あんさんぶるスターズ | ナノ

甘いを手渡して
※飲酒表記ありますが成人している設定です。


重たい瞼を開けば、カーテンの隙間から明るい陽の光が漏れでている。明るさとまだ思考を支配する眠気に瞼を閉じる。そして先程、視界が捉えた情報を回らないあたまで整理をして再び目を開けた。

ここ、どこだ。

見慣れない部屋に、自宅ではないことを悟る。そして自分の身体が沈んでいるベッドは自宅のものより格段に寝心地がいい。
視界から見えるベッド回りを見て、これはホテルではないかという結論に至る。同時にシーツからはみ出た肩に気が付き、そのまま視線を落としていけば自分の上半身が何も纏っていないことに声がでなかった。幸いにも下は履いているようなので安心したが、とりあえずシーツを身体に押し付けて起き上がる。
そこで後ろから「あ、」という低い声が聞こえる。誰かいる、とここでこの部屋に一人ではないことを知った。段々と冴えていく脳に意を決して後ろを振り向いた。そこにいたのは天下のEden、そしてAdamのリーダーである乱凪砂が自分と同じく上半身裸で横たわっていた。


「えっ…………ちょ、…まって……」
「うん」
「……………」

ついていけない状況に頭を抱える。どうしてここに凪砂さんが。なんで二人でこんなところに。というか上半身裸って何。
寝起きで完全に回りきっていない頭で考えるが全然わからない。昨日の記憶で、大勢の席に彼がいたことは覚えている。それがどうやってこんな結果に繋がるのか。

「なぎささん」
「どうしたの」
「わあ…」

思ったよりも甘い感じに答えられたことに大打撃。仕事のオンオフで彼のキャラクターが違うことはもう年単位で知っているけれど、さすがにこんな甘ったるさを含んだ話し方は初めてだ。
嫌な予感がする。だってこんな、凪砂さんとホテルに来ることなんてあり得ない。Edenのプロデュースは七種くんか、時折あんずが引き受けていたくらいで、私は仕事中間接的にしか関わっていない。こんなにも親密な関係性はなかったのにどうして急接近したの!?

何かあるとしたら昨日だ。昨日といえば、英智先輩主催で何か事務所合同の飲み会が開かれた。参加者のほとんどがお酒の飲める年齢になっていたから当たり前のようにアルコールも出されていた。私もその一人であったし、周りと同じくお酒の注文はしている。
その後、二次会と称し英智先輩の手配したお店で夢ノ咲のユニットいくつかと何故かEdenの皆さんと私とあんずで飲み直していて…。はっと息を飲む。場所を移動したのは覚えている。一杯目を飲んだのも覚えている。ただそこから先の記憶がない。
あれ、二杯目何を飲んだっけ?食事は何を食べた?私のとなりにいたのは誰?
やばい、わたし記憶をなくすタイプだったのか。アルコールを摂取するのはもう数えきれないほどあるが、記憶をなくすことはいままでなかった。セーブしていたのもあるが、まさか記憶をなくすほど昨日は飲んでしまったということか。何か粗相をしていないだろうか。どうしよう、昨日のこと本当に覚えていないんですけど!
もう無理。記憶にないものは仕方がない。諦めて、昨日何があったか聞くべきだ。その上で謝罪なりをするのが大人というもの。過ちを犯したなら謝罪をする…許されるかどうかは別として。


「あの、凪砂さん。昨日のこと、なにか覚えてますか」
「………双葉さんは覚えてる?」
「それが全く覚えていないので困ってるんですよ」
「そう……。私も、覚えていないかな」

あっ 覚えてなかった。よかった…。
いやいやよくないな!?何がどうなってこんなことになったのか分かる人がいないってことだもんね!?一瞬安心してしまった自分を殴りたい。
凪砂さんも心なしかちょっとしょぼんとしてしまっている。キリッとしてる顔立ちなのにかわいさがにじみ出ていてギャップがすごい。この人、すごい可能性を秘めてるな。
なんて考え始める自分の思考を取っ払う。
ぶんぶんと左右に首を降り、どうにかしてこの状況を説明できないかと室内を見渡していると、テーブルの上にメモが一枚置いてあることに気が付く。分かりやすいようにペンが置いてあるそこに、シーツを身体に巻き付けて近付いた。そこにはメッセージと共に文末に「七種茨」という名前が書かれている。
手がかりはこれしかない。とてつもなくコンタクトをとりたくない人物なのだが、そうも言っていられないだろう。私は手にしたメモを差し出して、凪砂さんへと振り返る。


「とりあえずこの、書き置きをしたらしい七種くんに連絡しましょう」


まずはお互い服を着ていないのはどうかという意見をだし、二人で服を着用した。ご丁寧に二人分の服がハンガーにかかっていて訳がわからない。
最悪の事態なら床に散らばってるかと思うのだが、もしかして最悪の事態ではない?いや、ここで油断していたらダメだ。最悪の事態は想定しておかないと。

凪砂さんも服を着たところで、ド緊張しながら仕事用のiPadで七種くんに連絡を取る。生憎スマホはお互い充電が少なかったため、現在充電中だ。かろうじてそこそこ充電の残っていた私のiPadに七種くんからの返事が来た。
七種くんは、凪砂さんのコンディションを知りたいのでビデオ通話がしたいという。こちらとすると化粧は崩れているしあまり顔は見せたくないのだが、そうも言っていられない。プロデューサーとしての七種くんの意見はごもっともである。
私が折れて、ビデオ通話が始まった。おはようございますから始まり、おはようございますを返す。ちょっと嫌味なことを言われながら本題のことを口にすると、七種くんはひどい顔をしながら私の言葉を繰り返した。


『は?昨日のことを覚えていない?』
「はい」
『二人ともですか?』
「…はい」
『………アッハッハッ!いやー、お二人とも覚えていませんか!そうですか!』


いきなり大きな声で笑い出したので驚いたが、隣にいる凪砂さんは特に驚いていない様子。
七種くんこんな突然笑い出すっけ?疲れが重なっておかしくなってない?大丈夫?

『実際のところ、そちらにお二人を連れていってからの出来事は我々関与していませんので』
「えっ」
『関与していてほしかったんですか?』
「真実を知れるのなら…いややっぱり嫌です」

ここに私たちを連れてきたのは七種くんらしい。とりあえず私たち二人の意思でホテルを決めてはいったわけではなさそうで一安心した。というか同じ場所で二次会に参加したわけだから、私たち二人でどこかへ行こうとしてたら七種くんのストップが必ずはいるだろう。二次会の場にはEdenは全員いたわけだし。
しかし問題はそこで終わりではない。ここに連れてこられてからのことは、もう誰も知らないのだ。記憶のない私たち二人の、なくした記憶のなかでしか真実はない。なくさないでほしかった。むしろ今から見つけたい。記憶……お願いだからよみがえらないかな。
なんて私が悲しみに打ちひしがれていると、隣の凪砂さんは画面の向こうの七種くんに話しかける。


「ここに来るまでのことは、茨は知ってるんだね」
『ええ、知っておりますとも!目の前でやらかされましたからね!』
「めちゃめちゃいい笑顔なのが怖い」
「怒ってるね」
『怒ってますよ当たり前でしょう』

先ほどから絶対穏やかではない空気のはずなのに、七種くんは笑顔のままだ。電話をし始めてからずっと。ひえ、これ絶対怒ってるの隠してるだけじゃん。実は激おこじゃん。
怒ってるね、なんて凪砂さんはほわほわした顔でいうけど、実際画面越しとはいえ目の前にしてるこのひとは今、般若と同レベルなんですからね!?なんて口が避けてもいえるはずがなく。
打って変わって怒っていることを認めた七種くんは表情を無にしてため息を吐いた。


『はあ。まあ簡単にお話しすると、昨日の猊下主催の飲み会で二次会までいったのは覚えていますか』
「そこは覚えてます」
「私も」
『そこでお二人が何故かキスをしはじめ、閣下は双葉さんを離さず駄々をこね、双葉さんもされるがままに抱き枕になって二人とも寝始めたのでそちらのホテルに突っ込ませていただきました』
「…え?」

なんつった?二人がキスをし始めて?
もはやその記憶…至った記憶もないため、七種くんの口から紡がれることが真実なのだろう。信じたくない、そんなレベルの話に顔面から血の気が引く。

『もう一度言いましょうか?二次会であんたらが濃厚なキスを…』
「いや!いい!もう言わないで!」

七種くんの言葉を遮り、ストップをかける。二度もいうんじゃない。わかってないけどわかった。まって、整理するから。うんうん。七種くんがまた笑顔になってるのが怖い。
頭のなかで簡単に、七種くんがいってたことを組み立てていく。私と凪砂さんがき、キスをして?そのまま凪砂さんは私を離さなくて?私もされるがままで?二人して寝始めたって?

これがEdenだけだったら揉み消せるだろう。だがしかし、あの二次会の場には夢ノ咲のユニットが多数参加していた。英智先輩や日々樹先輩、朔間先輩や蓮巳先輩…だけでなく、同い年のアイドルもいたはずだ。不特定多数の人の前で確かにやらかしたという事実を告げられる。ショックが大きい。
そんな私を見て何を思ったのか、七種くんは「うちの閣下に手をつけて!」とかいうお説教もなく、『そのホテル、日和殿下のおうちのホテルですので、時間は気にせず滞在していいと伝言を受け取っています。ちなみに閣下は夕方に打ち合わせがありますのでそれまでに戻られてくださいね』と一方的に用件をまとめて伝え、ぶちっと通話を切ってしまった。いや、こんなことなら説教してくれたほうがよかったんだけど。

「茨、そこまで怒ってなかったと思う」
「…え、そうですか?」

怒ってるでしょ、あれは。なんでそこまで怒ってないって思えるんだ。むしろプロデューサーの私を軽蔑したりとか、あきれられてしまったんじゃないかと。
ああ、この先のコズプロの仕事どうしよう。仕事の心配ばかりではだめなのだが、今後の行く末がひどく億劫になって泣きたくなった。






「とりあえず私、体調からいってとてもスッキリしてるんです。なので恐らく、寝始めた私たちがここに運ばれてからはなにもないと思うんです」

気を取り直して、凪砂さんと向かいあう。状況確認と、起きてしまった事実をできる限り思い出すためだ。
朝、先に起きていたらしい凪砂さんのことを聞いたが特にこれといって発見はない。というか目が覚めてからずっと私を見ていたらしい。お互い上半身裸であることには気が付いたが、何もせず、時間がたって私が目を覚ましたというところらしい。
で、自分の体調を思い返してみるのだが、特にこれといって不自然なところはない。若干頭痛がするくらいでいい寝具で寝たため身体にはよかったらしい。

「服を脱いでいたのに?」
「暑かったんじゃないでしょうか。今までもアルコール摂取をすると結構暑くなってましたし」

身体が火照ってしまうのは、アルコールを飲んだときには良くあった。服を脱いだのはそのせいだと思っている。凪砂さんがどういうタイプか知らないが。

「スッキリしている、って何?」
「え?ああ、行為特有のダルさがないんです。身体の節々も痛くないし、むしろ爆睡してスッキリしてる感じなんですよねぇ」

本当に、記憶をなくすほどアルコールを摂取した割には軽度の頭痛で収まっていることが不思議なくらいの体調。複数の点を鑑みても、私と凪砂さんの間に淫らな行為があっ………たのだろうか。キスはそれに含まれるのか?いや、でも!身体を繋げてはいないはず!私のからだに負担がかかっていない点をみてもそれは確かだ。認めたくはないが抱き枕にされていたり、キスをしたりはしたようだけど。

「あとしれっとゴミ箱見ましたけど、特にそういったゴミは入っていませんでしたから」

なんて苦しい言い訳をしてみる。ふぅん、と凪砂さんはそんな私を見て視線をそらした。
あれ?どうして?何もなかったんだから、よかったよね?なんでそんな、私にも見て分かるくらいの拗ねたような表情をするの?

「…なんだ、結構冷静なんだね」
「はい?」
「もっと取り乱すのかと思ってた。やってしまったとか、慌てるかなと思ってたんだけど…寝起きのときが一番それに近かったかな」

なんか私と凪砂さんの間に、分からないけど溝がある。私と彼との間に圧倒的な差がある気がする。だって私は何もなかったことにこんなにも安堵しているのに、凪砂さんはそれとは違って。拗ねたような、悔しそうな、悲しそうな…。


「私、謝らなくちゃいけないことがある」
「あやまる?」
「昨日のこと、全部しっかり覚えてたんだ」

え、と目の前の凪砂さんを見て固まった。覚えていた?全部?なら覚えていないといったのは何故?
わからない。彼と私の圧倒的な差は、記憶の有無だけ?もっとほかに何かあるのでは?だって記憶の有無だけでこんなにも感情が違うことがあるだろうか。

「私も酔っていたみたいだし、ぼんやりとしている部分はあるけれど。でも茨のはなしと擦り合わせて確信した。私には記憶がある」

淡々と話す凪砂さんの言葉がうまく頭にはいっていかない。え、つまり、どういうこと。記憶がないのは私だけで、昨日何があったか凪砂さんは知ってるって?なら結論として私たちの間に行為の事実があったかはもうわかる。分かるはずなのに、鼓動が速くなる。速くなって、まるでこの先を聞きたくないような、圧迫されて息が苦しい。焦らさないで教えてほしい。わたしたちは、本当に。

「ねえ、本当に私たち、なにもなかったと思う?」
「そ、れは…どういう、」
「双葉さん」


私が忘れてしまった記憶に何かあるのだろうか。私は昨日なにをしたの。凪砂さんの記憶にはなにが残っているの。
そっと壊れ物に触れるような指先が私の頬を撫でていく。それがくすぐったくて、首筋に触れる指に全身が熱く火照っていく。
悲しい、どうしてこんなに悲しいの。泣きたくなるような感情が込み上げてくる。目の前の凪砂さんはそんな私とは正反対に、穏やかな笑みを浮かべている。その瞳の奥は穏やかにはほど遠いくらいの熱が揺らめいて。

「このまま真実にしてしまおう」
「な、凪砂さん?」
「昨日みたいに可愛く私を求めてね」


どさり、肩を押されて重力に従うまま、身体が後ろへと傾く。そのまま触れ合う唇に、絡み合う舌に、お腹から胸へと滑る指先に、なにかを思い出したような気がした。

2020.07.18. タイトル:秋桜
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