あんさんぶるスターズ | ナノ

夜中の恋人



ガチャリ。静寂に包まれた部屋のなか。電気もついていないマンションの一室に双葉は足を踏み入れていた。
以前に貰った合鍵を使って、極力足音をたてないようにして扉を開ける。再び鍵を閉めて靴を脱いで、物があまり置かれていない室内を見渡す。リビングに家主はいないようで、大きなテレビとソファが鎮座している。ついでに冷蔵庫の中身を見れば数日前に作り置きをしていた食料がなくなっていて、ちゃんと食事はしていることによしよしと一人頷いた。
となれば用があるのは奥に続く私室だ。静かに近づき扉を小さくノックする。薄く扉を開けばうとうととリクライニングチェアに座って本を手にした家主がいた。小さかったノックに気づかなかったのか、彼の視線は本に注がれている。


「零さん」

声をかければ今度こそ気が付いた。家主である朔間零の視線が双葉を捕らえる。ぼんやりとした目にちょっとおかしく思いながら微笑む。

「おお、来たか。双葉ちゃん」

読んでいた本を閉じて立ち上がる。双葉も部屋のなかに入り、後ろ手で扉を閉めた。小さなルームライトのみで部屋はぼんやりと明るい程度。夜の時間に活動をする零は夜でも滅多に明るくしない。このくらいぼんやりとした明るさで、夢か現か、現実と非現実の境を行き来するような世界が好ましいらしい。


「おいで」

仄かな明かりに照らされた零。腕を広げて双葉がその腕に収まるのを待っている。ぼんやりと姿を映し出す明るさが彼の神性に磨きをかけるようで。双葉は吸い込まれるように彼の腕の中へと飛び込んだ。
ばふ、と抱きつき、胸へと顔を埋める。息を吸い込めば大好きな彼の香りがして落ち着く。彼のもとへ帰ってきたのだという実感がわき、双葉はぎゅうぎゅうと抱き締めてくる彼の背中に手を回して抱き締め返した。

「お仕事お疲れさまでした」
「双葉ちゃんもおつかれじゃったな」

お互い今日の仕事は昼間のものだった。日の出る時間の活動は苦手だとするものの、夜間の仕事のみであるとどうしても支障が出てくる。最近では体調を考慮しながら少しずつ昼間の仕事も増やしているのが現状だ。一方双葉は日中の仕事が主。たまに夜遅くまで残業することもあるが、基本は昼間に生きている。
すれ違いの多い二人が時間を共有するのは今日みたいな夜中の零の部屋が多い。互いの存在の欠片を日常のなかに探すような、そんなことも加えて。

「日中に会えなくてすまんの」
「お仕事するのが精一杯でしょ」

日中の仕事をした日はいくら普段の生活時間と言えど零も眠くなる。現に部屋を訪れた際に本を持ってはいたが意識はうつらうつらしていた。きっと読んでいた文章は頭に入っていないだろう。気力と体力を消耗する昼間の仕事のあとは、大抵眠くなる零を存分に甘やかすのが双葉の役割だ。
今日もはじめは仕事終わりに合流をして外で過ごす話も出ていたが…双葉はいつもの零のことを思いだし、却下していた。その提案が間違っていなかったことにほっとする。だってこんなにも蕩けるような瞳をしているのだ。


「そういえばケーキを買ってきておってな」
「…ああ、あの箱」

冷蔵庫を開けたときに見た箱。洋菓子店のものだろうとは思ったが、本当にそうだったとは。
恐らく外でのデートが出来なかったお詫びに、とかいう理由で購入したのだろう。双葉はそこまで気にしなくてもいいのにと思いながら、眉を下げて零に微笑みかける。

「わたしに?」
「勿論」

よしよしと頭を撫でられる。口にはしないが、その手つきは申し訳なさを含んでいる気がして。自分を思ってくれた零の気持ちを無下には出来ない。大人しく受け入れようと双葉は諦めた。

「一緒に食べてくれるか?」
「夜中なんだけどなあ」

なんてかわいい文句を言いつつ、二人手を繋ぎ、リビングへ続く扉をくぐる。
明日は互いに仕事がない。今日は日中に仕事を頑張った恋人の我が儘を聞こうじゃないか。

2020.02.21.
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