレッスンを見て、そのまま夜は泊まり込みで衣装の作成。授業の合間にも出来ることはしているが、大きな面積の要する作業は放課後のその後でないとできない。ここ最近は学院に二人で泊まり込んで作業にいそしむ日々を過ごしていた。
そんななかであんずちゃんは頭が回っていないのだろう。言われた言葉が上手く飲み込めていないのか、ぼうっと視点が合わない瞳をし、こてりと頭を傾げる。


「どうしたの」

回らない頭で懸命に考えて出たのがそれ。しかも真顔で。彼女らしいと言えばそうなのだが。
彼女も私がこの忙しさのあまりに頭がおかしくなってしまったのかと心配しているようだ。自分でも言葉にして、当の本人へと伝えてしまうあたり、ちょっとおかしくなってしまったのかと思っている。だがその思考がおかしくなったのではなく、今まで思っていたことが、考えてから胸の奥へと仕舞って鍵をかけていたものが、ふいにすり抜けて言葉を紡いでしまったというのが事実だ。何の確信も、何の自信も、何の希望もないことに気がついて、その気持ちは仕舞っていた筈なのに。もう閉じ込めてこないようにと思ったいたはずなのに、こんなにも簡単に表へと出てしまうなんて。
ここで「なんでもないよ」と言えたらどんなによかっただろうか。ふいに口にしてしまった言葉に、もう頭のなかはあんずちゃんとキスをしたい欲に侵されてしまっている。目の前の、寝不足と疲労でぼんやりとした彼女にしがみついて、すがり付いて、頭を下げてでも唇を合わせたいと思ってしまっている。後戻りなんてとっくにできない場所まで来てしまっているのだ。わたしはそれほど、あんずちゃんのことを。


「あんずちゃん、男慣れしてないでしょ。わたしもしてないけど。同性だったら慣れてなくてもできるかなって」

平静を装って、堂々とそれなりの理由を口にした。
世間の一般的な甘酸っぱい出来事をわざと自ら線引きした私たち。キラキラとしたアイドルという宝石に手をつけてしまわないようにと、プロデューサーとして立っていようと、誓ったあの日。私たちはアイドルに恋はしない。
なら、プロデューサー同士なら?
その時のわたしに、そんなことを聞く勇気も度胸も信頼もなく。そうして温めてきた思いを胸の奥に閉じ込めて蓋をして鍵をかけて、みちみちに押し込めておいたはず。彼女には気づかれないように、仮面を被っていたはずなのに。その仮面は、自分の犯した失態で簡単に剥がれ落ちてしまった。
喉から手が出るくらいに欲しい。目の前のあなたが、ずっとずっとほしくてたまらない。

「イヤ?」
「ううん、嫌じゃない」

ゆるく左右に首を振ったあんずちゃん。やった、と内心ガッツポーズしたのは内緒だ。
白い肌…もとからきれいな肌だけれど、今は不健康なくらいに白くなっている。他人のことを言えないほど自分の肌も不健康にはなっているが。その白い肌に滑らせるように撫でていく。何度か動かし、わたしの手が行き着いたのは柔らかな頬。
ドキドキと心臓が飛び出しそう。この鼓動が聞こえてしまいそう。実際はそんなことないのだけど、近づく距離に、まるでアルコールを摂取したみたいにくらくらと思考を麻痺させる。
顔を近づけていけば、あんずちゃんはわたしに顔をしっかりと向けて、静かに瞳を閉じた。あ、かわいい。かわいい。ほんとうにかわいい。胸の奥が、下腹部が柔く疼くのを自覚しながら、そっとその唇へ、自分の唇を押し当てた。


「…柔らかい」
「レモンの味しなかった」
「そりゃあね!」

押し当てて離しただけの唇。それ以上でも、それ以下でもない。
想像していたよりも彼女の唇は柔らかくて、そのまま押し当てていたら溶けてしまうんじゃないかと思うほど。舌を這わせればぐずぐずにとけて、混ざり合えるのではないかという感覚。

ああ、この子は。もしかして誰にでも唇を許してしまうのではないだろうか。その身体さえ簡単に触らせてしまうのではないか。
そう思えてしまうほど、あっけなく、わたしは彼女とキスをした。してしまったのだ。これは夢ではなく、歴とした現実。


「双葉ちゃんの唇も柔らかかった。あと甘い」

そっと、彼女は自分の唇をおさえて、頬を赤く染めながら、視線を下へとずらして呟いた。なんて甘美で耽溺してしまうような表情なのだろう。
ズドンと、何かがわたしの胸に重くのし掛かった。いや、落ちてきた。わたしの想いを深く隠していたものは、たった今なにかに打ち砕かれて粉々になった。わたしの想いを隠すものは存在しない。

「…リップクリームじゃない?」
「あ、そっか」

さっき、リップクリームを塗りたくっておいてよかったと、心底思った。少し前のわたし、よくやった。
本日二度目のガッツポーズを心のなかで行い、未だに頬を赤く染めている彼女を見つめる。表に出てきてしまったこの気持ちを、もう隠してしまいたくない。わたしを切り裂いて、自分を傷つけてしまうとしても。彼女の人生を絡めとってしまいたい。甘やかして、とろけさせて、私が一生あいしてあげる。優しくあなたを包んであげる、ずっとずっと。

あんずちゃん、ねえ、だいすき。

2019.12.26.
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