あんさんぶるスターズ | ナノ

めた従順



普段通り「お金かーして♪」とせびっていたところ、いつもと違う返事が来たことに一瞬声がでなかった。燐音は目の前の女子高生らしからぬ相手を前に柄でもなくたじろいだ。

「いいですよ、お金貸します。ただし条件付きです」

相手はプロデューサーの一人。嫌な顔をし拒否をされるというのが常だったし、どうにかならないのかと注意を受けることもあった。今日はどうした、変なもんでも食ったか?と当の燐音が心配してしまう程。
しかし双葉は顔色を変えずにいる。体調も悪い様子はない。正気で言っている。燐音はそういうことを早々と頭のなかで整理をし、その上でギャンブルへの軍資金が手に入ることに嬉しくなった。そっちで頭がいっぱいになり、双葉を一時でも心配したことなどそっちのけで彼女の条件を受けたのだった。




「ちわ〜っす 燐音くんが来ましたよっと」


コズプロ事務所に彼が顔を出すのはなにも珍しいことではない、むしろユニットのリーダーであるので顔出しくらい代表でやるだろう。…と思うのだが、何せCrazy:Bなので普通が通用するはずもない。なかなかに自由奔放なユニットなので、こうして彼が用事もなく事務所を訪れるのはあまり見られない光景だ。そのためか事務職員は彼の登場に目を丸くさせる。しかも彼は手に荷物を持っていたので余計に皆の視線を浴びていた。当の本人はその視線を気にもせず目的の人物が座るディスクへと歩み寄った。

「はい、双葉おね〜さんにお土産〜」
「ご苦労!」
「いや、ご苦労って!」

笑う燐音から差し出される袋は有名な高級洋菓子店の袋。なかでもその店の一番人気はチーズケーキで、値段は高いが美味しいと評判のものだ。本店は地方の方だし、この辺りでは取り寄せか出張店でしか購入できない。簡単に購入できないものを持っている、つまりこの男はわざわざ限られたルートでの購入をしたということ。

「!」
「あ、好きじゃなかった感じ?出直す?勿体ねェけどニキに食わせるか」
「いえ好きです」

知ってか知らずか、双葉は戸惑うことなく差し出された袋を受け取った。え、まじで?と周りの事務職員たちがみているなかで。
中身をチラリと見た双葉は、確かに好きなものであることを再確認して頷く。

「しっかりと頂きますね。あんずも喜びそう」
「……ん?おね〜さん?」
「? はい。あんずと一緒に食べようかなと」

しれっと当たり前のように言った双葉に、燐音がストップをかける。袋を持つ彼女の手を逃がさんとばかりに上から掴んだ。

「まてまてまて、待ってくれ。双葉おね〜さんが一人で食べてるんじゃねェの?」
「美味しいお菓子食べたいとはいいましたけど、さすがにいままでの全部一人で食べてたら太ります」
「は、」

そう、双葉が燐音へと金を貸す条件につけたのは「ギャンブルで儲けた金で美味しいお菓子を提供する」こと。儲けた全てを使うわけではない、しかし値段の取り決めは一切ない。ただただ「美味しいお菓子」ならばよい。安くても、高級なものでも、美味しいものならば。
そうして結ばれた協定に双葉は最初、期待していなかった。見返りにお菓子など馬鹿馬鹿しい条件をつけてしまったし、上手くいけば彼を少しでもコントロールできる材料になるかなと思っていた。
だが律儀にも燐音はたまたま運良く儲けた際に、双葉へとお菓子を提供しに来たのである。それから幾度かこのやり取りをしており、双葉の仕事上のおやつはすっかり燐音からのものが大半を占めていた。まあ儲けたときに毎回提供をしているかといわれたら燐音の自己申告なので双葉には分からないのだが。実際のところここ最近、燐音は儲けた度にしっかりと双葉へお菓子を提供している。

と、律儀に双葉へ購入したお菓子が、まさか彼女以外の口にはいってるとは思ってもみなかった燐音は動揺してしまう。いやしかし、確かに時にはホールのケーキを持ってきたこともあった。生菓子をまさか一人で食べるわけにもいかなかっただろう。少し彼女を困らせてみようかとホールを購入して面白がっていた自分もいる。なのでこういった結果になるのは自業自得というべきか。
まあ相手が双葉と同い年のあんずであるのなら、女子高生が楽しく仕事の合間に甘いもので疲れを癒すというのもありだろう。そう納得しようとしていると…

「じゃあなに、プロデューサーのおね〜さんと食べてたって…?」
「それだけじゃないです。P機関の方とも食べてます。主に先生とかとですけど」

まじかよ。よりによって、男。
差し出したお菓子を、受け取った双葉がどうしようが自由なのだが。誰と食べようが、分けようが、差し出そうが…自由なのだが。しかし自分が彼女のために購入したものが、やすやすと男の口にはいっていたという事実を知ることのなんたる衝撃。
急に黙った燐音に、双葉は不思議そうに首をかしげる。事情を知らない事務職員たちはプロデューサーに差し入れをして株をあげようとしていると勘違いしているものもいそうだが、今のやり取りをちゃんと聞いていたものは気がつくだろう。天城燐音、どんまい、と心のなかで合掌しながら少しだけ憐れみの情を彼にかけた。





後日。燐音は再び双葉の元に訪れる。

「はい、双葉おね〜さん」

ひらひらと手を降った彼は、片手に小さな紙袋を掲げている。にこにこと上機嫌で現れた燐音に、あ、一儲けしたんだなと優に察することができた。

「今日は運が良かったんですね」
「まァな!」

実際、数日前におねだりをして双葉から貸してもらったお金は水の泡となっていた。本日はニキから頂戴した金で見事に手持ちの金を増やしたもの。なので直接の儲けには繋がっていないのだが、燐音は今日も双葉にお菓子を購入してきた。
そうして手にしたお菓子の袋を双葉に手渡す。中身をみて本日はミルフィーユが個包で入っているの確認した。以前もこの店のものを貰っていて、確かに美味しかったなと思い出した双葉は「ありがとうございます」と礼をいう。本来ならお礼をいう必要はないのだが、そうすると燐音がいい笑顔で「次も期待してろよ」と続けるのでわざと言っている節はある。
だが最近、妙に貰うお菓子のボリュームが減ったなと双葉も気がついていた。勝手に儲けがそこまで莫大ではないのかなぁなんて思っていたのだが。お菓子の購入が面倒になっているなら見返りをやめてもいいのだと伝えようとしたが、燐音のことなので面倒になったら勝手に持ってこなくなると思っている。それに面倒くさそうな顔をしていないので、やめますか?なんて言うのがなんとなく、本当になんとなく憚れるのだ。なのでそれとなーく双葉は疑問に思っていることを聞いてみる。

「…最近、なんかお菓子小さくありません?」
「ん〜 そっかァ?」
「まあ美味しいやつなのでいいですけど」


燐音も燐音で適当に誤魔化した。双葉は「誤魔化された」という自覚はあるが、深く踏み込まれたくないのだろうと思い、素直に見返りをくれているので大人しく受け取り続けることにする。
そうすれば燐音はいい笑顔で双葉をみた。

他の男に食われたらたまらない。
そんな燐音の小さな嫉妬に双葉は気付かないまま、今日も見返りのお菓子を手に仕事に励むのだった。

2020.05.13.
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