あんさんぶるスターズ | ナノ

蒙の果て


※ズ!!時空・未来捏造



貴女のことがすきです、と伝えた。その返答は思いもよらぬものだった。


「え…てっきりあんずのことが好きなんだと思ってました」


子供のように、少年のように、七種茨は緊張で心臓が飛び出そうというようなことは一切なかった。しかしながら口にした言葉への返答を待つこの空気に、少しながら鼓動が早まったのは事実。そうして貰った返答は自分の送った言葉に対してずれたものだった。「私もすき」でもなく、「ごめんなさい」でもなく、「他の女がすきなのでは?」という。思わぬ返事に動揺はした。したが、狼狽えることはなく冷静に、にこりと笑って「この女…」と拳を握ろうとしたのをグッとこらえた。

「どうしてそう思われたんです?」
「だってよく絡みに行きますよね。美しいとか、さすが女神だとか言ってますし。七種さんが絡みに行くのってあんずか、それこそ伏見くんとかじゃないですか」
「………」

いままでの自分の行動をこれほど後悔したことはないだろう。茨は数々のあんずへの絡みを思いだし、弓弦への対応を顧みて遠い目をした。
さすがに他人が思うほど自分の行動はわかりやすかっただろうか?あの女神と呼ばれるあんずが好きだということではなく、よく絡みに行っている行動が、である。

「わたしのことなんて興味ないと思っていたので」
「そんなはずないでしょう。あんずさんと同じくP機関の構成員の一人ではないですか」
「しがないプロデューサーの一人ですよ」

双葉はこのES内ではあんずに次ぐプロデューサーの一人だ。夢ノ咲学院でのプロデュース科の二柱のひとつを担っている。
そも茨はあんずにばかり注目していたが、目立たないながらも夢ノ咲で息絶えること無く生存し続け地道に力をつけていたプロデューサーとして認知はしていた。革命を手助けたあんずが勿論持て囃されていたが、彼女だってそれなりのプロデュース力はあったのだ。P機関に所属し、あんずと共に働いている実績をみても茨にとっては驚異のひとつであり、目障りなもののひとつであり、心を乱す存在の一人であった。

「でも七種さんアイドルでしょう。そういう恋愛沙汰、煩わしいんじゃないですか」
「そうは言えど、自分、プロデューサーとしても仕事をしていますので…なかなかにストレスがあるんですよ。貴女もお分かりだと思いますが。そんななかで日々の癒しに恋人がいれば、と考えたわけであります」

口から出てくるのは嘘か誠か。紡がれるその言葉は茨の演技力も勝り、妙に真実味を帯びている。

「アイドルとしてスキャンダルは避けたいですが、自分も一人の男なので」

正直なところ茨は別に双葉と恋人同士になりたいわけではなかった。ただ気に触る相手を自分のストレスにするくらいならば取り込んでしまえばいい、ついでにP機関の内情なんかをぽろりと溢してコズプロに有益な情報をもたらしてくれるなら上々だと考えていた。笑顔を浮かべても目は笑っておらず、わかる人間には分かる。それが双葉に当てはまるものかどうか、このときの茨には未知だった。


「いいですよ。私でよければ」







恋人関係になって幾ばくか。周囲には秘密裏に距離を縮めていき、仕事の合間や互いの仕事に余裕があるときには時間を共にすることが自然とできるようになっていた。
夜遅くに茨の仕事が片付き、他の仕事の片付けをしながら茨の仕事が終わるのを待っていた双葉。そのまま事務所の控え室で夜を越すこと数回。いずれも事務所内に関わらず身体を重ねていたが、証拠隠滅が上手いのか、証拠を残さないようにしているのか、関係性がバレることなく経過している。

そんな数度目の夜を過ごし、ソファベッドで狭さを利用してくっつきなから迎えた朝。まだ地平から朝日が姿を現したばかりで、街も静寂に包まれている時間帯。ごそりと隣の体温が蠢いたことに茨は早々から気が付いていた。


「…双葉さん」
「ごめん起こすつもりはなかったんだけど」

ソファから降りて服を身に纏っている双葉。普段のプロデューサーとしての大きな鞄ではなく、私用の小さなバッグを手に今にもこの場から去るようだ。
起こすつもりはなかったようだが、茨が隣にいた存在が抜け出すなんて所業を見逃すはずもない。

「どこにいかれるんです?」
「朝御飯を買いに」

買いに行くというには、どうにも早すぎる時間ではないか。まだどの店は空いていないだろう。まだ朝日で室内が明るく照らされ始めた時間だ。
訝しげな表情を遠慮なくうかべた茨に、双葉はくすりと笑う。全然笑うところではないが、と茨の眉間にはますます皺が現れる。

「茨くん、アイドルなんだからちゃんと食べないとダメだよ」

恐らく朝食を買いに行く理由を述べたら許されると思ったのだろう。双葉は未だ寝そべる茨の髪を撫でて、眼鏡で覆われていない青い瞳を覗き込んだ。

「食べてますよ。食べないと倒れるでしょう、わかってます」
「嘘つき。昨日の夜食べてなかったくせに」

バレていたか、と茨はちぇっと小さく舌打ちをした。昨夜はアイドルとしての仕事が終わったあとすぐに書類仕事に手をつけていて正直食事どころではなかった。横から双葉が声をかけていたのには気がついたが、それどころではないので適当にあしらったのだが、むしろその様子で食事より仕事を優先させたことを察したのだろう。
そういえば随分と昨日の夜の行為はイヤイヤが少なかったな。もしかすると余計な体力を使わせないように大人しくしていたのかもしれない、と顎に手を当てて思い返す。

「朝からやってるパン屋さんに行くの。散歩がてら買ってくるから」

昨日の乱れた姿とは一変して、茨の目の前にいる双葉はきちっと服を着こなしている。同い年であり、プロデューサーを担っているとはいえ未だ学生の身でありながら、なんとまあたくましい。大人社会のなかでも生き延びていけるような姿に、自然体なのか、背伸びをしているのか。ぐらりと少しの衝撃で消えてしまいそうになる背中に、茨は思わず手を伸ばしていた。


「行かないでください」


ぐ、と握ったのは双葉の服。ひらりと目の前で揺れたそれを掴み、自然とでた言葉も含めて茨は自身の行動に目を丸くさせていた。
振り返った双葉は固まっている茨をみても特段驚かない。はあ、と息を吐いて服を掴んでいる茨の手をそっと包んで外した。

「茨くんさあ」
「な、なんです」
「最初よりずいぶん甘えてくるよね」
「は…?」

どういう方向性の話なのか、茨の頭には「???」が浮かんでいる。行かないでと口走ったことで少しの羞恥心が芽生えたと思ったら、更に追い討ちをかけられているのか?

「正直、わたしの存在なんて利用されてるだけだと思ったんだけど」
「…………」
「黙ってると肯定ととりますよ」

双葉は薄々感づいていた。利用されていたことも承知で茨の誘いに乗ったのだ。だがしかし、徐々に茨との距離が縮むにつれて自然と茨が素を出していることにも気が付いていた。素というか、テリトリー内に侵入しても警戒されなくなった、という方が正しいか。利用するだけ利用して捨てられると思っていたので、今の関係が続いていること事態が双葉にとって驚きだった。だからこそアイドルとプロデューサーと事務所副所長という幾重にも肩書きを背負う彼を、自ら突き放すことができなくなっているのだが。

「まあいいんだけどね。茨くんのいってたことが現実になったなら嬉しい」
「俺がいってたこと…?」

寝起きだが頭はスッキリとしている茨も、何のことやらわかっていないらしい。起きてからずっと難しい顔をしているなあ、と双葉は茨をみて再び笑う。笑われたことで更に茨の顔が歪んでいく。悪循環に陥る前に、双葉は笑うのを止めた。
ただ忘れもしないあの日、彼の口にした虚実の言葉が今、真実になっているのならこれほど嬉しいことはない。

「仕事のストレスを、わたしという恋人で癒してくれてるなら嬉しいってこと」

悪戯に、双葉は珍しく隙だらけの茨の頬に唇を寄せた。ちゅ、なんてかわいい音は鳴らなかったけれど、不意を突かれた茨の表情のなんと面白いこと。
朝からいいものがみれたと言わんばかりの笑みを浮かべながら、バッグを手に控え室を後にする。目的のパン屋への足取りは妙に軽い。鼻歌さえ自然とこぼれるほどに。



「…いや、もうそれ以上になってるっつーの……」


ぱたり、と閉じられた扉のこちら側。茨の呟きは誰にも拾われることがないまま、事務所控え室に静かに消えていった。

2020.04.11.
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