あんさんぶるスターズ | ナノ

花嵐をちょうだい



「貴女またそんな顔をして」

はっと顔をあげれば、すぐ近くにあった恋人の顔に驚いた。驚いたのだが、それに声をあげることもなく目を少しだけ見開いて、口をぽかんと開けるのが今の精一杯だった。
この時間のビルの屋上は、昼休みのピークも過ぎて人手はまばら。人目につかず休むにはもってこいの場所。そんな場所に隠れるようにしていたのだが、恋人にはそれも無意味だったらしい。簡単に見つかってしまったかくれんぼ。けれど彼…日々樹渉の顔をみて安堵した一面もあるのは否定できない。

「どんな顔、してますか」
「疲れきった顔ですねぇ。昨日も遅くまで起きていたのではないですか?」

ばれている。この人には嘘をつけない。そして今の疲労の自覚も含めて隠し通せるわけがなかった。
人目を避けていたことがその事実を裏付けるようにして彼のなかに落ち込んでいく。

「昨年のような多忙ではなくなったでしょうに」

ベンチに座っていた私のとなりに腰かける彼。私の手にしている幾つかの企画書に視線を落とし、再び私に視線を戻す。

「今の貴女は企画を一から構成し、舞台や衣装、物販や機材の調整、現場のスタッフとの打ち合わせ…など一人でやっていないでしょう」

彼のいう通り、P機関に所属したことで他のプロデューサーと仕事を分け合うことが出来ている。さらに適材適所というか、その筋の専門家に任せることもしばしば。私よりも多忙なあんずとも、なるべく調整をして通学も出来るように工夫をしている。
それでも今の環境を全てよしとは言いきれない。大人のなかにいる学生、学生とは思えない責任の大きさ、責任と義務と矜持と…去年とはまた別の苦労があるのだ。

「そっちのほうが、楽だったなぁ、なんて思ったりしてます」
「どの口が言うんです」

みょーんと伸ばされた頬。遠慮のない手つきが痛みを増す。いたい、と伸ばされた頬のまま呟けば上手く言葉を紡げなかった。
頬に触れていた手はそのまま力を失い、今度は優しく頬を撫でる。その指先は先端まで美しく、今の私の頬はコンディションが悪すぎてあまり触れてほしくないのだけれど。

「こんなにも疲弊で染まって…」

申し訳ないと、思う。こうしてこの人に、哀れみを向けられるようなことをしている自分が、ひどく許せない。けれど一方で、そうしなくてはいけない自分も、そうしたい自分もいるという矛盾。

「呆れちゃいました?」
「何を。そこまで恋人に対して冷たくないですよ、私は」

よしよし、と頬から頭、ついには抱き寄せられて背中をぽんぽんと叩かれあやされる。こどもみたいにして触れられるのは恥ずかしいけど、でも、甘えていいのかなと思えてしまうのに。
一定のリズムで叩かれる振動が心地好い。それと同時に、何故だか「クルッポー」という鳴き声が脳内で再生された。あのフォルムが脳内に描かれ、よく彼が使役する存在。一度意識をしてしまえばなんだか無性に姿をみたくて。

「鳩、」
「はと?」
「鳩、いますか」
「え、はい。いますけど」
「出してください」

突拍子もないわたしの言葉は、珍しく彼の目を丸くさせた。



「かわいい」

お願いに沿って登場してもらった鳩はいつもの子だ。
何となくだが向こうもわたしのことを認識しているのかいないのか、ただ人馴れしているだけかもしれないが、逃げる素振りは特にない。わたしの目の前を行ったり来たり。時折「クルッポー」と鳴いて、また歩み出す。そして行ったり来たり。
独特なフォルムが歩む姿がかわいらしく、今の自分のなかで癒しがばく進しているのは間違いないことは確か。
となると、なんだかもっともっとと欲張りたくなってきた。

「花」
「はな」
「花も出してください」

ぽん、と出される花。手を差し出せばそこにちょこんとのせてくれた。おうむ返しをしてくるのに、要求したものはすぐに出してくれる。
手を振りかざせば、ぱらぱらと小さな花が降り注ぐ。そうして髪のなかから赤い薔薇を出し、くるっと回せばリボンが結ばれたすがたで差し出された。演出がすごい。
今度はどうしよう、なにかいろいろ出してほしいな。その欲が止まらなくて、薔薇を手にしたわたしは実にキラキラした瞳で彼をみた。

「人形とか…!」
「にんぎょう」
「あ、無理か。そしたら…」
「出せます!人形でしょう!!ほぉら貴女の好きな猫のぬいぐるみですよ!!!」

胸から取り出されたハンカチを手にかけ、数回振りながらハンカチを取れば、なんと彼の手のなかには猫の小さなぬいぐるみ。
突然のことなのに、どうしてこうも順応性があるのだろう。差し出されている小さなぬいぐるみを彼の手からひろいあげ、ぐっと顔を近づける。彼の匂いがして、思わず笑みがこぼれた。

「ふふ」
「ちょっと今、あなたの思考がわからないのですが」
「内緒です」

ある程度の要求に応えてもらったので、個人的には大満足。だがいつもと違うわたしの様子に、彼は戸惑っているのだろう。いつもと立場が逆転しているようでちょっとおかしい。

「うそ。ごめんなさい。どこまで出来るかの好奇心が」

人形はハードル高いかなと思ったが、まさか本当に出してくれると思わなかった。種も仕掛けもないのだろうけれど、何もないところからこのぬいぐるみは出てこない。恐らく何かの時のために、彼がもっていた子なのだろうということは想像がつく。
嬉しさが込み上げてきて、ふふ、と自然と笑みがこぼれる。

「相当、おつかれですね」
「疲れ吹っ飛んじゃいました」
「今の流れでどうしてです??」

そりゃあ、もちろん。元気をもらったから。心地よいくらい、よいテンポで応えてくれたから。

「日々樹先輩に背中を押されたので」

わたしを案じてくれる、貴方の言葉があったから。


「まだまだがんばりますね」
「…ほどほどに、私だって心配しますからね」
「うん、知ってます」


だから次のときは、またいろいろ出してくださいね。
嵐みたいに貴方の手から産み出されるもので、わたしの足取りは軽くなる。
目を見開いてわたしをみた彼はクスクス笑う。引き寄せられて抱き締められたあと、頭上で、仕方ないですねえ、と小さく聞こえた。

2021.07.30.
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